第550話クロトの覚悟ですか?

僕はきっと、幸せなんだと思う。

いや、きっとじゃない。間違いなく幸せだ。


優しくて強いお父さんが居る。

血のつながっていない、そもそも同じ存在ですらない僕を、本当の家族だと言って抱きしめてくれるお父さんがいる。

僕がお父さんと呼んだからというのが始まりではあるけど、それでも、僕を守ってくれるお父さんがいる。


僕の事を心配して、本気で追いかけてくれた。

僕の変わりようを心配して、本気で声をかけてくれた。

あの暖かさを、お父さんの優しさを、心根にある強さを感じさせてくれる。

お父さんの事は大好きだ。心からそう思ってる。


優しくて格好いいお母さんが居る。

言葉こそ荒いように聞こえるけど、その心根はとても優しいイナイお母さん。

何気なく世話を焼いてくれて、細かいところまで気にしてくれて、僕を本当の息子の様に扱ってくれるお母さん。

お父さんと一緒で僕を家族だと思ってくれている、何があっても毅然としていてかっこいい、素敵なイナイお母さん。

お父さんの前だけは少し可愛いお母さんになるけど、それでもやっぱりお母さんはかっこいい。


色んな人に頼られて、そのほとんどに応えて頑張っている。

お母さんの本質はきっと、優しくてそんなに強くない人だ。だから本当に頑張ってる。

その頑張りを頑張っていると見せずに、ただ優しさを向けてくれるんだ。

強くないけど強い、優しい素敵なイナイお母さんが居る。


とてもまっすぐで、とても強いシガルお母さんが居る。

お父さんにもイナイお母さんにも無い、とても強い心を持っている。

どこまでも強くて、どこまでもまっすぐで、自分の弱さすら強く作り直そうとする、ひたすらにまっすぐな強さを持っているお母さん。

物凄く格好いい、強い人。そしてその強さと同じぐらい優しいお母さん。


まっすぐだからこそ、大事な人に対する愛情がどこまでも深い。

おじいちゃんに対する態度はちょっと激しいけど、あれもおじいちゃんが好きだからこそだ。

ぼくはその、大事な人に入れて貰えている。優しさを向けて貰えている。

僕に対する愛情を向けてくれる、強い、とても強いシガルお母さんが居る。


癪だけど、ハクの奴も居る。

負けたくない、こいつには負けたくないと張り合える相手が居る。


グレットだって可愛い。良く懐いてくれている。


僕を気にしてくれる、沢山の人とも、出会えた。








けど、あいつには何も無い。

あいつがこの世界に出てきた時に、その光景が少しだけ見えた。

その時のアイツの気持ちが、少しだけ感じられてしまった。


僕の記憶は相変わらず不完全だ。

けど、あの時あいつの心を感じられて、あいつの本質は理解できた。


あいつの心に有るのは、ただただ絶望だ。

また同じ形として生まれたのかと。

また自分は何もかもを必要とせず、必要とされない想いを抱えながら生を受けたのかと。

そしてその絶望よりも膨らんでいく恨み、妬み、殺意。





あれを、ほんの少し違えば僕が抱えていたのだと、理解できた。

あの遺跡に来てくれたのがお父さんでなかったら、あいつは僕だった。

僕が、あの絶望を抱えて、誰かを殺していた。


そしてその果てにきっと、お父さん達にもであっただろう。

今の様な、こんな暖かな気持ちなど持てず、ただ殺意だけを向けて。


そう思うだけで、泣きそうになる。辛くて堪らなくなる。

少し想像しただけで、手が痛くなるほど握り込んでいる自分に気が付く。

今の僕にとって、そんな事は絶対に許容できない。


つまり僕は最初の時点で、お父さんに会ったあの時点で、全てを救われていたんだ。

今の暖かい状況の一番の理由が、お父さんが来た事。その時点で僕は完全に救われてしまった。


けど、あいつは違う。そして違うからこそ、僕を求める。

ほんの少し感じた同類の気配に、同じ気持ちを抱える存在に会えると信じて。

そして同じ事を想えるからこそ、出会う事が救いになると信じて。


『僕』だけが『俺』を理解できると、信じて。





それは、あまりにも可哀そうだ。

僕はもう『俺』じゃない。存在を理解してやれても、真に理解する事なんてできない。

もう僕は、違う存在だから。


でも、だからこそ、あいつに出会えたら僕が救ってやりたい。

僕一人だけ救われてしまった。こんなに暖かい物を貰えてしまった。

同じ存在だったはずなのに、こんなにも違ってしまった。

そう思うだけで、あいつの辛さを想像するだけで涙が溢れそうになる。


自分の事であって自分の事じゃ無いその事が、あまりに悲しくて辛い。

もし出会う事が出来ずに消えてしまうなら、それはそれで仕方ない。

滅びはきっと、一つの救いにはなる。だから、それはそれでしょうがない。


けど、もし、ちゃんと出会えるなら。




「・・・必ず、僕が、助けてやる」




まだ見ぬ兄弟を、殺す。

堪えられずに涙があふれるのを感じながら、そう、覚悟を決めた。

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