第533話危険の警告です!
「朝早くから、一体何用だ」
目を細めながらアロネスさんに問う族長さん。
俺もなんで族長宅にきているのかの理由は聞いていない。
俺が起きるよりも早くに、イナイとビャビャさんとアロネスさんの三人で話していたそうだ。
じゃあなんで俺は居るのかという話だが、アロネスさんとビャビャさんに引きずられたからだ。
イナイ先生は助け舟をくれませんでした。
しょうがないので俺はアロネスさんの後ろでじっと地蔵になっています。
何にも事情を聞いていないんだから何もしようがない。口の出し様がないもん。
「これを見て頂きたく、今日はお訪ねさせて頂きました」
アロネスさんは族長さんの言葉に応え、懐から包みを取り出してテーブルに置いた。
族長さんも俺も何なのかとじっと見ていると、アロネスさんはゆっくりと包みを開いて行く。
そして中から出てきた物は植物だった。
あれ、この植物見覚えが有る様な・・・。
「これを見せたかったのか? 一体何なんだこれは」
族長さんがそれに手を伸ばそうと動いた瞬間、その植物が何なのかに気が付いた。
「触っては―――」
「それに触っちゃ駄目です!」
彼の行動を止めようと思わず叫んでしまう。
けどそれより前にアロネスさんが止めようとしていた。しまったやってしまった。
族長さんは驚いて目を見開きながらこちらを見ている。どうしようこの状況。
「あ、えっと、その、すみません」
「・・・いや、構わない。そこのウムルの者も止めようとしていた様だし、触ってはいけない物なのだろう? 案ずるな、子供が少々声を大きくしたところで咎めん」
やったー、許されたー。でも許された理由が悲しいー。
まあいいや、許されたんだから黙ってよ。
この際俺の名誉なんて知ったこっちゃねえや。
「さて、説明を願おうか、ウムルの者よ」
「はい、勿論。その為に参りましたので」
族長さんの言葉に至極真面目に応えるアロネスさん。
あんな物を持ってきて一体何の話なんだろうか。
「まず確認をしておきたいのですが、こちらの植物に見覚えはありますか?」
「いや、見た事はない」
「という事は、この植物がどういう物なのかもお知りにならないという事で宜しいですね?」
「ああ、知らんな」
それはそうだろう。でなきゃあんなに無防備に触れようとするわけがない。
族長さんはあの植物を見せた瞬間、無警戒に手を出した。
つまりそれはあの植物の特性を知らないっていう事だ。
知っているなら素手で触ろうなんて思わない。
だって、あの植物は毒草なんだから。
それも結構やば目のやつだ。
摂取量次第で死に至るし、何よりヤバイ性能を持っている。
「では説明をさせて頂くと、この植物は毒草になります」
「成程、それで後ろの少年は焦ったわけか」
「はい。彼は私の弟子でもありますので。見て気が付いたのでしょう」
「少し見ただけで判断出来るとは、中々に優秀な弟子の様だ」
いえ、貴方が動くちょっと前まで頭フル回転させて思い出した感じですけどね。
申し訳ないですけど、俺の脳はアロネスさんみたいに天才仕様じゃないんで。
「それで、この毒草がどうした」
「触るのを止めた事から解って頂けると思いますが、この毒草は触れるだけでその毒素が移る物です。触った程度で死ぬ程では無いですが、洗い流さずにいるといずれ体内に入るでしょう」
軽く聞こえるがこれがなかなかヤバイ。
井戸にポンと投げ込むだけで、その井戸を使っている人間がその日のうちに全滅しかねない。
それぐらい毒が溶け込むのが早い。
しかも若干遅効性なのがたち悪い。気が付くのが遅れる。
「ふむ、摂取したらどうなるんだ?」
「軽い症状の時はちょっとした身体の不調ですむでしょう。酷くなってくれば体がマヒし、最悪動けずに死に至る。端的に言えば身体機能の低下による死亡ですね」
「そうか。で、これを持ってきた意味は何だ」
族長さんが、回りくどい事をせずに早く話せって言ってる様に聞こえる。
「担当直入に言いますと、近隣でこの植物を見かけました。どれだけ生えているのか、どこに生えているのかは流石に一人で調べ切れておりませんが」
「近隣、か。成程、助かった。集落の者にこれに触れぬように教えておこう。この礼は何かで返させて貰う」
ああ、成程。この為に来たのね。
これは教えておかないとかなりやばいもんね。
でももう一つの特性は教えないんだろうか。言っとかないと不味いと思うんだけど。
「それが、そうもいきません。ここからが本題になります」
「・・・言ってみろ」
アロネスさんの言葉に、族長さんは少し溜めてから言葉を促した。
「この植物の毒素は水に溶けやすいんです。そして私はこれを川の上流から見つけました」
「―――!」
アロネスさんの言葉に族長さんは目をクワッと見開いた。
