第558話とりあえず真面目な今後の話です!

「ひとしきり喜んだところで、ちょっと真面目な話しようか」


イナイが落ち着いた声で、真面目な表情で俺達にそう言った。

そんな彼女を見て、俺とシガルはほぼ同時に同じ反応を返した。


「っ・・・!」

「くっ、ふっ・・・!」


口元を抑えて声を出すのを堪え、思わず彼女から目を逸らしてしまう。

体は震え、腹筋にも力が入り、押し殺した声が漏れそうになる。

俺もシガルも笑いを堪えられなかった。


「おい、なんだよ、笑うなら思いっきり笑えよこの野郎」


俺達の反応にご立腹な様子を見せるイナイさん。

普段ならちょっと怖くなる顔。でも今の彼女では、それすら可愛らしく見える。


「だってお姉ちゃん、真っ赤な目でそんなに真剣な顔されても」

「ごめん、一番最後に落ち着いたイナイが場を仕切ってるのが何か面白かった」


笑いを堪えながらイナイの言葉に応えるシガルと俺。

どうやらシガルは、目が真っ赤で腫れてる状態での真剣な様子がおかしかったらしい。

俺は一番最後に落ち着いた彼女が、取り繕う様に話を仕切り始めたのが面白かった。

だって最後に泣き止んだのイナイだし。ちょっと前までまだグズグズ状態だったし。


「っせえな、こちとらもうすぐ40なんだよ。嫁に行けねぇと思って30代半ばまでいってから婚約者が出来た女が結婚して欲しいって言葉に感動してなにがわりぃんだよ・・・」


