第535話アロネスさんの覚悟と信念です!

「やっと一段落ついたな」


遅めの夕食を食べながら、アロネスさんはため息交じりに言った。

実際やっと落ち着けた状態だ。彼はついさっきまで重病人の処置をしていた。

まあ、病人って言っても病気とは少し違うけど。


「ですねぇ。あの毒草飲み込んだ時はどうしようかと思いましたよ」

「あれには実は俺も焦った。一口じゃなく丸ごと行くとは。おかげで一日張り付いて無きゃいけなくなった。ったく、めんどくせえ」

「でも食べてすぐに魔術で直しておけば、あんな事にならなかったんじゃないですか?」

「俺を信じずに食ったのを症状出る前に治したら、連中信用しねえだろうが。それに毒だつってんのに口にしたんだ。ああいう事は覚悟がないとやっちゃいけねえって学習して貰わねぇと」


毒草の存在を教える為に集落の人達を連れて川の上流に向かった際、硬鱗族の人があれを食べてしまった。

人族と体のつくりが違うせいか教えられた時間より症状の出が遅かったけど、アロネスさんが毒草を食べた人にずっと張り付いていたから何とか助かった。

少し遅れていたらそのまま心臓も止まって亡くなっていただろう。


「大体な、セルエスとかグルドは規格外の魔術が使えるから良いし、お前は仙術が使えるから良いんだろうけど、普通は魔術で毒治すってあんまり良くねえんだからな」

「・・・え、今更知ったんですけどそんな話」

「だってお前がやる分には問題ねえもん」

「どういう事ですか?」


マジで今更聞いたぞそんな話。

樹海で鍛えていた頃に頼まれて治したお母さん大丈夫かな。

・・・ウムルに戻って少し時間貰えたら様子見に行ってみようかな。


「俺は使えねぇからミルカから聞いた話になるが、仙術使えると体の状態把握出来るんだろ。治癒系をかける際も無意識に相手の気功を保つようにかけるから、病気系でも対応出来るらしい」

「でも俺、あの頃は普通の仙術しか使えませんよ?」

「その辺は俺には解んねぇな。詳しくはミルカに聞いてくれ。それに俺は薬師だ。魔術で無理やり治すってあんま好きじゃねえんだよ。気が付かないうちに別の症状増やしたりもすっからな。腕輪の解毒機能だって本当は付けたくなかったんだぜ」


そういえばこの腕輪って二人の合作だっけか。

技工具って事でイナイのイメージが強いけど、イナイも一緒に作ったって言ってたもんな。


「世間の認識も魔術で治せるっていうのが一般的だが、俺は好きになれねぇ。それにそんなやり方じゃ治せる魔術師が居なくなった時どうすんだよ。いつでもどこにでも治せる奴が傍に居るわけじゃねーんだぞ」


