第541話タロウの知らない女同士の話ですか?

「ぐっすりだな。やっぱり見た目より消耗するみたいだ」

「だねぇ。全然起きそうにないね」


無防備な顔で眠るタロウの頭をシガルと二人で撫でるが、一切起きる気配が無い。

元々タロウは撫でていると寝る人間だが、今日は結構触り倒しているのにこれだ。

勿論危険が有れば起きるとは思うが、何かが起きない限り朝までこのままだろうな。


「タロウさんって考えてる事は表情に出やすいのに、こういう疲れとかに関しては何でもない風に振舞うから困りものだよね」

「事実何でもないと思っているんだろうよ。多分この疲れに関しては、こいつにとっては辛い事じゃないんだ」


ただちょっと頑張ったから疲れただけ。だから大した事じゃない。

おそらくこいつはそう思っているはずだ。

それがどれだけ体に負担をかけているのか、無茶な事をしているのか解っていながら。


あたしは浸透仙術は使えないから実際の辛さは解らない。

けど、それでも仙術がどういう物なのかぐらいは解ってる。

あれは命を燃やして戦う技だ。本来のその人間が持つ限界を超えさせて動かす技だ。

どれだけ技量を上げようが、他から力を取り込む事が出来ようが、体を限界以上に酷使している事には変わりない。


「あたしがこいつの体を心配して何かを言うのは、間違いなくお門違いだ。だから、頼むな」


遺跡の破壊は人々の生活を守りたいと想う者として、やらなくちゃいけないと思っている。

それはブルベだけの願いじゃない。あたしも同じ想いだ。

あたしはタロウが力を振るう事を願う側の人間だ。


だからタロウを心配する言葉をかけるのは、あたしで在っちゃいけない。

もっと純粋にこいつの事を心配している人間でなくちゃいけない。

だから頼んだ。こいつの事をただ心配する権利のあるシガルに。


「やだよ。言いたい事は自分で言いなよ」


けどシガルはいつもの笑みを消して、むしろ睨む様にあたしに言った。

解っている。シガルはそういう子だと知っている。

そんな事は関係なく、タロウを愛しているならそれで良いじゃないかという子だと。


「・・・頼むよ」


あたしは弱弱しい声で再度彼女に頼む。

そんな子だからこそあたしはタロウを任せたい。

まっすぐに。どこまでもまっすぐにタロウを愛しているこの子だから。

自分の有利な所を解っていながら、それを良しとしないシガルだから頼みたい。


「あたし、お姉ちゃんの事は尊敬してる。こういう関係になるずっとずっと前から。今の関係になった後は前よりもっと尊敬してる。だからその頼みは聞かない」

「・・・厳しいな、シガルは」


だがそれでもシガルはあたしの頼みを聞き入れないと答えた。

あたしのお情けなど要らないと、そしてあたしの逃げる姿など見たくないと彼女は言ったんだ。

シガルは、あたしにも自分にも厳しい答えを私に返した。どこまでもまっすぐな答えを。


「あたし知ってるもん。タロウさんがお姉ちゃんをどれだけ好きか。だからそんな事で優位に立とうなんて思わない。そんな事であたしの尊敬する英雄は追い抜けない」

「あたしだって知ってるよ。こいつがどれだけシガルを頼りにしてるか。だから任せたいんだけどな。うらやましいって気持ちを誤魔化したわけじゃ無いんだぜ?」


惚れた男の頭を撫でながら、お互いがお互いへの想いを告げる。

最初の頃とはまるで違うあたし達の想いを。

いつの間にか逆転していたとさえ思える立場への気持ちを。


「あたしはお姉ちゃんの事も好き。だから、やっぱりその頼みは聞けない」


けど、シガルは首を縦には振ってくれなかった。

タロウの事を想うなら、その矛盾を抱えて支えろと言われた。

罪悪感も責務もどちらも背負って傍に在れと。在って良いのだと許可をくれた。


「・・・そっか、それは残念だ。残念だけど、ありがとうな」


シガルの返事はとても厳しくて、タロウの性格を解ったこの上なく優しい言葉だ。

タロウはこんな事気にしない。あたしが心配すれば、ただそれだけを素直に受け取って喜ぶ。

あたし達はこいつがそういう男だと知っている。

だからこそあたしはシガルに有るべき権利を使わせたいが、シガルはそれを許さない。


「ちょっと夜風にあたってくる。少し頭冷やしてくるよ」

「うん、いってらっしゃい」


シガルに外に出てくると告げると、いつもの笑顔に彼女は戻る。