目力ある表情でちょっと怖い。
「流石、お解りで」
「・・・この身は族長という立場である以上、ある程度頭を固くなければならん。だがそこまで愚鈍ではないつもりだ。それぐらいは、解るつもりだ」
「では話が早い。これに対する対処を一緒にお考え頂きたい」
「全て処分する事は出来ないのか」
「申し訳ありませんが、この身一つでは何処まで生えているかの確認すらおぼつきません。安全確認をするならば早急に本国から人員を呼びますが」
「いや、だが、それはしかし・・・」
「この毒は先程伝えた通りの効果です。そしてそれは子供である方が症状が出やすい。この植物がいつから生えていたのかは解りませんが、時期次第では手遅れになる。それどころかこの一帯の川傍では貴方達は生活出来なくなり、本当に全滅します」
「ぐっ・・・!」
族長さんはアロネスさんの言葉に唸り、植物を凝視している。
えっと、今の話から察するに、近隣の川の上流にあの毒草が生えてたって事かな。
それって大分不味くないか。
川に流れ込んでるって事は、周辺の地面にも流れ込んでいる。
井戸から水を汲んでいるのだとしても影響はあるし、川の水を使っているなら尚の事不味い。
「無論水が無ければ人は生きていけません。である以上、皆さんには一度この地を離れて頂く必要があります。調査がいつまでかかり、いつ危険が去るかは解りません」
「だ、だがその間の水を別の場所から持ってくれば問題無いだろう」
「どこから持ってくるのですか? リガラットからは再三の危険警告が有った上に、今度は別の危険です。物資援助よりも離れる方を勧められるでしょう。周辺の集落もほとんどがギーナ様に従う者達です。貴方の主張は貴方達が自分自身だけで完結しているからこそ通る事です」
「ウムルからは、支援は出して貰えないのか」
「申し訳ありませんが私共もギーナ様の許可のもと、この国で活動しています。それに背き敵対する事は出来ません。今私共に出来る事は集落の危機を伝え、最善を選択して頂く事です」
「くっ、だが、しかし・・・!」
アロネスさんの言葉に葛藤する様子を見せる族長さん。
だがそこで、集落の人であろう硬鱗属の人が族長さんの家に慌てて入ってきた。
「ぞ、族長、大変だ! 子供達が倒れた! 何人かは痙攣して変な動きを見せている」
「な、そんな、馬鹿な!」
慌てて入ってきた男性の衝撃の言葉に族長さんが驚きの声を上げる。
俺も驚いてしまったし、隣にいるビャビャさんも一瞬狼狽えたのが感じ取れた。
「・・・どうやら警告に来るのが少し遅かったようですね」
「ウ、ウムルの錬金術師よ! 薬は、薬は無いのか! ・・・いや、違う、頼む。子供達を助けてくれ。すまない、図々しいのは百も承知だ。だが、頼む。どうか、どうか助けて頂きたい」
「勿論放置する気はありません。ですが薬を処方してそれでどうにかなるわけではありません。安全に暮らすなら、今後もこの地で暮らしたいのならば、一度土地を離れて頂きたい」
アロネスさんは真剣な表情で族長さんに訴える。
この地の生活を続ければ待っているのは全滅だと。
何よりも子供たちが手遅れになると。
「・・・やむを得ん、我ら一族の全滅が本当に目に見えた形で出てきている以上、皆も反対はせんだろう。子供達に犠牲を出したい者などこの集落には居ない」
「それを聞いて安心しました。子供達はウムルの錬金術師の名にかけて治して見せましょう。ですが集落の皆への説得は貴方にお任せします」
「解った・・・ギーナへの使いも出そう」
「そちらに関しては我々が手配します。おそらくその方が連絡は早くつくので」
「解った、全て任せよう。・・・どうかよろしく頼む」
族長さんはアロネスさんに深々と頭を下げる。
その声音はとても複雑な感情が垣間見える物だった。
「承りました。ではまずは子供達を助けに行きます。タロウ、手伝え」
「あ、はい、解りました」
「イナイ、連絡はお前に頼む。ビャビャの嬢ちゃんは俺の監視だしな」
「解りました。ではこの場は任せます」
「任せろ。俺の腕の見せ所だぜ」
アロネスさんはそう言うと、家の外に足を向ける。
「おい、何を呆けている! 子供らの下に案内しろ! 手遅れになって良いのか!」
「え、あ、は、はい!」
族長さんの言葉で状況がよく解っていなかった男性が再起動。
アロネスさんの前まで行って誘導を始めた。
俺もそれに慌てて付いて行く。ビャビャさんは状況が状況なので離れてもらった。
さて、早く助けてあげないと。話を聞くにまだ全然間に合う症状だ。
なら後はどれだけ早くに楽にしてあげるかだけだ。
後の難しい話はギーナさんとかに任せる。俺はそっちはノータッチです。
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