心底気に食わなそうな声音で言うアロネスさん。

アロネスさんが自分を薬師って言い張るのは、その辺りの拘りもあるのかな。


「ガキ共も安定したし後は向こうさんがどう出るかだが、どっち道どうしようもねえだろうな。言い訳の道は作ってやったんだ。あとは素直に従ってくれねえと本当に全滅だ」


この集落に居る人達は魔術はあまり使えないらしい。

となれば魔術で解毒っていう方法も取れない。

なら後は薬に頼るしかないけど、その薬にも副作用がある。

出来るなら毒素が消えるまでこの土地から離れて体を戻す方が良い。


「帰ったぞ」

「あ、お帰りイナイ」

「おう、おつかれー」


イナイが転移で戻ってきた。

帰って来たって事は、ギーナさんとの話はついた感じなのかな。

何話しに行ったのかはよく解って無いけど。


「シガル達は?」

「もう寝てる」


シガルはクロトがうつらうつらしてたので一緒にテントで寝ている。

今頃ハクと挟まれてサンドイッチになっている筈だ。

因みにビャビャさんは一切喋って無いけど俺の隣にいます。

相変わらず俺の手を握っています。この感触ちょっと癖になりそうで怖い。


だた少し気になるのは彼女に落ち着きがない事だろうか。

今回の騒動が起きて子供たちの処置をし終わった辺りから様子がおかしい。

以前見た、怒ってる時の様な動きに近い動きをしている。

・・・もしかして本当に何か怒ってるのかな。俺何かしたっけ。


「そうか、じゃあ起こさないように気をつけないとな」

「へ?」


イナイは静かに言うと、防音の結界を張った。

いや、違う、これただの防音結界じゃない。

中に人を閉じ込めるタイプの完全な物理結界だ。


「げぶっ・・・!」


イナイの行動に驚いていると、すさまじい衝撃音が結界の中で響く。

それは、アロネスさんがイナイにぶん殴られて吹き飛んでいく音だった。

彼は結界の端にぶち当たって、そのまま落下して地面に叩きつけられる。

俺はその光景を、一歩も動かずに見ているしか出来なかった。


「アロネス・・・てめぇ、あたしに説明した時なんつったぁ!」


そして先の衝撃音に負けない声量で叫ぶイナイ。

その腕には彼女の一番の外装と呼んでいた魔導技工外装が付いている。

アロネスさんはあの外装でぶん殴られた。


イナイの迫力が今まで見てきた中で一番だ。怖くて呼吸すら上手く出来ない。

体が自然に震えて来る。やべえ、力の強さとは別の部分で怖い。

止めようとか何か言おうと思ってるはずなのに、全く体が動かない。


「――――」


声が出ない。今の彼女を止めるのが怖くて擦れた息しか出ない。

膝も笑ってる。これ普通に彼女の強さ自体にも体が怖がってるわ。

どうしよう、彼女が本気で怖いです。


「げほっ、げほっ・・・俺は、嘘は、ついてねぇぞ・・・」


良かった、あの一撃食らっても生きてる。

いや、流石にどれだけキレていても殺すような一撃は打たないか。

でも思いっきり血を吐いてるし、ろくな加減はしてない。

そもそもあの外装で殴ってる時点でかなりえげつない威力のはずだ。


「ざけんな! あの状況でガキが倒れて、てめぇが何の関係もねえ訳ねぇだろうが!」


イナイは完全に頭に血が上っている。

普段よりいっそう荒く、完全に怒りだけで叫んでいる。

そんなイナイに一切恐怖する様子なく、アロネスさんは口の中の血をペット吐いて立ち上がる。

そしていつもの余裕の表情で口を開いた。


「・・・だったらどうした」

「あぁ!? 開き直ってんじゃねえぞ!」

「そっちこそふざけんじゃねえぞ。じゃあこのまんま放置しとけってのか。どっち道危険はあるし、このままじゃ連中全員死ぬぞ」

「だがやりようってもんがあんだろうが!」

「じゃあどうやれば良かったのか言ってみろ。素直に集落の人間全員が大人しくこの土地から去ると思ってんのか。絶対に残るやつが出て来る。どっちにしろあのままじゃ死ぬんだよ」


あれ、これいつもと雰囲気が違う。

いつもならイナイが怒ってアロネスさんが折れるのがパターンだ。

けど今のアロネスさんは明かにイナイを睨んでいる。


「調べた結果は教えたろう。じゃあこのまま放置したらどうなるかぐれぇ知識のねぇてめぇでも解ってんだろうが!」

「それとこれとは別の話だ!」

「別じゃねえよ! このまま放置してたら真っ先に死ぬのはガキだ! 連中にそれを解らせる為にはしょうがねぇだろうが!」


お互い譲らずに怒鳴りあいを始める。

それは今まで見た事のない、二人の本気の喧嘩だった。

というか、待って。今の会話ってもしかして、倒れた子供達ってまさか。


「まっ、て」


そこでビャビャさんが俺から手を放して立ち上がった。

そのままアロネスさんとイナイの間に入っていく。


「今、の、本当?」

「・・・ああ事実だ。お前らに伝えた事に一切の嘘はない。けど言ってないだけでイナイの予想は正しい。そして俺はそれを間違ったとは思っちゃいねぇ」

「そ、う。貴方、は、貴方の、正しい、を、した、だけだと」

「ああ、謝る気も間違ったと言う気もねぇ。そんなつもりならこいつが本気で切れる様な事、はなからやらねぇ」


アロネスさんは毅然とした態度でビャビャさんに応えた。

彼の表情にも一切の揺らぎはない。

そんな彼の言葉に、態度に、彼女はその体を先程よりいっそう蠢かせ始めた。


「言いたい事も、考えてる事も、解る。結果論は、貴方が正しい」


普段より幾分か滑らかな喋り方でビャビャさんは語る。

その間も触手は凄い勢いで動いている。

怒りの時になるという動き方をさせながら、アロネスさんに顔を向けている。


「でも、それが解った上で、腹が立つ。それぐらい、解ってる?」

「解ってんよ。けど解った上で俺は折れねぇ。世の中綺麗事だけで回らねぇんだよ。人の生き死にがかかってるなら尚更だ」

「そう、なら、私が貴方に、何をしたいのかも、覚悟の上?」

「じゃなきゃイナイの一撃受けるわけねぇだろ。あんなもんその気にならいくらでも対処しようがあるっつの。ギーナ怖がってるからって、あんま舐めんなよ」

「そう、じゃあ、覚悟して」


ビャビャさんは静かにそう言うと、アロネスさんに近づいて行く。

俺はそれを複雑な気持ちで見ていた。

彼に賛同も反対もしきれない、何ともいえない気分で、見ているしかなかった。

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