その笑顔を見て嬉しさと悔しさが両方ある自分を自覚しながら、溜め息を吐いてテントを出る。


タロウに想いを告げる前からそうだが、あたしは本当に情けないな。

やっぱり色恋には向いていない。向いていないけど、それでもタロウから離れたくはない。

本当に、情けない。


「・・・居ないな」


外に出てテントを見渡し、ビャビャさんがテント内に居ない事に気が付く。

どこに行ったのかと探知を広げると、アロネスが毒草を見つけたと言っていた川の上流に居た。

何をやってんのかね。


気配を殺している様子はないから特に怪しむ要素も無い。

けど少し気になるな。行ってみるか。

そう決めて、すぐに彼女の傍まで転移する。彼女は私が来た事にすぐ気が付いた。

彼女自身は草むらの中でしゃがんで何かを調べる様な動きをしていた。


「何をなされているのですか?」

「勉、強」


彼女の行動の意味を問うと、シンプルな返事が返ってきた。

その手にはアロネスに借りたのであろう、あいつの所持品の本やサンプルなどが有った。

成程、勉強か。その勤勉さは流石としか言い様がない。


「こんなに暗くては解り難いでしょう」


彼女の傍まで寄って、腕輪から明かりを取り出す。

そして彼女の手元の傍に置き、自身は邪魔にならない様に少し離れた所の岩に腰掛ける。

夜目が利くのかもしれないが、明かりが有った方が見やすいだろう。


「あり、がとう」

「どういたしまして」


彼女がこの時間に調べているのは、おそらく遺跡を壊し終わった後だからだろう。

アロネスを監視する理由がなくなったから、彼女はここでこうやって勉強をしている。

ウムルから人員がくればあたし達はここを出発する。それは早ければ明日にも来るだろう。


だからこんな暗い夜中に調べている。学んでいる。

今が一番、彼女が自由に動ける時間だから。


「貴女は素敵な方ですね。少なくとも私が出会った中では、比べる相手が居ない程にとても先の未来を見ている人だ」

「そ、んな事、無い。貴女も、彼も、現代の、誰、も見て、いない未来、を、見て、いる」


あたしの言葉に、普段無口な彼女にしては長い答えを返した。

だが答えに疑問を感じる。


「彼?」


あたしが未来を見ていると言われるのはありがたいが、彼とは誰の事だろうか。

タロウの事かもしれない。あいつはこの世界にない進んだ技術を知っている。


「アロネス、さん。彼の、知識、は、きっと、先の、未来、で、とても、役に、立つ。彼の、知識、は、絶対に、残さ、ないと、いけない、物」


だが予想に反して、彼女はアロネスの名を口にした。

確かにあいつの技術や知識は凄まじいが、未来を見ていると言われると違和感を覚える。


「彼、が、見ている、物、は、貴女、と、同じ。ただ、やり方、が、違う、だけ」

「やり方が違うだけ、ですか」


彼女はいったいどこまであたし達を見ているのだろうか。

そしてどこまであたしの作った物の想いを見ているのだろうか。

そこに疑問を持つと同時に、目の前の人物に対し鳥肌が立つのを感じた

目の前の女性の、今まで見えていなかったものが垣間見えた事に寒気を感じる。


「どうやら私は貴女の事を見誤っていた様です。まさか気が付かれているとは思いませんでした。私の想いを、本当の想いを知っているのは一部の者達だけです」

「あり、がとう。けど、きっと、他に、気が付いて、いる、人は、居る、はず。気を、付けて」

「ええ、ご忠告感謝します。そして貴女が味方である事を心から安堵しています」


彼女が理解しているという事は、ギーナもそれを知っている可能性が高い。

けど流石にあたしが何処までたどり着いているかは知らないだろう。

流石にそれが知られる程適当な事はしていない。


「・・・味方、じゃ、きっと、ない」


だが彼女は味方である事を否定し、立ち上がってこちらを見つめた。

目が何処に在るのか良く解らないが、顔はしっかりと此方を向いている。


「どういう、意味でしょうか」

「私、は、あくま、で、ギーナ、様の、味方、だから」

「成程、確かに味方と思うには軽率ですね」


彼女が忠誠を誓っているのはあくまでギーナ。

ギーナがもし敵対すれば、彼女もそれに追従する。

そしてそれはあたし達も同じ事。ブルベが戦うと決めれば、あたし達は戦う。


「ですが、それでも私は貴女を味方と思っていたいと、そう願います」

