第563話薬師の弟子ですか?
「えっと、これは明日、こっちは明後日の分・・・」
日は落ちて外は完全に真っ暗な中、明かりを部屋に灯して薬の仕分けを間違えない様に口に出しながら進める。
これらは師匠から預かっている大事な大事な薬で、大事なお仕事だ。
絶対に師匠の顔に泥を塗る様な事はしちゃいけない。
その想いを常に持ち、師匠の留守を守っている。
「・・・ふう、これで良し」
明日の準備を終えて軽く息を吐く。
毎日三回は確認しているから大丈夫だと思うけど、やっぱりいつまでたっても不安。
師匠は何であんなにちらっと見ただけで全部把握出来るんだろう。
やっぱり頭の出来が違うんだろうなぁ。
「師匠、まだ帰ってこないのかなぁ」
一人留守を預かる師匠の家を見渡し、少し寂しくてポソリと呟く。
返事は帰って来る筈も無く、静かな空間だけが私に応える。それが尚の事寂しく感じた。
「そろそろこの辺りのお薬も減ってきてるし、師匠が帰ってこないと出せなくなっちゃうなぁ」
寂しさを誤魔化す様に、師匠が帰ってこないと困る別の理由を口にする。
実際師匠は結構な期間帰ってきていないので、薬の残りは減ってきている。
大半の薬は問題ないのだけど、一部の常に消化し続けてる類の薬が心もとない。
調合が難しい物なので、自分が調合なんて大それた事をするわけにもいかない。
兵士さんや騎士さんに聞けば、師匠がいつ帰ってくるか判るかな。
いや、駄目だ。私は師匠の留守を守りますって言ったんだ。ちゃんと最後までやらなきゃ。
「私、師匠が帰って来るまで頑張りますから!」
「そーか」
「はい! ・・・へ?」
薬を棚に仕舞いながら呟きに、とても聞きなれた声の返事が耳に入った。
思わずいつもの調子で元気よく返事をしてから、そのおかしさに気が付く。
ゆっくりと声のした方に振り向くと、そこには師匠がつまらなそうな顔で立っていた。
「師匠!」
「うるせえ、夜中に騒ぐな」
「は、はい、すみません」
嬉しくて思わず叫んでしまい、怒られてしまった。
最近はこういう事は減ったのだけど、たまにやってしまう。
「ちゃんとやってるみたいだな」
「は、はい。今日も残りの薬の確認をしてました」
「・・・ったく、何でちゃんとやってるかなぁ」
師匠は頭をぼりぼりとかきながら、呆れた様に言う。
私も流石に、師匠が私を追い出そうとしている事ぐらい解ってる。
それでも私は師匠の傍にいたい。だから師匠が出した、傍にいる為の条件を決して破らない。
今回の事もその一つだ。私は絶対に師匠の下に居るんだ。
「ほれ、そろそろ足りなくなんだろ。補充しとけ」
「は、はい。ありがとうございます」
師匠は減り始めて困っていた薬の追加を手渡してきた。
それを大切な物を扱う様に、慎重に受け取る。
流石師匠。離れていても数の把握は完璧ですね。
「これは明日、別で仕分けておきますね」
「古いのからちゃんと出して行けよ」
「はい、勿論です」
師匠の言葉に頷きながら、薬を別の棚に入れておく。
ついさっき仕分けた後なので、これはこれで明日にでもゆっくりとやろう。
今は帰って来た師匠のおもてなしの方が優先だ。
「師匠、お茶入れますね」
「・・・ああ」
「すぐにお持ちします」
師匠が帰って来た事に喜びを隠せず、笑顔で台所に向かう。
そして普段通り、師匠が好きな加減の濃さに調整したお茶を器に用意し、飲みやすい熱さにしてから持っていく。
「はい、どうぞ」
「おう」
師匠は手渡しされた器を普段通り受け取り、一口飲んで息を吐く。
そのしぐさを見て、今日も上手く行ったと心の中で小躍りしている私。
師匠はあまり好みでない物を口にした時は、一瞬無表情になる。
それが無いという事はちゃんと美味しかったという事だ。
「師匠、もうお仕事は終わったんですか?」
「いやまだだ。もう少しかかる」
「一時的に帰って来ただけ、ですか」
「そうなるな」
ゆっくりとお茶を飲みながら私の疑問に答える師匠。
師匠はまだ帰ってこないのか。となると、まだ暫く一人でこの家を守る日が続く。
そう思うと、寂しくて俯いてしまった。
「・・・なあ」
俯いていると師匠から声がかかる。
慌てて顔をあげると、いつになく真剣な顔を向けている師匠。
普段から素敵なお顔なのに、真剣な顔なせいで見惚れそうになる。
「な、なんでしょうか」
