第547話魔王の変調。
「ちぃ、何だこの感覚は・・・!」
体に力が入らん。下腹辺りが気持ち悪い。喉辺りが乾燥している様な感覚もある。
貧弱になったとは思っていたが、何だこの症状は。
歩む足がふらふらとして、まっすぐ歩くこともままならん。
「ぐっ!」
そしてとうとう地面の何でもない段差に足を取られ、倒れてしまう。
倒れる際に手をつくが、それも力が入らずに結局地面に体を叩きつけた。
くそ、何て無様だ。思考は段々と霞んでくるし、一体この体はどうなっている。
やはり欠片に分けられ無理やり顕現した体では、何かしらの欠陥があるという事か。
頭が痛い。吐き気がする。瞼が今にも閉じそうだ。
「なんだ、これは」
ぼんやりとした思考の中、自分の掌を見る。
手から血が流れている。赤い血が流れている。人間達や魔物達の様な物が手から垂れている。
その上こんなかすり傷で手が酷く痛む。
地面に倒れ伏したこの体も、ぶつけた部分が疼く様に痛む。
「は、はは、は」
自分の体の変化に変な笑いが出た。それと同時に理解した。自分のこの変調の理由を。
つまりは欠片に過ぎない自分の体では、完全な顕現は無理だったという事か。
道理で体の形そのものも以前と大きく違ったわけだ。
おそらくあの場で命を落とした者達の影響を受けているな。
奴らの命をこね回して混ぜ合わせ、この体の基礎にしたか。
「はっ、まさか、本当に別の物になっているとはな」
力は持っている。記憶も持っている。だが体が完全に別物になっている様だ。
成程、貧弱なわけだ。これでは簡単に死ねる。
ああ、死ねるのか。この体ならば簡単に。
望まずとも、殺さずとも、殺されずとも、死ぬ事が出来るのか。
それはなんて幸せで、心地いい事だろうか。
「はっ、馬鹿げてる」
俺が死ぬ? なにも出来ぬまま死ぬ? なにも殺せぬまま死ぬ?
そんな事があっていいはずが無い。やっていいはずが無い。
少なくとも今の俺には生きる意味がある。倒れられぬ理由が有る。
恨みがある。全てを殺したいという衝動も想いもこの胸にある。
だがこれは、元々俺の中にあった物だ。俺が俺として生まれた時点で抱えていた物だ。
今の俺は生まれて初めて、自分の意志で、自分の気持ちでやりたい事がある。
――――殺してやらなくちゃ、殺されてやらなくちゃいけない奴がいる。
俺だけ救われてしまった。俺だけ変わってしまった。
おそらく兄弟も元の形とは違うだろうが、俺と違い力は完全に近い形で生まれているはずだ。
ならば感じたはずだ。救い様のない絶望を。
俺と違い、本当の俺に近い、俺の想いを。
「兄弟に会うまで、俺は死ねん。あいつを殺すまで、殺されるまで、死ぬことは許されん」
やっと解放された事への安堵。恨む事しか、殺す事しか出来なかった自身の消滅。
それすら否定された絶望を味わっているはずだ。
何を殺しても、何度殺しても心は晴れず、それでも恨んで殺すしか出来ない。
その衝動を抱えながら存在しているはずだ。
「ぐっ、つあぁ・・・!」
意識が遠のきそうになるこの体に鞭打って体を起こす。
最早これは他者の体だな。自分の体と思って動かしていては兄弟に会う前に消えてしまう。
どうにかこの症状の改善の術を見つけなければ。
せめて欠片が何処にあるかぐらい感じられれば話は早いが、それすらも出来ん。
力もなく、体も不完全、心も不安定。
このままでは兄弟に会ってもがっかりされて終わるな。
やはり俺は早急に俺の欠片を集めねばいかん。
「うっわ、ひっでえ惨状。あたり一面血の海じゃねーか」
近くの木に手を添えて何とか立っている状態を保っていると、気配もなく何者かが現れた。
見ると人間の男の様だ。
男は俺がついさっきまで殺した魔物達を見て、何やら言っている。
「何かが暴れてるっぽい気配があったから気になって見に来たんだが、まさかお嬢ちゃんがやったのか?」
いかんな、殺したい、大人しくしているつもりだったのに、殺したい、無意識に魔物を蹴散らしていた。
目の前の男に戦闘を仕掛けるのは、殺したい、今の自分の状態では止めておいた方が良いな。
人間は一人殺すとわらわらと、殺したい、数をもって、殺したい、やってくるからな。
兄弟に会いたいならば、殺したい、こいつ、殺したい、に手を出すべき、殺したい、じゃない、殺したい。
「殺す」
ああ、解っていたが言う事をきかん。人間を見た途端殺したくてしょうがない。
しょうがない。目の前の存在が憎くてしょうがない。だから、殺しても、しょうがない。
殺そう。そうだ、殺さなきゃ。殺す。殺す殺す殺す。
「死ね」
地を蹴って男に飛び掛かる。先程までふらついていたのが嘘のように体が軽い。
男は俺の攻撃に一切反応できず、無防備なままだ。
これなら簡単に殺せる。
そのまま男の喉元に手刀を突き刺そうとして―――その手が奴の喉の直前で止まった。
「なっ!?」
「あっぶねぇなぁ。嬢ちゃん、おいたがすぎるぞ」
俺はその事実に驚愕するが、男は何事もなかったかのように話しかけてきた。
男の喉のほんの少し手前。そこに俺の手刀を受け止めるだけの硬度を持った魔術障壁が在った。
いつの間に魔術を展開したのか。直前まで何も感じなかったはずだ。
そもそもいくら弱体したとはいえ、たった一枚の魔術障壁で俺の手刀を受けたというのか。
なんだ、こいつは。
「とりあえず落ち着けお嬢ちゃん。俺は別にお前に襲い掛かる意思はねぇから」
男は余裕の表情で俺に言い、反撃を仕掛けてくる様子はない。
俺は男の言葉を意に介さずに、さらなる攻撃を仕掛けようとする。
だがそれは叶わなかった。
「ったく、ちょっと痛むぞ」
「かはっ!?」
その言葉と共に、思い切り吹き飛ばされた。
何をされたのか認識も出来ずに吹き飛ばされ、木に叩きつけられて無様に地面に落ちた。
起き上がれない。これはただ痛いだけじゃない。痛いせいで起き上がれないわけじゃ無い。
何か、決定的に攻撃されてはまずい何かへの攻撃をされた。
「がっ、あっ、こ、殺してやる、殺す、ころすうううぅう!」
体の状態は理解している。どれだけ心が男に向かっていても、俺の体はもう戦闘不可能だ。
腹立たしい事に、この男は魔人連中よりも強い。
ここで終わるのか。兄弟に会うと決めた初めて生まれた自分の本物の想いも通せないのか。
「うーん、錯乱してんのかな。よっぽど酷い目に遭ったのか? とりあえず一旦寝ときな」
その男の言葉と共に、抑えられない殺意も恨みも全て、意識と一緒に消えていった。
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