第525話殺意の一撃ですか?

「さて、この話は一切記録しないから、皆そのつもりでお願いね」

「ああ、勿論だ」

「ん」

「はい、解ってます」


今から始める会話の前に前提条件を述べ、この場に居る全員が頷く。

内容はこの間の一件だ。

なので此処に居るのはそれに関りある4人だけだ。


アロネスは条件を出した側だから当然だけど、実はこちらとしてもこの状況は助かるのよね。

立て続けにウムルとの関係を悪くさせる様な事をした、とは記録に残したくない。

流石にあんまり期間が短すぎる。


「防音も張ってるし、今日は誰も入れないようにって言ってるから」

「そこは信用してる。あんたは約束を破る様な人間じゃないからな」


追加で述べた言葉に、アロネスが意外な事に私を信用してると言ってくれた。

ただ視線がドッドに向いていて、ドッドが凄く気まずそうな顔をしている。

私も私で自分の身分隠して好きにやる時が有るけど、今は黙っとこ。

ポヘタの一件は完全独断だったから、後でファルナに怒られたんだよねぇ。


「じゃあ長引かせてもしょうがないからサクサクと行こう」


実際そんなに長々と話す様な内容じゃない。

こちらもアロネスの要求を蹴る気は無いし、ミルカが変な要求をするとは思わない。


「アロネスの要求は当然聞くつもり。だからミルカ、貴女に今回の事に対する要求があるかどうかを聞いておきたい」


ミルカへの貸しは当然として、それとは別に本人に何かしらの要求があるなら聞いておきたい。

当事者なのだから当然だし、私としても直接約束したのを破った形だ。

謝罪の意味も込めて出来る事はやっておきたい。


「あれはリンねえとギーナを倒す為に磨いた技だから、少なくともリガラットの人間には見られたくなかったんだけど、こうなったらしょうがないか」

「なっ!」


ミルカの言葉にドッドが驚きの声を上げるが、私に驚きはない。

そりゃ当然でしょ。彼女の立場と状況を考えたら当然だ。

彼女が打倒する想定敵は私だろうし、目標は彼女より強いリンなのは間違いない。


いや違うか。本人達を前にして正直に言うと思って無かった、って所かな。

そうだとしても今更だけどね。


「私の要求は、正直に言うと特にないかな」

「あら、良いの?」

「既にアロにいが大分脅してるし、ギーナ自身は見て無いんでしょ?」

「そうだね、詳細は聞いて無い」

「なら良いよ。・・・ああいや、一個だけ良いかな」

「はいはい、何でも言って」


ミルカが何か思いついたようだけど、相手がアロネスじゃないので気軽に応える。

しかし、私をその場に居させたくないがための約束だったのか。

いや、ドッドが喋らないという前提が有るからの寛容な言葉かな。

喋ったらアロネスが本気を出すと考えれば、優しくもなってくれるのが当然か。


「一撃、受けて」


普段通りの表情で、なんでもない様に気軽に彼女は言った。

だがその言葉の意味が解らない程、私は愚鈍ではない。


「・・・良いの?」

「タロウとの事は満足したけど、やっぱり心残りだから」

「もしかして、最初からそのつもりだった?」

「多分勝負は受けて貰えないと思ってたから、流石に無いよ」


そりゃそうか。最初は単純に自分の業を見せない様にする為だけか。

でもそれやっちゃうと私に業を見せる事になる。

そうなると、アロネスとの約束が半分意味がなくなっちゃうんだけどな。

約束を破ったって事には変わりないから、そこは言い訳しようがないけど。


「アロネスはそれで良いの?」

「ミルカが言ったんだ。俺に是非を問う意味はねえよ」

「そっか」


一撃、一撃か。本当はその一撃すら受けたくはない。

今回の事が無ければ、絶対に断っている。


「子供に負担は?」

「問題無い。負担かける位なら自分の体壊す」

「そ、解った」


彼女と手合わせは、正直やる気が出ない。

真面目にやる気のない私相手じゃ彼女もつまらないだろう。

だからお互いの譲歩として、一撃だけ付き合えと言って来たんだ。

それならギリギリ私が引き受けるであろう事を見越した提案だ。


「一撃だけなら、本気で付きあったげる」

「ん、じゃあ、やろうか」


私の答えを聞いたミルカは既に臨戦態勢に入っていた。

そしてゆっくりと立ち上がり、いつもの半眼で私を見つめる。

付き合うとは言ったけど、この場ですぐには勘弁願いたいな。家壊したくないし。


「場所を変える。二人はちょっと待ってて」

「分かった」

「はい、分かりました」


二人にこの場を少し離れる事を告げ、ミルカを連れて遠くの山奥に転移する。


「ここなら誰にも見られないし、多少何かが壊れても誰も困らない」

「そうだね」


