第534話集落での決定ですか?
あれから集落は暫く慌ただしかったが、騒ぎ自体はすぐに収まった
症状が出た子供が少なかった事、症状が出た子供が良く川で遊んでいる者達だった事があの男の言葉に信憑性を与えた。
故に男の言葉に皆が従うしかなかった。
たとえ、皆の中に、疑いの気持ちがあっても。
そして私はあの男に言った通り、今後の対処の為に人を集めた。
このままここに留まるのか。ギーナの言葉に従うのか。
たとえ族長といえど、私一人の独断では決められないし行動に移せない。
「族長、本当にあの男の言葉を信じるので?」
今後の相談をする為に集めた者のうち、若い者の一人がそう言った。
そんな事は言われずとも自身が一番思っている。
子供達を助ける為に即座に頭を下げたが、内心は疑いの心で埋まっていた。
だがその疑いを、あの男は全て切り伏せてしまった。
「・・・信じるしか選択肢はあるまい。あそこまでやられてはな」
「だが、いくら何でも怪しいと思いませんか」
「それも解っている。疑うなという方が無理な話だ。だから確認したのだろう」
いくら何でも都合が良すぎる。
あの男が来て、山に調査に入った翌日にこの惨状だ。
毒を意図的に流された。その思考には当然行きついていた。
だがあの男がギーナの使いで来ており、ウムルの者である以上、証拠も無く下手な事は言えん。
それに子供達が助かる前にあの男を弾劾でもして、子供達が死ねば後悔してもしきれん。
だからまずは子供を助けてから。全てはそれから。
そう考え、状況が落ち着いてから、あくまで疑問を訊ねるという体で確認を取っていった。
「お前達も聞いただろう。助かった子供達の言葉を」
症状が治まり、喋れるようになった子供達全員から確認した。
昨日から今日までの間に川に行ったかどうかを。
当たり前だ。確認しない筈が無い。
だが今回倒れた子供達は全員こう言った。
『昨日から川に近づいていない』
そして彼ら以外の子供にも、大人にも全員確認を取った。
すると昨日、そして早朝に川に近づいていた子供達や大人達が居た。
だがその者達からは症状らしい物が出ていない。
つまり昨日のうちにあの男が毒を川に流したという話なら、子供達が倒れるわけがない。
あの男は、表に出てくる時は一気に出て来るが、出ない時は普段通りなのだと言っていた。
今回は体質的に許容量の低い子供が、今までの蓄積した分で一気に症状が出たのだろうと。
植物がある場所は川のかなりの上流にあり、詳しくは調べなければわからないが、下流にくる過程で毒素が薄まっているらしいと言っていた。
だから少しずつ、少しずつ蓄積していたのだと。
勿論その言葉を怪しむ者はいた。自分だって怪しんだ。
当然だ。川が原因と言いながら、倒れた者は川に近づいていなかったのだから。
あの男もそれは理解していたんだろう。疑う我らにきっちりと証拠を見せてきた。
「お前達も見ただろう。川の上流に、しっかりと根の張ったあの植物が在った事を」
「で、ですがそれは」
「それに若い者が男の言葉を信じず、あれを口にして死にかけたのも見ただろう」
「た、確かに、見ました、けど」
あの植物は確かに上流に存在した。そのうえ完全に根を張っていた。
植え替えた様子どころか、人の手が入っている様子もなかった。
あれは完全に自生していた。
その上その自生している物を食べた者が倒れれば咎めようもない。
食べてすぐは何の症状も無かったし、しばらくは普段通りだった。
だが日が落ちた頃にいきなり痙攣を始め、そして動かなくなった。
あの男が傍に付いていなければおそらく死んでいただろう。
たとえ腹の中でどこまで疑いの気持ちが有ろうと、あの男を否定できる証拠がない。
むしろ状況だけを見れば、たまたま集落にあの男が来てくれたから子供が助かった。
そうとしか取れない状況だ。
尚且つ疑ってかかった若い者の命も助けて貰った。最早何も言えん。
これであの男を咎めるならば、ただの恥知らずだ。
例えあの男にとって、そして我らにとってあまりに都合の良すぎる事だとしても、これ以上疑いの声を上げるわけにはいかないし、上げられるわけがない。
「私は族長として、この地を一度離れる事を提案したい」
「ぞ、族長! 奴らの言いなりになれというのですか!」
「そうではない。いずれこの地には戻ってくる。だが今は、今は意地を張れるような状況では無いのだ」
私とて、この選択は苦渋の選択だ。
住み慣れた土地を離れ、小娘の言葉に従い、ウムルの者に縋るしかないこの状況は。
誰が好き好んでそんな選択をするものか。
「だが、だがだ。子供達を見ただろう。苦しむ子供達を。あれを見てそれでもお前達は意地を張れるのか? もしこの地に無理にでも留まるという選択をするならば、また子供達があのような目にあうのかもしれんのだぞ?」
あの男やウムルを、ギーナやリガラットを疑う証拠があるならまだいい。
だが今回の件は、我々には最早何も言えんのだ。
疑う余地が、我々には無いのだ。
「例えこの事が奴らの企みの上であったとしよう。だがそうだとして我々に何の対処が出来る。疑う証拠はない。なればギーナも動かんし、周辺の者達も我らに賛同はせんだろう。そしてこの事が真実だった場合は尚の事、我々に残っているのは全滅だ」
水無しで生活など人間には出来やしない。
そして我々によその土地から水を分けて貰うような流通など無い。
ギーナが手をかさんと言うならば尚の事だ。
どれだけ我々の体に毒がたまっているのかは判らない。
だがここを離れねば、いつか近い未来に、あの子供達と同じ症状が出るのだろう。
その事を否応なく理解させられた。
私だけではなく、集落の者全員が。
「決めねばならんのだ。子供達の為にも」
私の絞り出す様な言葉に、皆は辛そうな顔で俯くだけだった。
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