第545話クロトの危険な変化です!
「っし、今回も問題なしっと」
遺跡が崩れ、地盤が沈下していくのを見ながら自分の状態確認を口にする。
二度目の遺跡破壊も一切の問題なく行えた。これなら今後も問題なくやっていけるだろう。
その安心感から、自分の言葉に明るさが入っているのも自覚している。
何よりもこれが終わる事への解放感の喜びもあるだろう。
だって暫くの間また拷問だったんですもん。
前の遺跡の破壊の後、ウムルとリガラットの人員が来て移動になったのは良いんだけど、その間ずっとビャビャさんが俺の手を離さなかった。移動中ずっとだ。
理由を聞くと「危ないから」とだけ口にして、俺が何を言っても譲らなかった。
おかげでこの遺跡に来るまでの間の辛い事辛い事。
ここまで車で移動したんだけど、振動で擦れるので泣きそうになった。
それにシガルは当然の様に微妙に機嫌が悪くなるし、イナイも何か様子がおかしくなってた。
やっとあれから完全開放されると思うと本当に嬉しい。
その様子をニヤニヤしながら見ていたアロネスさんにはいつか仕返しをします。絶対します。
覚えてろ。絶対何かしらでやり返してやるからな!
前の遺跡と同じ様に偽装工作をするアロネスさんの背中を睨みながら、固く決意を胸にする。
「お疲れ」
「お疲れ様、タロウさん。大丈夫?」
イナイとシガルが俺を労って迎えてくれる。今回イナイは遺跡に入らなかった。
本当は一緒に行くべきらしいけど、そうすると俺の負担が増えるので止めておくとの事らしい。
その辺り、今度改めてブルベさん達と色々話し合う必要があると言われた。
「問題無いよ。疲労感は流石にあるけどね」
仙術を使う以上どうしても肉体疲労は発生してしまうが、それはしょうがない。
気功仙術も浸透仙術もそういう物だ。
自分が本来できない範囲の事を、無理やり成してしまう技なんだから。
「お、疲れ、様。無事、で、良かっ、た」
ビャビャさんもほっとした声で俺を迎えてくれた。
彼女に腕を掴まれているのはとても辛かったけど、それでも彼女に恨み言を吐く気にならないのはこのせいだろう。
きっと彼女は本気で俺を心配してくれていたんだ。
彼女の声音から、心から俺を心配してくれていたのを感じる。
声音だけで何をと言われるかもしれないけど、俺はそう感じていた。
表情が解らなくても、彼女はとても優しい女性だと俺は信じている。
彼女の未来への夢を知っている。彼女の子供達への想いを知っている。
そんな人が俺に悪意を持ってあんな事をするとは思えない。
だから、やっと解放されたこの嬉しさも彼女には黙っておこう。
言ってしょんぼりされたら、ちょっと申し訳ないし。
「あれ、クロトは?」
『あいつなら、なんか向こうを眺めて動かないぞ』
クロトが寄ってこない事を不思議に感じ、皆に問うとハクが教えてくれた。
ハクの前足が指す先をみると、クロトはどこか遠くを見つめていた。
その様子はただ遠くを見ているというよりも、ここからでも見えない遥か彼方を見つめているようだった。
「クロト、何か様子が変じゃない?」
「ああ、そうなんだ。遺跡から出てきた後ずっとあんな感じでな」
「クロト君がああなってから何度か呼びかけたんだけど、なんだか反応が鈍いの。遺跡の中で何かあったとかじゃないの?」
クロトの様子が変な事を二人に聞くと、二人も同じくだとは思っていたらしい。
ただどうやら遺跡で何かがあったからだと思っていた様だ。
けど少なくとも、遺跡から出ていく時のクロトはいつも通りだった。
今回はクロトと二人で遺跡に入り、クロトがしっかり出たのを確認して、皆が完全に安全圏に離れてから遺跡を壊した。
壊す際に壊し損ねないようじっくりやったから、その分の時間もかかっている。
その間ずっと、あの様子だったんだろうか。
そのじっと様子を見ていると、何か嫌な予感を感じた。
クロトをそのままにしていたら不味い事になる様な予感が。