ミルカは私の言葉に同意しているが、完全にどうでも良さげだ。

あれはただ私の言葉に適当に相槌を打っているだけだな。


「じゃ、いく」

「はいはい」


彼女は宣言すると、ゆっくりとこちらに歩いて来る。

いつも通りの歩き方だ。

彼女と初めて会った時からずっと同じ、全く隙の無い歩き方。


構えをとらず、一定方向に集中せず、常に全方位に対応しようとしている。

私との一撃ですら私だけに集中はしない、か。


そんな彼女に対し、私も構えずに待つ。

構えたところで意味はない。どうせ構えたらその分返しにくい場所から攻撃してくるだけだ。

なら、何処から来ようが関係ない様に気を張ってる方が良い。


そして彼女は手を思い切り伸ばさずとも私に触れられる程近くまで来て、そこで止まった。


「・・・」

「・・・」


お互い動かずに相手を見つめる。

私から動く気は無い。これはミルカの一撃を私が躱せるかどうかという勝負。

彼女が仕掛けてくるまで状況は動かない。


だが、彼女は何故かその目を閉じた。

何をする気か解らないが、意味のない事ではないだろう。

私はこの一撃しか受ける気が無い。流石に彼女もそれは承知の上。

なのにそれを無駄にするような事を、彼女がするはずがない。


「・・・ギーナ」

「なに?」


彼女は目閉じたまま俯き、話しかけてきた。

不思議に思いながら返事をする。


「本気の一撃を打つ気じゃ無いから」

「んー? それじゃ意味ないんじゃないの?」

「本気の一撃打ったって、意味はないよ」

「どういう事?」


今まで鍛え上げた体と技。

そこから繰り出す本気の一撃を受けてほしいと言う事だと思ってた。

だから私も本気で身構えているし、会話している今も体は戦闘状態だ。


「殺す気で、行くから」

「っ、上等」


ミルカはカッと目を見開き、私ですら怖気がする気配を感じさせてきた。

まずい、久々に怖い。

リンやイナイとやった時と同じぐらい背筋に嫌な感覚が走っている。

以前ミルカが言った通り、確かに今の彼女には余裕の態度をとれそうにないと感じた。


「ウムル王国拳闘士隊隊長、ミルカ・ドアズ・グラネス。参る」


彼女はそう宣言し、その拳を放ってきた。

それは一切捻りのない愚直な一撃。だがその動きに彼女の全てが詰め込まれている。

全てが完成された、体術として極限まで磨き上げられた一撃。


「―――」


速い。こちらも身体強化は既に済ませているのに躱せる気がしない。

単純な速さだけならおそらく私の方が上だ。

けどこの一撃に込められている技術が、私に躱す事を許してくれない。


思考外の本能的な部分で即座にそう判断し、躱すのを完全に諦めて受けに入る。

だがその瞬間、先程から体を襲う悪寒が更に強くなった。




この一撃は、受けてはいけない。本能がそう訴えている。




受けに回ろうとしていた体と腕を無理矢理捻り、彼女の打撃を躱そうと体を動かす。

だが間に合わない。このままでは確実に食らう。

最早受ける事すら叶わない所まで彼女の拳は迫ってきている。


「―――っ」


まだだ。手はある。無傷で躱す気でなければまだいける。

私は彼女の拳が届くよりも早く、私に向かって空間を爆発させる様な魔術を使う。

その衝撃で私は思い切り吹き飛び、彼女の拳は空を切った。

ゆっくりと拳を戻す彼女を見ながら私は着地しようとする。


「がっ、はっ・・・!?」


だが体に力が入らず、着地出来ずにそのまま地面を転がってしまう。

勢いを殺す事も出来ずに岩に激突し、止まった体を起こそうとするが足が震える。


「くふっ、げほっげほっ・・・」


込み上げてくるものを感じ、地面に吐いてしまう。

見るとそれは胃液等ではなく吐血だった。

そんな馬鹿な。完全に躱したはずなのに。


「ぐっ、くうっ!」


全身に上手く力が入らない。でも立てなくはない。

それを確認して、足に意識して力を入れて立ち上がる。


体の状態も確認して、体に痛みが走るのを無視して治癒魔術を使う。

痛みの感じからして仙術関連なのは間違いない。

けど、あの角度とタイミングで食らったとは考えにくい。

完全に彼女の予測の範囲外に避けたはずだ。なのに何故か何かを食らっている。


「ほんと、理不尽」


彼女は立ち上がった私を見て、そう言った。

その顔はとても悔しそうだ。


「リンねえも、貴女も、本当に遠すぎる。・・・ああ、本当に、悔しい」


泣きそうな顔で、彼女はそう口にした。

その拳は強く握られ、らしくなく隙だらけだった。

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