とにかく返事をと思い口を開くと、声が裏返ってしまった。
だが師匠はそれを特に気にせず話を続ける。
「お前、これだけ長い事俺と接してたら、俺がどんな人間かぐらい解るだろ。師匠なんてあがめる相手じゃねーぞ。いい加減変に幻想を求めんの止めろ。俺はくだらない男だぞ」
とても冷たい声で、そして何よりも師匠自信が本気でそう思っていると感じる声音だった。
何時もの邪険に扱う声音でも、適当にあしらう声音でもない。
至極真剣な拒絶の言葉。今までと違う本気の拒絶。
「・・・師匠は、私がお傍にいるのはご迷惑ですか?」
今なら、聞ける。今までと違い本気の拒絶をした師匠なら、この質問が出来る。
これまできっと適当にあしらわれただろう。だからこの質問をした事は無い。
けど、今回の師匠はいつもとは違った。
「迷惑だな。俺は自分の身も守れねぇ奴に身近に居られるのは迷惑だ」
「――――っ」
心に突き刺さる冷たい言葉。師匠が本気で言っている事が解るから余計に辛い。
その言葉自体は今までも言われた事があった。それでも今回は重みが違う。
今日の師匠は本気で私に言葉を投げかけている。
少なくない時間を師匠の傍で過ごさせて頂いたからそれが解ってしまう。
「わ、私が身を守れない事が、ご迷惑、なのですよね」
「ああ、そうだ」
涙が流れそうになるのを堪えながら師匠に聞き返す。
けど師匠は一切揺るぐ様子なく冷たい声だ。
知っていた。解っていた。こんな事聞かずとも既に気が付いていた。
師匠の適当なあしらいが、本音から来る事ぐらい解っていた。
けど、それでも傍にいさせてくれる師匠に甘えていた。
「もう解ってるだろ。俺はこういう男だ。だからもう・・・帰れ」
帰れ。その一言は、今日帰れと言う意味じゃない。もう二度と来るなという意味だ。
ここまでも、その言葉を発してからも、師匠の表情は変わらない。
「嫌・・・です」
それでも、師匠の本気の拒絶を聞いても、私はそう口にしていた。
帰る気は無い。ここから去る気は無い。師匠の弟子を止める気なんて無い。
こんな拒絶程度で諦める程、やわな覚悟で此処に居ない。
英雄の弟子になろうなんて思った時に、そんな甘えた考えは捨てると決めている。
「私は確かに師匠と違って戦えません。けど、師匠から離れたくないです。師匠の薬師としての生き方を尊敬してます」
この世界の治療の常識は、魔術が中心だ。けど師匠はその常識を良しとしていない。
いつどの場に在っても平均的な治療を受けられる場が在るべきだと、師匠は思っている。
師匠が錬金術師ではなく薬師を名乗る拘りもそこから来るものだ。
そんな師匠だから救えた人が居る。そんな師匠のおかげで広まった道具がある。
私は師匠の戦場の英雄譚なんかより、その凄さの方に惹かれたんだ。
この人に教えを請いたいって、そう思った。
「師匠の傍で、師匠の生き方を踏まえた上での薬を、薬師としての業をお教え頂きたいです」
勿論純粋に師匠を慕っている気持はある。
それは誤魔化しようもなく、師匠に恋慕の気持ちを持っている事ぐらい自覚している。
けど、だからこそ、はっきりと言える。
「私がもし危険な状況であれば見捨てて下さって結構です。身を守る術を持たずに傍に来た馬鹿者を助ける必要はありません。私は師匠の言葉を聞いた上で、この場に居たいと想います」
私は師匠が出した条件を、全て飲んで此処に居るつもりだ。
それがどんな無茶な条件でも、私は構わない。
ただこれでも駄目だと言われたら、もう諦めるしかないかな。
「・・・はぁ」
師匠は私の言葉を聞いて深くため息を吐いた。その様子に思わず体を震わせてしまう。
けど師匠はつまらなそうな表情を見せると、お茶を飲み切った器を私に突き出してきた。
そして表情を変えずに、いつもの調子で口を開く。
「もう一杯入れてこい。後今日はここで寝るから寝床の用意」
「え、あの」
「あんだよ、とっとと動け。明日早朝に出るから後任せんぞ」
「――――っ、は、はい!」
「だから叫ぶなっつの」
叫んだ事を怒られたけど、それすら嬉しい。
だってその言葉の意味を理解して、嬉しくない筈が無い。
ちゃんと師匠が帰って来るまで、お留守はお守りしますからね!
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