俺はその直感に従ってクロトに駆け寄る。
「クロト!」
「・・・あ、おとう、さん」
俺が叫んでクロトを呼ぶと、クロトはぼーっとした顔をこちらに向けた。
そして最初こそ本当にどこを見ているかわからなかった瞳が、少しこちらを捉えたのを感じた。
「・・・おかえりなさい。お疲れ様」
「ありがと。でもクロトこそ疲れてない? ぼーっとしてたみたいだけど」
俺を労うクロトからはさっきの危うさを感じなくなっていた。普段通りのクロトだ。
でももしかすると疲れていたのかもしれない。
なんだかんだこの遺跡破壊はクロトにも負荷を強いる。
俺の事よりもこの子の負担を先に考えるべきだ。
「・・・うん、少し、気になる事が、あった」
「気になる事?」
「・・・多分、気のせいじゃないと思う」
「クロト?」
クロトはまたどこか遠くを見つめる様子を見せ、よく解らない事を語る。
ただやはり、その状態のクロトにどこか危うさを感じた。
理由は俺にも解らないけどそう感じる。
「クロト、何か気になる事が有るなら言って欲しいな」
俺はしゃがんで、クロトに目線を合わせて問う。
この子は中々自分の想いを口にしない。こういう時はこっちから踏み込まないと駄目だ。
今までだって、こっちから言わない限りこの子は自分の事は殆ど語らなかった。
「・・・・・・」
だがクロトは意識をこちらに向けた後、イナイとシガル、そしてハクを見つめてから、またどこか遠くを見る。
そして暫くどこかを見つめた後、俺の方にまた向き直って口を開いた。
「・・・どこかで、ここじゃない遠くのどこかで、僕が、生まれた」
「遠くで僕が生まれた? どういう――――」
クロトの言葉に疑問を返そうとして、気が付いた。
自分はつい最近、そういう事を危惧していなかったかと。
「もしかして、どこかの遺跡で目覚めたやつがいる、って事?」
「・・・場所は解らない。けど、多分」
「何でクロトはそれが解ったの?」
「・・・解らない。何故か、そう感じた」
そう感じた、か。場所が遺跡だしクロトの言う事だ。軽く考える事は出来ないよな。
これはイナイにもちゃんと相談した方が良いかもしれない。
ただその前に、もう一つ聞きたい事がある。
「そっか・・・クロトはそれで、何を悩んでたの?」
ただそれだけなら、クロトと似た様な者が生まれただけが理由じゃないだろう。
多分ただそれだけなら、クロトは俺達にその事を教えるはずだ。
少なくとも危険を教えるぐらいはしてくれるだろう。
けどそれもなく、クロトは黙って思考に耽っていた。その理由を教えて欲しい。
「・・・きっとそいつは、僕を殺しに来る。だから、僕がお父さん達の傍に居たら、危ない」
「クロトを?」
「・・・うん。きっと、あいつは、そうする。あれは、僕は、きっと、殺しに行く」
理由を話してるうちに、クロトが何処を見ているかドンドン解らない様子を見せる。
それと同時に俺の中で警鐘が鳴り響いている。
クロトの変化を止めなきゃ駄目だと、理由も解らず危機感だけが増していく。
「クロト!」
クロトの呟きを叫んで止めさせると、クロトははっとした顔でこちらをしっかりと見る。
そして申し訳なさそうに口を開いた。
「・・・えっと、ごめん、なさい。大丈夫。僕は、僕だから」
そう俺の目を見て言うクロトだが、それが余計に不安なった。
俺はクロトを引き寄せて抱きしめる。
「クロト、別に謝らなくていい。けど、クロトはクロトだから。此処に居ていいからな」
「・・・うん。ありがとう。大丈夫」
クロトが何であろうと、どうあろうと、もうクロトは家族だ。
だから此処に居ていい。何も気にするな。そう思って抱きしめる。
どこまで俺の意思が伝わったかは解らないが、クロトは俺に手をまわして嬉しそうに答える。
とりあえず、さっきまでの危うさはもう感じなくなっていた。
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