第560話ギーナさんの心情です!

「そっかぁ、結婚かぁ。あーもう、何かここ最近そんな話ばっかり聞くよー」


俺の横で釣竿をたらしながら項垂れるギーナさん。

彼女は今日ゆっくりお休みの様で、何故か遊びに出る俺達についてきた。

なので世間話の際に、この間のイナイ達との話を伝えておいたわけだ。

この人とは友人のつもりだし、言っとかないとね。


そう思って伝えたら、彼女はこの通りの態度だ。

彼女に何と声をかけて良いのか悩み、結局困った顔を向けるしか出来なかった。

だってその内容言った本人だしなぁ。


因みに俺達はまだリガラットから出ていない。

とりあえずまだ暫くは帰らない様なので、相変わらずのんびりしている。

なんというか、イナイがわざとそうしている臭い。

半分俺の為、半分自分達の為って感じがする。


まあ帰ったら色々大変そうだもんな。

振り回されるの覚悟しろって言われたけど、どうなるのかなぁ。


「・・・タロウ君、初めて会った時より少し男前になったよね」

「え、そうですか? 少しは大人に見える様になりましたかね」


帰った後の事を考えていると、ギーナさんに嬉しい事を言われた。

何時も色んな人に子供扱いされてるから珍しい評価だ。

少しは大人の渋みを手に入れ始めているのだろうか。


「いや、見た目は相変わらずだけどさ」


全然手に入って無かった。

くそう、知ってるよ。鏡見てんだよ。童顔だから余計に駄目なんだよなぁ。

この世界来てから数年たってるから、普通なら大人に見えるはずなのに。


「初めて会った時と違って、雰囲気というか、態度というかね。大分落ち着いたねって」

「そうですか? そっちはむしろ変わった気がしてないんですけど」

「あはは、本人はそうかもね」


俺はこの世界に来た時とあまり変わった自覚は無い。

勿論あの二人のおかげで変わった所があるという自覚はあるけど、基本は変わってない。

場に流されやすいヘタレのままだ。


「あの時は可愛らしい男の子って感じだったのが、今や妻と子持ちかぁ。世の中本当にどう転ぶか解らないわぁ」

「子供は養子みたいなものですけどね」

「それでもよ。ちゃーんとお父さんしてるじゃない」

「してますかね?」


なるべく保護者を頑張っているつもりだが、それでも保護者初心者だ。

今まで何度も失敗してるし、今回もクロトの役に立った覚えがない。

基本的にクロトを支えてるのはイナイかシガルかハクだ。

俺はクロトが決めた後や落ち着いた後に「大丈夫か?」って声をかけるだけだった。

こう考えると、なっさけないな。


「してるよ。クロト君を見ていれば解る。あの子は家族が大好きな子だよ。そのお父さんがちゃんとお父さん出来てないわけ無いじゃない」

「そうだと、嬉しいです」


彼女に少し自信のつくことを言って貰え、視線を遊んでいるクロト達に向ける。

クロトは相変わらずグレットの上に乗って、グレットの背中や頭を撫でている。

跳ねまわって遊んでいるグレットから何故落ちないのか不思議だ。

いや、偶に落ちてるけど。


「ふふ、やっぱりお父さんだ。あーあ、私は先を見る目が無いのかなぁ。こんな事ならタロウ君に目を付けてれば良かったかもねぇ」

「はい?」

「んー、失敗したなぁって。タロウ君結構好みでさ。人間的に好みってのもあったけど、今の君なら男性としても良いね。ま、あの二人から奪う気なんて私には起きないけど」

「・・・ちょっとびっくりしました。そうなんですか?」


ちょっとじゃないな。結構驚いている。

あっけらかんと話す以上、今はそういう感情を俺に持っていないんだろうけど。

だとしても、好意を持てるよ、という言葉は素直に嬉しい。


「ま、良いかな? って思った程度だから、シガルちゃんとイナイ見ちゃうとねぇ。あの二人は君の事を好きすぎるもん。勝てない勝てない。君もあの二人しか見てないし」


質問の方向はそっちでは無かったんだけど、でも、そうか。

はたから見ても、あの二人の好意は解り易い物なんだな。

イナイとシガルの二人を視界に入れ、何とも言えない温かい気持ちが胸に浮かぶ。


「嬉しそうな顔してー。独り者に対する当てつけだぞぉー」


そのせいでよっぽど嬉しそうな表情になっていた様だ。

ギーナさんが拗ねた様な声で咎めて来る。


「話題ふったのギーナさんじゃないですか」

「あはは、確かにそうだ」


困りながら悪いのは俺だけじゃないですよと返すと、彼女は笑って返してくれた。

彼女は変わらないな。初めて話した時と同じ、気の良い女性だ。


「ギーナさんは良い女性なんですから、言い寄って来る人居るでしょう。美人なんですし」

「うーん、自国だとさぁ、私を見る目が私じゃなくて英雄ギーナを見てるからねぇ。他国に行くと今度は怖がられるし。そもそも恋愛感情っていまいち解らなかったりするのよね」

