第554話決定的な変化の自覚。
「殺す、ころすぅ・・・!」
床に伏しながら、動けない体で殺意の言葉を投げる。
だが投げかけられた側は、俺の事など碌に相手にしていない。
いや、戦う相手として興味を持たれていない。
「はいはい」
俺を一切気にせず、男はここ数日俺の体に流し込んでいる物を器に入れて持ってきた。
何らかの穀物をお湯でふやかして、口内に流し込みやすいようにされている。
これらを体内に取り込んで体を暖かくして寝ていると、少しだけ身体機能が戻って来た。
下腹部の気持ち悪さや、体に段々と力が入らなくなってくる感覚も薄まった。
何故なのかは解らないが、今のこの体はこういった物を体内に取り込む事で回復するようだ。
その事実が知れた事だけが現状の収穫だろう。
早々にこの身体能力の低下への対策を見つけられたのだから。
「まーったく面倒だな。お前の体どうなってんだ。これでも魔術には自信あったのに効果が殆どねぇ。へこむぞ畜生。外傷には多少効くのにさぁ、なんなのほんと」
そんな軽口を叩きながら男は俺を魔術で拘束している。
俺はそれに抵抗しようと暴れるが、拘束を解く事が一切出来ない。
それどころか、拘束をされている部位はピクリとも動かせない。
効かないなどと、この状況を見て言うか。
その事実に、余計に男への殺意が増していく。
「拘束はそこそこ効くのになー。なんで治癒はかかり悪いんだ、意味解んねぇ」
「がぁっ! 離せ! 殺す! すぐにその首切り落としてやるぅ!」
「おー、おー、大分元気になって来たなぁ。でも多分少し暴れたらまた倒れるぞー」
ここ数日、男と俺はずっとこんなやり取りをしている。
俺はどうにか殺意を抑えようとしているのだが、こいつを目の前にすると抑えられなくなる。
だが男は俺の攻撃を全て何の苦も無く防ぎ、こうやって拘束して適当にあしらってくる。
今の俺とこいつでは、存在の次元が違い過ぎて話になっていない。
「ほら良いからとりあえず食えよ」
「うるさい! 離せ!」
「はいはい、じゃ俺は外にいるから、ゆっくり食いな」
男は俺を抱えてベッドに戻し、その前に木の板を置いて上に器を置く。
最近ずっと体内に流し込まれていた物だ。
それが終わると男は言葉通り部屋から去っていき、それからしばらくして拘束が解かれる。
「ちっ、あれから数日たつというのに一向に制御できん」
男が消えた事で心が落ち着き、普段の俺の思考が戻ってくる。
とりあえず視界内にさえ入れなければ我慢できるというのに・・・。
「これを口に入れろ、という事だろうな」
目の前に置かれた、どろどろになった何かを見つめて呟く。
これが何なのかは解らないが、間違いなく今の俺には必要な物だ。
俺は指も動かせない状態だった時に男にされた様に、それを口に運ぶ。
口の中に含んで体内に流し込み、その一回で手が止まってしまった。
「・・・何だろうな、これは。何と言えばいいのか。好んで口にしたい物では無いな」
男に流し込まれていた時は気が付かなかったが、自身でこれを口に含むと思わず吐き出したくなる衝動にかられた。あの男はこんな物を普段から口に入れているのか。
・・・まあ解らぬうちに流し込んでしまえば同じ事か。
奴も必要に駆られてこれを体内に入れている可能性が有るな。
もしかすると、この辺りの存在はこういった物を摂取しないと生きていけないのかもしれん。
俺はそいつらの影響を受けた可能性が高い、という事だろう。
全く、忌々しい。こんな面倒な事をしないと生きていけないとは。
だが気に食わなくともやるしかない。死なないために、兄弟に会うために。
ただここ数日此処に居て、完全に理解不能な事も有る。
あの男に関してだ。
それはあの男の正体や、力の強さなどの話じゃない。
