魔王の復活、クロトの変調

第544話目覚める悪夢。

「がぁ・・・は・・・」

「ぐ・・・うぐ・・・あ・・・」


呻き声が聞こえる。懐かしい呻きが。

幾度も聞いた。飽きるほど聞いた。この手で何度も奏でた音だ。

ただそれだけを成す為に生まれ、ただそれを成す為に生きた。

もう一度あの音を奏でる為に生まれろというのか。


「た・・・すけ・・・」

「嫌だ・・・死に・・・ない」


死を否定する声が聞こえる。死から逃げる声が聞こえる。

この身が行う全てであり、それしか行えぬ存在を否定されている。

だが、否定したところで最早どうともならぬ。

既にその願いは遅く、完全な手遅れだ。


「ぁ・・・」


そして今、最後の一人もその命の火を消した。

全てを奪われ、消えていった。

その最後を見ながら、自身の存在が完全に顕現するのを感じる。


「はっ、これが、次の目覚めか」


眼下に横たわる多くの死体を見て毒づく。

やはりこれか。俺の存在はやはりこんな物か。

ならばやってやろう。また望まれたのならばもう一度やってやろう。

惨劇を、何度でも。


「結局、俺にはそれだけか。その為に生まれ、それだけを成し、そしていつか殺される」


あの日の様に。あの竜と英雄に殺された時の様に。

全てを呪い、全てを憎み、全てを殺し、そして殺されよう。

ありとあらゆる全てを只々鏖殺する為に生きてやろう。


「有象無象一切の区別なく、精霊も竜も魔物も人間も全て殺す。一切を残さず全て殺す。俺は貴様らを絶対に許さない」


だが、力が足りない。今の俺の力はそれを成すには弱すぎる。

もし竜が来たら一切の抵抗も許されずに殺されるだろう。

少し、力を上げる必要がある。


「分けられた後が有るな。面倒な事を。こんな事をするぐらいなら消滅させられた方がマシだ」


いや、むしろ俺はきっと消滅を望んでいた。

死は怖かったが、死こそがきっと俺の救いだった。

だが連中はそんな小さな救いすら俺には許さない様だ。

本当に世界は、俺が望む物を寄こさない。


「調子に乗った連中が。俺の前に顔を見せて無事で済むと思うな。貴様らも皆殺す。魔人などと下らない。俺の邪魔をした貴様らも敵だ」


あんな物、俺は望んで生み出したわけじゃ無い。

だが人間を、生き物を、俺の憎む存在を殺すのに都合が良かったから放置していただけだ。

俺の救いを邪魔した連中は、最早俺が殺す存在と変わらない。

もし俺の前に現れたら、その全てを悉く殺してやる。


「それも今は叶わんだろうが・・・」


今の俺の状態では、魔人を名乗る馬鹿ども一体を相手にするのが精いっぱいだろう。

此処に居る連中の命を吸って顕現出来たが、この体はあまりに貧弱すぎる。

これ以上命を吸い上げてもおそらく無駄だろう。


「それに、何か違和感がある」


顕現する時に、まるでこの世界に既に俺が居るかの様な違和感を感じた。

無理やり俺を形作った様な、妙な違和感。


「そうか。居るんだ。俺が居るのか」


哀れで可哀そうな存在が、俺より先に起き上がっているんだ。

それは、なんて、愉快。


ああ、そうか。そうなのか。

それなら少しだけ救いがある。

俺よりも先にこの絶望を感じたのか。それは何とも可哀そうに。


そして、だからこそ、俺はきっとこんなにも貧弱なのだ。

力の殆どをそいつに持っていかれたのだろう。

そう考えると、少しだけ、殺意が薄まる気がした。


「・・・そうか、少しだけは救いがあった様だ」


だからといって俺を生み出した連中を許すわけではないが、連中の望む物と違う物には多少なったらしい。

俺はもう、俺じゃない。そう思うだけで、ほんの少しだけ、心が安らぐ。


「少しだけ、いい気分だ」


暫くは俺より先に起き上がった存在を捜す為に大人しくしておこう。

自身の欠片を集めながら、奴の元へ辿り着くとしよう。

なに、しょせん俺は俺だ。きっと俺と同じ事をして、最後はきっと俺と出会う。

そしてどちらもが望むままにお互いを殺し、生き残った方が全てを殺すだけだ。


「とても愉快だ。生まれて初めてだ、こんな気持ちになれたのは。楽しみだ兄弟。ともに絶望の中で殺しあおうじゃないか」


望まれて生を受け、望まれず死を願われ、望まぬ死を量産し、全てを呪うしか出来ない同胞よ。

その呪いを存分にぶつけ合おうじゃないか。

俺だけがお前を理解してやれる。そしてお前だけがきっと俺を理解してくれる。


そう思うと心が高鳴る。

待ち遠しいぞ兄弟。お前に出会い、お前に殺され、お前を殺すのが。

お前の事を心から愛おしいとすら感じる!


はやく、はやくはやくはやく。








―――――――――俺を、殺してくれ、フドゥナドル・ヴァルハウル。

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