イナイは俺達の言葉を聞いて、顔を俯かせてぶつぶつと言い出した。

しまった、すねた。何だかいつもよりイナイの感情のブレ幅が大きい。

いつもならこのぐらいじゃ、そこまですねた様子は見せないのに。


「ごめんごめん、イナイ」

「うー」


すねるイナイを引き寄せて抱きしめるが、機嫌を直してくれずに唸っている。

それはそれで可愛いと思うけど、このままじゃ話が進まない。

どうにか機嫌を直して貰わないと。

一応抱きしめる事に抵抗はしなかったので、物凄く機嫌が悪いわけでは無いとは思う。


「ねえ、お姉ちゃん」

「あんだよ」


優しく話しかけるシガルにも、イナイは何処か攻撃的だ。

イナイの返しにシガルは苦笑いをしている。

でもその顔には「可愛いなぁ、お姉ちゃん」って書いてるので心配ないだろう。


「別にお姉ちゃんを馬鹿にしたんじゃなくて、何時もかっこいいお姉ちゃんがあんまり可愛かったからさ。ごめんね」

「うるせぇ。タロウよりお前の方があたしの情けねぇ所良く知ってんだろうが」


あ、だめだこれ、完全にすね切ってる。

シガルの慰めの言葉にすら噛みつくとか、イナイさんどうしたの。

流石にちょっと予想外だったのか、シガルも少し困った顔を見せる。


しかしイナイの情けない所ってなんだろ。

二人共俺の知らない所で色々話してるらしいから、何か有るんだろうな。

俺が唯一解るイナイの情けない姿って言ったら、夜の大魔神が降臨した時ぐらいだろうか。

シガルさん一人勝ちで何も出来ないからな。


一度イナイと結託してみた事あるけど、シガルを楽しませるだけで終わった。

なにこの子強すぎる。

いやいや、今はその話はおいておいて、だ。


「イナイ、本当にごめん、ちゃんと聞くから何が言いたかったのか教えて。ね?」

「うん、ごめんねお姉ちゃん。悪気は無かったんだ。お姉ちゃんの反応が可愛くて」

「・・・解った」


二人でとにかく謝ると、イナイは頬を膨らませながらも了承した。

何とか機嫌を直してくれたかなーとは思うけど、まだ表情は拗ねてるな。

でもまあ、こんな彼女も珍しくて良いかな。あんまり拗ねたりとかしないからな。


「結婚するのは良いけど、シガルとあたしの立場考えると、色々準備しねーと駄目だぞ。タロウが嫌ならいいけど、式やるならちゃんとやんねーと」

「あー、この間のリンさんとセルエスさん達みたいな?」

「ざけんな、あんな馬鹿げた規模でやってたまるか」


イナイの言葉に答えたら、ガルルルって唸られそうな顔で怒られた。なんで。

彼女は英雄として称えられているし、そういう事必要かなって思ったのに。


「ミルカぐらいの規模でしかやる気はねぇぞ、あたしは」

「それはあたしもそうであって欲しいなぁ。流石に陛下達の規模でなんかやられたら私王都に帰れなくなっちゃう・・・」


ミルカさん規模か。っていう事は、仕事仲間とか友人家族を呼んでの結婚式か。

でもそれでも結構な規模になりそうだな。

シガルはともかく、イナイは企業のお偉いさんみたいなもんだし。


「けどそれでもそこそこの規模になる。あたしはまず技工士連中や世話になった連中呼ばなきゃいけねぇし、シガルもかなり人数呼ぶことになるだろうしな」

「へ、あたし?」


イナイがちらっとシガルに目線を向けるが、向けられた本人はきょとんとしていた。

俺も同じく疑問で首を傾げる。

だってシガルは良いとこの女の子かもしれないが、本人は普通の女の子だ。

本人も親父さんも貴族じゃないと聞いている。


「お前の親父、上の方の人間だぞ」

「・・・お姉ちゃんが言うほど?」

「その辺の有象無象なんか目じゃねえぞ」

「・・・あれ、お世辞じゃないんだ。てっきり私が娘だから気を遣ってるのかと思ったのに」

「ギャラグラさんとヘルゾさんか?」

「うん」


ヘルゾさんはあのお爺さんの事だよな。シガルはあの人と直接話す機会が有ったのか。

キャラグラさんって誰だろ。どっかで名前聞いた様な気がするんだけどな・・・。

あ、思い出した、結構前にそのうち紹介してやるって言われてそのままの人だ。

なんていうか、シガルって本当に知らないうちに色んな関係作ってるね。


「そういう事も考えると色々やる事増えて来る。それだけの人間を呼ぶ準備もしなきゃいけねぇし、呼んで大丈夫なだけの期間も空けなきゃいけねぇ。あたしらの関係も今のままじゃだめだから、籍だのなんだのの手続きも要るし、そもそも姓をどれにするかも決めてねーだろ」


そういえば姓はどっちにするって決めてなかったっけ。

俺としては別に拘り無いから別に構わないんだけど、イナイ達はどうなんだろうか。

イナイにはその辺り最初の頃に言ってるけど、シガルには言って無かったっけ。


「俺は別に、君達と一緒に居られるなら何でも良いよ」

「まあ、お前はそう言うだろうな。シガルは?」

「あたしもタロウさんとお姉ちゃんなら、別に何でも良いよ」

「そっか、解った」


イナイは俺とシガルの言葉を聞いて一つ頷く。

そして少し考える様子を見せたので、俺とシガルはイナイが口を開くまで待った。

真剣に考える彼女の結論が出るのは、そこまで遅くはなかった。


「じゃあタナカでいいや。読み方もお前に合わせる」

「は?」

「ならあたしはタナカ・シガル、かな? 割と悪くないかも」

「え?」

「タナカ・イナイか。あたしはあんまり変わった感じしねぇな」

「いや、ちょっとまって」


このままだとそれで決定しそうなので口をはさむ。

いやだって、それじゃイナイが良く無いだろ。

彼女は立場ある人間だ。その名前だって多くの人間に知られているはずだ。

なのにその性を変えて良いのか。色んな混乱起きたりしないかそれ。


「なんだよ、お前別にどうでも良いんだろ?」

「いや、そうだけど、良いの? 大丈夫なの?」

「問題ねえよ」


マジかよ、良いのかよ。ほんとかなぁ・・・。

でも彼女がそう言う以上これ以上何も言えないか。

後はその手続きと、人選びか。


「手続きや人選、場所の確保なんかはあたしらでやるけど、タロウは色んな所に振り回される覚悟しろよ。嫌って言わなかったんだからな」

「あ、はい」

「あたしも親戚周りに挨拶要るのかぁ・・・面倒くさいなぁ。家族だけじゃダメかなぁ」

「そうは行くか。お前の親父さんの立場も考えてやれ。自分の意志を通してる分親父さんに孝行してやんな。それにお袋さんが許さねぇだろ」

「そうなんだよねぇ・・・お母さんが怖いなぁ・・・」


シエリナさん、そういう親戚周りの話はしっかりする口か。

となるとさらに人数凄い事になりそうだな。

ミルカさんの時は会場っつーか、本当に結婚式だけだったけど、それはどうするんだろ。


「ま、それは全部帰ってからだな・・・めんどくせえが仕方ねぇだろ」

「そうだねー・・・ちょっと帰りたくなくなってきた」


イナイがさっきの嬉しそうな顔とは違い、物凄く面倒そうな顔になった。

シガルも同じ様な顔になってしまう。

あれー、俺もしかして余計な事言ったのかなー、なんて不安になっていると頬をつねられた。

俺の両頬に小さな手が在る。


「お前が辛気臭い顔してんじゃねーっつの」

「そうだよ、大変なのはあたし達でしょ」

「はひ、ほへんなひゃい」


何か凄い剣幕で怒られたでござる。

だって俺、この身一つなんだもん。呼ぶ親戚とかいないもん。

あー、でもこっちで出来た知り合いは呼べるなら呼びたいなぁ。


「お前はあたしらをちゃんと愛せ。最後まで抱えろ。一緒に居て良かったと思わせろ」

「そうだよー。次言わなきゃよかったかなーなんて顔したら怒るからね?」

「ひゃい、いひょきをひゅけまひゅ」


既に怒られてると思うけど、余計な事はいうのやめとこ。

しかし現実的な話かぁ。そういえばそれだけの結婚式やるとして、お金足りるかな。

稼いだお金あんまり使ってないし、大丈夫かなぁ。

遺跡破壊の仕事の事も有るんだし、足りなかったらちょっとブルベさんに相談しよっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る