「奴がいなければ、殺意が薄まる。それどころか不思議な感覚が浮かぶ」
自分でも理解できない、不思議な感情が生まれた事に気が付いている。
男を目の前にするとそんな物は消え失せるが、姿が見えない時であれば殺意の感情はほぼ完全に消えている。
あの男を前にすると殺したくて堪らなくなるくせに、姿が消えるとあの男の事が少し気になる。
訳が解らない。何なんだこれは。
・・・どの道考えた所で無駄か。それよりも奴への殺意を抑える方が先だ。
このままでは俺は兄弟を捜す事どころか、生きる事すらままならない。
あの男は強いが、あの男だけが強いというわけでは無いだろう。
少なくとも、俺を殺した竜と男はもっと強かったはずだ。
世界の理屈なぞ全てねじ伏せる、異常な強さを持っていた。
あれに比べればまだ可愛げがある。
そしてそんな可愛げある存在に勝てない程弱体しているのが今の俺だ。
どうにか殺意を、せめて襲い掛かるのは押えられるようにしたい。
「せめて、奴と会話ができるなら、一つ奴にやらせる事も出来るのだが」
奴が何のつもりか本当に解らないが、俺を完全に回復させるつもりだ。
真意は知らんし、どうでもいい。
だが奴なら、奴の強さなら、万全の俺でも拘束する事が出来る。
それを上手く利用できる。
せめて少しでも会話さえできれば、奴に頼む事が出来るのだが。
「――――――俺は、今、何を考えていた?」
自分の思考回路の異常事態に手が止まる。驚きで一瞬頭が真っ白になった。
俺の意思で会話をする? 頼む? 何だ今のは。何だ今の思考は。
俺じゃない。そんな事を俺は考えるようには出来てない。
俺以外の誰かに助けを求める様には、救いを求めるようには出来ていない。
なんだ、一体俺はどうなっている。
「・・・は、はは、ははは、本当に、もう何度も確認して解っていたが、本当に、俺はもう違う物なんだな」
違う物になって、違う思考も持てて、でも相変わらず以前通りの感情は残っている。
それでも、やはり決定的に違うのだ。
今の自分は、自分以外にも救いを求める事が出来てしまう様になってしまったのだ。
「は、はは、は・・・うぐっ、ぐぅ、ひぐっ・・・!」
不意に、悲しさが込み上げてきた。瞳から涙が溢れて抑えられない。
悲しい理由は解っている。
こんなに辛いのに、こんなに苦しいのに、それでも救いを求められない俺が居る。
この世界には、この感情すら持てない俺が居る。
救われたいという感情すら、すぐに殺意で埋め尽くされる俺が、この世界には、居る。
「うっぐ、ぐぅ、兄弟、すまない・・・ふっぐ、絶対に、ひぐっ、会いに行ってやるからな」
これはきっと、以前の自分では考えられない、悲しさと優しさからの感情。
自分自身に救いを求めたくて、理解されたくて、肯定されたくて、だからこそ会いたかった。
俺だけがお前を理解してやれる想いと同時に、お前こそが俺を救ってくれると思っていた。
俺だけほんの少し救われているから、だから余計に、救ってやらなくてはと思っていた。
けど、俺はもはや兄弟の事を真に理解してやれないかもしれない。
こんなに余分な物がたくさんついた俺では、兄弟は救われないかもしれない。
それでも、ほんの少しでも救いになる可能性はある。
「それでも、会いに、ひっぐ、行く、から、ひぐっ」
涙を流しながら、目の前の物を流し込む作業に戻る。
この不完全な体を使えるようにしなければ。もっとまともに戦える体にしなければ。
例えその作業に時間がかかっても構わない。それでも、絶対に会いに行く。
この感情を、この気持ちを、兄弟にも教えてやりたい。
その気持ちで、吐きそうになるのを堪えながら、目の前にあった全てを体内に流し込んだ。
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