「あー、俺もイナイとシガルに会えなかったら、そこの本当の意味での「恋愛感情」は解らなかったかもしれません。俺はあの二人に色々教えられたおかげなんで」

「ははっ、そっか。なるべくしてなった関係だったのかもね。あーあ、うーらやーましいなー」


尻尾でびたーんびたーんと地面を叩きながら、歌う様に訴えるギーナさん。

スカートが凄くめくれあがってるんで不味くないですかそれ。

そこで彼女はニヤッとした顔を向けて俺に口を開く。


「残念だけど、中は見えないよ。慣れてるからね」

「いや、見たかったわけじゃないですけどね」

「ちぇー、妻子持ちは余裕だなー」

「いや、実際見えたら焦りますけどね」


流石に女性の下着を見て全く狼狽えないっていうのは、まだ俺には無理だ。

二人の裸でも、未だ心音が上がるのを自覚してるし。

見慣れるって感じは、未だにしないなぁ。二人はいつ見ても可愛いって思うし。


「・・・あのさぁ、タロウ君、ちょこっとだけ真面目な話、いいかな」


さっきまでの項垂れた様子も、どこかふざけた様子も消え、真面目な顔になるギーナさん。

いきなりどうしたんだろう。


「はい、なんですか?」

「・・・ビャビャの事、だけどさ」


ビャビャさんの事、か。

成程、わざわざ休日をまるまる潰してまで俺達についてきたのはその為か。

彼女の話を俺にする為に、ギーナさんは俺に会いに来たんだ。


「気が付いてる、よね。流石に」

「まあ、正直、そこそこは」

「だよね。あれで気が付かないのはうちのボンクラ男連中だけだと思うよ」


酷い評価だ。でもドッドさんに関しては前科もあるっぽいので何とも言えないな。

スエリさんはどうなんだろう。そもそもフェロニヤさんは話してないせいで全く解らん。

結局こっちに来てから、一度もあの人の声を聞いた覚えがない。

あれ、喋ったことあったかな、どっちだっけ。思い出せん。


「なんとなーくなんだけど、ビャビャは戸惑ってるんだと思うんだ。だから、自分でも自分でやってる事がよく解って無い。私にはそんな気がする」


彼女はどこか遠くを見つめながら、ビャビャさんの事を口にする。

それはきっと、今までずっと付き合ってきた仲間であり、友人の言葉なんだろう。


「彼女はさ、私が知っている女性の中では、一番素敵な「女性」だと思ってる。だから、出来る限り幸せになって欲しい」


まっすぐに、俺の目を見て彼女はそう言った。

誤魔化しや曖昧な言葉は許さないと、そう言われているようだった。


「正直に言うと、俺は彼女に対して『女性』としての目を向けていません」


だから俺も、素直に、誤魔化しなくきちんと話した。

彼女は俺の言葉を聞いて、その目を細める。


「それは、ビャビャが亜人だから?」


彼女の声音はその目と同じくきつい物になっていた。

少し怖いけど、それでも怯むわけにはいかない。


「ビャビャさんの事は尊敬してます。素敵な人です。素敵な女性です。亜人とかそんなの関係なく、真剣に凄い人だと思ってます」


彼女の夢を聞いた。想いを聞いた。素敵な人だと、尊敬できる人だと思った。

ビャビャさんという人物には、俺は好意しかもっていない。

あの人の事は好きだ。ちゃんと好きな人だ。

けどそれはあくまで「友人」としての好意でしかない。


「でも、俺にはあの二人が居ます」

「あの二人が居るから、ビャビャの想いには答えられない、っていう事?」

「似てるけど、違います」


確かに俺にはあの二人が居る。だからほかの女性に応えられないととられるかもしれない。

けど、そうじゃない。そういう意味じゃない。

俺はあの二人を愛している。

だからこそ、あの二人と同じ場所に立てない人を愛する事は決してできない。


「イナイは、俺の拠り所になってくれた人です。暖かい場所をくれた人なんです。シガルは情けない俺を全力で支えてくれた人なんです。二人共尊敬する、大好きな女性なんです。俺がどうあろうと、俺の所に踏み込んできてくれた人なんです」


あの二人は、踏み込んできてくれた。

イナイは自分の怖さを殺して俺の懐に飛び込んできた。

シガルは自分の想いが届かなくても良いと全力で飛び込んできた。

そんな二人に感謝と尊敬と、心の底からの愛情を持っている。


「二人が俺に依存している様に見える時が有るかもしれないですけど、依存してるのは俺なんですよ。あの二人が居ないと俺は駄目なんです。俺にとってあの二人はそういう人なんです」


俺は鋭く俺を睨むギーナさんから目を逸らさずに伝える。

大事な事だから、誤魔化したりはしない。


「彼女の想いがどうであっても、それをギーナさんの口から伝えた事で俺が心を動かすことは無いですし、今の彼女に俺が惹かれる事はあり得ないです」


はっきりと、ビャビャさんに対する、俺の気持ちを伝えた。

ギーナさんは暫く俺を見つめていたが、ふっと笑顔に戻る。


「確かにその通りだ。あーあ、本当にいい男になっちゃったねぇ。イナイが羨ましい」

「どうですかね。未熟者だと思いますけどね、色々」


実際出来ない事はまだまだ多い。

技工の技術なんかも、最近はあまり出来てないせいか少し不安がある。

ウムルに戻ったら一回樹海の家に帰りたいなぁ。

ていうか、結婚したらあそこに住む事で良いのかな。

シガルちゃんの事も有るし王都の方が良いのかなぁ。


「・・・まあ、もし、ビャビャがちゃんと勇気出したら、優しくしてやってよ」

「約束は、出来ないです。でも真剣には応えます」

「うん、ありがとう。それで十分」


ギーナさんはそれで満足したのか、それ以上ビャビャさんの事を話題にはしなかった。

ただその事を振り払うかの様にハクと一緒に暴れ倒したけど。


ビャビャさん、か。

あの人は良い人だ。良い人、なんだよなぁ。



あ、因みに釣果はいつも通りです。

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