第532話アロネスさんの深夜の徘徊ですか?

「うーん、期待してたんだが特に面白そうな物はねぇなぁ・・・」


山を歩き、上方で見つけた川を見つめながら彼は呟く。

何を期待していたんだろう。彼の考えは解らない。


彼は深夜にテントを出てどこに行くのかと思えば、暗闇の中で山を調査し始めた。

彼の本業、錬金術師の調査なので私には内容は理解出来ていない。

ただ今のところは怪しいそぶりは見られない。本当にこの土地の調査をしている。

だからといって油断する気は無い。


彼の事は信用せず、一切の油断をするなとギーナ様には言われている。

味方すら自分の欲望の為に騙す事がある男だと。

だから彼よりも、素直にこちらの話を聞いてくれるタロウさんを抑えた。


シガルちゃんに少し嫌な思いをさせている事は理解している。

だけど彼の裏をかく自信のない自分にとっては、彼を抑えるよりもそちらの方が確実だ。

彼女には申し訳ないけども、しばらくの間はタロウさんのそばに張り付かせて貰う。


「あん、なんだこれ」


彼はそう呟くと、しゃがみこんで何かを調べ始めた。

何を見つけたのだろう。


私も学問の場を提供する身として多少の勉強はしているけど、彼には遠く及ばない。

錬金術師の知識は流石に一般雑学の範囲では理解出来ない。

だから多分、近づいたところで結局解らないとは思う。

このまま隠れて監視している方が良いだろう。


「まずいな、これは。今から族長を起こしに行くか? いや、それじゃ騒ぎになるな。明日朝一でイナイ連れて話に行く方が穏便に済むか。・・・下流も調査した方が良いなこれは」


彼は独り言をぶつぶつと呟きながら、衣服が濡れるのも気にせず何かを調べ続けている。

錬金術師の彼がまずいと言うほどの物とは何だろうか。

彼らは毒物すら平然として扱う職業のはず。それを考えると少し怖い。


だが彼は暫くするとすっと立ち上がり、すさまじい速度で移動を始めた。

私も彼に悟られない様にそのあとをついて行く。


強化魔術の類を使っているのだろうけど、それでも速い。

ただついて行くなら簡単だけど、隠れながらついて行くにはつらい速度だ。

けど見失うわけにはいかない。彼の自由行動を許すわけにはいかないんだ。


「この辺りか」


彼は川沿いを下流に向かい、集落の傍まで来たところで足を止めた。

そしてどこからともなく容器を複数取り出して川の水を採取している。

その顔は先程までの緩い顔つきでは無く、かなり真剣な表情だった。


「これぐらいあれば、十分かな」


彼は水の入った容器を全てどこかにしまい込み、ゆっくりと立ち上がる。

そして少しの間集落を見つめていたかと思ったら、テントの方向に向かって歩き出した。


「なーんて説明すっかなぁ・・・」


頭をぼりぼりと書きながら、至極真剣な表情で唸る様な声で独り言を続ける。

いったい何を見つけたんだろう。流石に心配になってきた。

どうしよう、一度彼の行動をギーナ様に報告しに戻った方が良いだろうか。


いや、彼の言葉から事情をイナイさんに話す様だし、明日までは様子を見よう。

それでもし私に何も無ければ一度ギーナ様に報告しに戻ろう。

今は彼から目を離す方がきっと問題だ。


「思ったより遅くなっちまったな。明日は忙しくなるだろうしとっとと寝るか」


あくびをしながら彼は自分のテントに戻っていった。

暫く様子を見る事にしたが、動く様子は感じない。


私も睡眠しないで平気な体では無い。少し寝ないといけない。

彼の事は気になるけど私もテントに戻ろう。

イナイさんが組み立ててくれたテントに入り、渡されていた寝具を掴む。


「きも、ち、良い」


床はふかふかだし、テント内の室温はとても心地いい。

渡された寝具も肌触りが良く暖かい。


「ほん、とに、野宿してる、気が、しない」


彼がイナイさんのテントの方が寝やすいと言ったのは本当だ。

下手なベッドで寝るよりも、このテントで寝る方が心地良い。


「子、供達、にも、経験させて、あげ、たい、な」


野宿は決して楽なものではないし、楽だという認識をさせてしまうと危ない。

けどこういう安全な外での寝泊まりは、子供達に楽しい経験になりそうだと思う。

ちゃんと諸注意をした上で大人達が警戒すれば良い。


「イナイ、さんに一度、お、願いして、みよう」


きっと子供達は喜ぶと思う。

そしてその心地良さが凄いと思うなら伝えなければいけない。

私達が目指す先はそういった物を作る技術の習得と、習得した技術を国内に広める事だと。

今の子供達から次の子供達へ、そしてさらに次の子供達へと繋げる事だと。


「ちょ、っと、欲張り、かな」


流石に急ぎ過ぎな考えだ。けど、いつかはそうなったら良いな。

少し先の夢を胸に抱きつつ、彼の動きへの警戒は解かずに眠りにつく。

この心地よさは、油断すると意識を全部持っていかれそうだ。

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