「そ、う。正直、に、言う、と、私、も、そう、願い、たい」


もしかしたら敵になるかもしれない。可能性は低いが確かにそれはあり得るのだろう。

けど、だとしても、あたしは彼女を敵にしたくはない。

単純に利害だけの話じゃない。彼女程の人間を敵として見たくない。


だから、そろそろ、はっきりさせておこう。


「ビャビャさん。いや、ビャビャ、あんたに聞きてぇ事が有る」


ステル卿を止めて、ただのイナイとして、彼女に問いたい事が有る。

その為にあえて、あたし自身の口調で彼女に声をかけた。


「な、に」

「あんた、タロウをどう思ってる」


単刀直入に、タロウの事を問う。

彼女がタロウに何かしらの感情を持っているのは流石に感じている。

仕事以外の一切の他意が無いとは思えない。

だが、それが恋なのか感謝なのか尊敬なのかは判らない。


ここでもし誤魔化すならそれまでだ。

けど、出来るなら誤魔化して欲しくない。あたしはこの人を尊敬できる人間だと思っている。

だから頼む。誤魔化さねぇでくれ。


「・・・ご、めん。私、も、良く、わから、ない、んだ。自分、でも、本当、に」


少しの沈黙の後に彼女はそう答えた。

彼女が申し訳なさそうな声で返してきたその言葉は、けして誤魔化しでは無い。

本当に自分自身も困惑していると、そう解るものだった。


「ご、めん、なさい」

「・・・いや、構わねぇ。あたしも、少し、解る」


あたしもタロウに対する想いは最初は良く解らなかった。

好意を持っている気もするが、それはただ褒められた事が嬉しかっただけな気もした。

アイツの事が心配で、気にかけている気持も間違いなくあった。

世話のかかる小僧を気にしているっていう感覚なのかもしれないと悩んだ。


おそらく彼女は、あの時のあたしと同じなんだろう。

その気持ちが男性に向ける好意なのかどうなのか自体が解らないんだ。

きっと彼女は確かめているんだろう。自分の想いが何なのか。


「・・・まだ、暫くはここに居られるつもりですか?」

「う、ん」

「そうですか、では、私は戻りますね」

「明、かり」

「明日で良いですよ。お使いください」

「・・・解、った。あり、がとう」


彼女の礼を最後に、あたしは転移を使わずにその場を離れる。

歩いて、ゆっくりと、テントに向かって歩を進める。


「女たらしめ。あたしらがこんなに悩んでんのも知らねえんだろうな、あいつは」


惚れた男に文句を言いながら、暗い山道を歩く。

本気で文句を言ってるつもりはない。そんなつもりならとうに愛想が尽きている。

全く難儀だな、あたしは。面倒くさい女だ。


やっぱりシガルこそがタロウには相応しいのだろう。

どこまでもアイツしか見ていない。まっすぐな女が。


「本当に、惚れた弱みってのは厄介だな」


アイツはそんな事は何も考えない。本当に何も。

立場とか、状況とか、あたしらの有利不利とか、そんなの一切関係ない。

ただあたしらを見て、単純にあたしらを愛してくれる。傍に居てくれる。

優しさを無条件に向けてくれる。


ただ、あたしがその優しさを向けられたのは運が良かっただけだ。

それを理解しているから、あれ以上彼女に何も言えなくなった。

今の迷っている彼女では状況はどうとも転がらない。

シガルに近しいまっすぐさが無ければ、タロウの心はきっと動かない。


「アイツが弱って、疲れて、もう摩耗しきっていたからこそ、あいつはあたしを受け入れた。だからだろうな、未だに負い目を感じるのは」


アイツは確かにあたしを愛してくれている。そこに疑いはない。

けどそれは、あいつが一番依存できて寄りかかれる相手があたしだったからだ。

心が摩耗していたアイツの隙間に入り込んだ存在があたしだったからだ。

だからこそ、その上でアイツの傍に居るシガルを尊敬してるし、シガルこそが相応しいと思う。


「・・・んな事思っててもどうせ離れねぇくせに」


自分の思考に自分で悪態を吐く。

うじうじ悩んで自分は相応しくないなんて思っていても、どうせ離れられない。

どうしようもない事をいつまでも悩む情けない自分が本当に嫌になる。


頭を冷やすつもりが、さらにこじれちまった。

もう少しゆっくり歩いてから帰ろう。こんなんじゃシガルの顔が見れねぇ・・・。

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