第537話報告と警戒ですか?
「報告はこれで全部だ。何か聞きたい事はあるか?」
「聞きたい事だらけだね」
俺の報告を聞いて、深くため息を吐いているのが腕輪から聞こえる。
頭を抱えながら話しているのが目の前に浮かぶ様だ。
優しいアイツの事だ。
俺のやった事を解ってはいても感情が納得しない。
為政者としての判断は正しいと言っているが、個人的には俺を咎めたい。
そういう風に思っているだろう。
「私はアロネスの事は信用している。他の者程君が自由奔放な人間だとは思って無い。だから君の判断に葛藤があった事ぐらいは解っているつもりだ」
とはいえあいつはそれをはっきりと言ったりはしない。
特に今回の様に、あいつの立場にとっては良い方に物事が動いた場合は。
俺が誰の為に、何の為にやったのかを理解している以上、俺を頭ごなしに咎めてこない。
「言いたい事有るならはっきり言った方が気が楽だぜ?」
「君が言うのか君が。まったく、本当に昔から変わらないね、そういう所は」
「はっ、そうそう人間変われるもんかよ」
特に俺達はどいつもこいつも癖の強いままだ。
俺達の中で一番変わったのはお前だろうな。
泣き虫ブルベがこうなるなんて、あの時は誰も想像しなかっただろう。
妹のセルエスにすら投げ飛ばされて泣いてた奴だったからな。
「何を思い出して笑っているのかな、アロネス」
「お前、その心の読み方はちょっと怖いぞ」
俺の笑い声を聞いて不満そうな声で言うブルベに、若干引きながら返す。
顔色や動作からとかじゃなく、笑い方で判断するとかやめろよ。
流石にホントに怖いから。
「こういう事に長けているからこそ、私は君達の中心でいられるわけだからね」
「ま、確かにな。イナイの奴は別の意味で中心だが、あいつじゃ俺達を纏めらんねぇ。お前がいなきゃ、どいつもこいつも好き勝手にやってるこったろうよ」
俺達に最適な場所を与え、最適な仕事を与え、一番力を発揮出来る状態にする。
言うだけなら簡単だが、実際にこんな癖の強い連中制御しようなんて普通は思わない。
特に俺なんて、客観的に見れば爆薬抱えてるのと大差ない。
友人だから。親友だから。ただそれだけで俺を使おうなんて思えない筈だ。
たとえ友人でも限度ってもんがある。
そして俺の行動は、その限度を超えている事を何度もやった。良く友人でいられるもんだ。
「まあ、今回は私から咎める様な事は言わないでおくよ」
「良いのか?」
「もう既にさんざん言われた後だろう?」
「まぁな」
イナイにキッツいの一発貰った上に怒鳴られたからな。
そういえばアイツに本気で怒鳴り返したのなんていつ以来だったか。
「どうせ君の事だ。自身の主義を曲げてまでやった事で罪悪感なんて感じるぐらいなら、はなからやらねぇ方がましだ。なんて事も考えての事だろう?」
「だから止めろよ、そういう人の心情ぴったり当てんの」
「あはは、君も姉さんも本当に頑固だよね、そういう所」
うるせえな。俺はあいつ程じゃねえよ。
決めたらどれだけ後悔してもやり続けるイナイと一緒にすんな。
大体頑固さで言えばミルカの方がよっぽどだ。
あいつは武術以外の事に興味がないせいでそういう風に見えないだけだろ。
「やった事に後悔してるなんて、やられた側にとっちゃ最悪な話だろ」
「そうだね。よく解るよ、その気持ちは」
俺の言葉に、静かに応えるブルベ。
その重さは俺の比じゃない。
こいつの判断で様々な事が大きく動く。
俺達の言葉もそれなりに世間に影響を与えるが、こいつの一言はそんな次元じゃない。
些細な一言が大きな歪みを生む事も有る。
後悔なんて数え切れない程しているはずだ。
そんなこいつが信用してくれるから、俺はウムルで生活出来ている。
そこの感謝は忘れた事はない。
ブルベがいなけりゃ、ゆっくり腰を落ち着けた生活なんてまず無理だっただろう。
今頃世界の色んな所を転々としてんじゃねえかな。
こいつへの恩は、本来一生かけて傍に仕えて人生を捧げるぐらいしてもおかしくない物だ。
だから、俺一人が泥かぶって、悪者になって、馬鹿野郎やるのに何の苦もない。
誰か一人ぐらい、そういう事が出来る奴がいた方が良い。
そう思ってんのもこいつにはバレてんだろうな。ったく、忌々しい。
「君もいい加減普段の行動改めなよ。もういい年なんだし、皆だって解ってくれるって」
「はっ、そんな事したら俺を切り捨てらんねぇだろうが。こういう事は積み重ねが有るからいざという時に効くんだぜ?」
「そういう事言うと、まーた姉さんに怒られるよ?」
「上等。俺はこの生き方だけは、謝る事はあっても変える気はねーよ」
今回の事でイナイがキレるのは想定内だった。
あいつが子供狙って毒盛った事に気が付かないわきゃねえし、それに怒らないわけがない。
そしてそんなイナイを見せて、俺の単独だとあの女に見せるつもりだった。
イナイが信用できる相手だと。俺が一切の信用が出来ない相手だと。
ギーナは俺の事を一切信用してないからな。
俺が馬鹿やったところで、ウムル自体に問題ありとは思わねぇ。
それに今回の事はリガラットにも利がある。悪くなるのは元々無い俺の信用だけだ。
だが、想定外の事があった。
「・・・ブルベ、あの女、ビャビャってやつの話は誰からか聞いてるか?」
「ああ、聞いているよ。良い人らしいね。イナイ姉さんもベタ褒めしていたし」
「そうだな、確かにその評価は間違って無い」
良い人か。そうだなアイツは良い人間だ。
間違いなく、人間としては素晴らしいと言える類の人間だ。
「ブルベ、あいつには気をつけろ」
「何か、問題を見つけたのかい?」
「問題・・・っちゃ問題か。どう転ぶかは解んねぇがな」
「詳しく話してくれ」
俺の言葉に、ブルベは王の声音で問うてきた。
ただの世間話ではなくなった事をすぐに理解した。
「簡単に言うと、あの女はイナイだ。薄々感じていたが、リガラットの中心はあいつだ」
「・・・確かにそれは、気を付ける必要があるね。でも今までの報告からは、どれからもそんな気配は感じなかったんだけどな」
「イナイとは種類が違うから解り難いんだよ。あの女は後々に響いてくる奴だ。あいつはギーナよりやばいぞ。お前なら実際に会って話せば解る」
「解った。君がそこまで言うならそうなんだろう。こちらでも気を付けておく」
「ああ、そうしてくれ」
俺はブルベの返事を聞いて、今後の事を少し相談して通話を切った。
空を仰ぎながら深く息を吐き、あの女、ビャビャの事を考える。
あの女は苦手だ。種類的には一番苦手な類の人間だ。
―――油断が出来ない人間だ。
ギーナの奴、あの女を俺につけたのは消去法じゃねえな。あれはただの口実だ。
ビャビャこそが監視として一番使えると思っての判断だ。
「タロウに何の目的で近づいてんのかはっきりして欲しいもんだな。あいつに惚れてるなら好都合なんだが・・・」
リガラットで一番敵に回しちゃいけない人間をこちら側に取り込めるなら、それが一番だ。
なんだけど、あの女はいまいち感情が解らないせいで判断できねぇ。
もう少し顔色解るなら楽なんだがな・・・
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