第524話危ない誤解です!
「おう、起きたみたいだな」
「いつつ、あ、イナイおはよう」
ミルカさんが去った後、イナイがいつもの調子で部屋に入って来た。
多分俺が起きたのを聞いて来たんだろう。
「なーにがおはようだ。五日も目を覚まさねえ寝坊助が」
「そんなに寝てたのかぁ・・・」
「クロトなんか初日は泣きそうな顔で見てたぞ、なあ?」
「・・・うん」
イナイの陰に隠れる様にいたクロトが、ひょこっと顔を出す。
その顔には心配で堪らないと書いていた。
クロトって表情変化の乏しい子だけど、最近は心配の表情だけは良く解るな。
「そっか、クロトごめんね」
「・・・ううん。お母さん達のほうが、きっと心配してた」
「あー、うん。イナイも心配させてごめん」
そりゃイナイとシガルも心配してるよな。
特にしてなかったとか言われたら心がぽきっと折れそう。
暫くふさぎ込む自信がある。
「気にすんな。あたしは今回の事に心配してた、なんて言う権利はねえしな」
「ん、どういう事?」
「ミルカのあれはあたしも納得の上でだ。それを心配したんだぞなんて言うのはお門違いだろ」
「あー、そういう事・・・でも俺としては心配だったって言ってくれる方が嬉しいかな」
やっぱり心配してもらえる方が、気にされてるって気がするよね。
その前にこんな無茶すんなって言われそうだけど。
「タロウさん、起きたって聞いたんだけど・・・あ、ほんとに起きてる。良かったぁー」
『タロウなら大丈夫だって、ミルカが何度も言ったじゃないか』
「そうだけど、でも心配なのは心配なの」
どうやらシガル達も様子を見に来てくれたらしい。
ハクは特に気にしてなかったっぽいけど。
あれ、ハクが竜の姿のままだ。あの姿で外出てたのかな。
「心配させてごめんね、シガル」
「ううん、気にしないで。タロウさんが頑張らなきゃいけない事を頑張ってっただけだもん。謝る事なんかないよ」
イナイもシガルも、心配はしてたけどそれは自分の勝手と言う。
俺としてはその気持ちが嬉しいのだけど、あんまり言っても仕方ないか。
俺は俺で、二人のそういう暖かくて強い所に惚れている所も有るし。
「しかし、お前は本当にボロ雑巾の様になるのが好きだな」
「いや、あの、俺も好きでこうなっているわけではないのですが」
イナイが呆れた様に言うので、心外だと反論する。
何処か弱気な言い方なのは気にしてはいけない。
「あたしは今回は本当に心配だったよ。タロウさんずっとポンポン跳ね飛ばされてるんだもん」
「いや、あれも好きで跳ね飛ばされてたわけじゃないからね?」
何回かボールみたいに跳ね飛ばされてたのは、なす術がなかったからだ。
けして好きでボロボロになったり跳ね飛ばされていたわけじゃない。
『あれは面白かった』
「面白がんなよ」
ハクが酷い。少しぐらい心配しろよ。
これがシガルだったら絶対心配するんだろうな、こいつ。
『それにしても残念だ。ミルカと出来ないのは』
「あー、頼むから仕掛けたりするなよ」
『しない。子供がいるのにそんなつまらない事しない。それならいつか大きくなったミルカの子供とやった方が良いもん』
「気の長い・・・でもないか、お前なら」
ハクはこう見えて100歳越えだし、人間が成人するぐらいの時間は大したことないか。
とはいえ、ミルカさんの子供がミルカさんと同じ道を歩むかどうかは別の話なんだけど。
「ああそうだ、お前が寝てる間にギーナ達も見舞いに来てたぞ」
「あ、そうなんだ。今度お礼言っておこう」
「結構心配してたからな。とくにビャビャとレイファルナが」
「あー・・・そうなんだ」
あの二人は遺跡での一件が有るから、俺の状態が良く解ってるだろうからな。
仙術が使えないから余計に辛かっただろうし。
「それと一応お前にも関係ある事だから話しておくんだが、またドッドって奴がやらかした」
「・・・今度は何やったのあの人」
「どうやら覗いていたらしいな。アロネスが見つけて静かにブチ切れてやがった」
「アロネスさんが切れてるとか、怖くて堪らないんだけど」
一番何するか解らない人だもん。
他の人達も無茶苦茶な所があるけど、行動の方向性は解り易い。
アロネスさんだけは、本当に何をするか予想が付かない。
「国を預かる人間が聞いたら震えあがりそうな計画口にしやがった。あいつ自由にさせたら国が亡ぶな。本当に錬金術師って、少なくとも数人は国で抱えてないと駄目だなって実感した」
マジか、そのレベルの事口にしたのか。
何言ったんだろう。気になるけど怖くて聞きたくない。
「あの人、イナイ達が居なかったら今頃重犯罪者になってんじゃないかな・・・」
「十分にあり得るな。あいつはガキの頃の軽犯罪の数が多すぎる」
知ってたけど、やっぱり犯罪に手を出してるんですねアロネスさん。
いや、前にも下手したら犯罪者だっていう話をしてたけどさ。
そう考えると、アロネスさんを許容した上でコントロールしてるブルベさんは凄いな。
やっぱそういう所が王様の器なのかな。
「今回のはそれだけミルカの事を想っての事だろうがな。あいつもあいつで身内の大事な事になると過剰反応するから困りものだ」
困ったと口にしている割に、今回のイナイの表情は優しい。
前回はあんなに怒ってたのに。
「あんまり困ってる風に見えないけど」
「今回ばっかしはな。態々ギーナに直接ミルカが約束してた話で、その上ミルカの本当の業は機密みたいなもんだ。それを盗み見たんなら報復もやむなしだろ」
ああそっか、そういう事か。
ミルカさんのあの技って、誰も知らないんだもんな。
他国の英雄の秘技の盗み見とか、普通にアウトか。
「正直に言ってしまうと、見ても解んねえと思うけどな。傍で見てたあたしが全然解んねえし」
「あれ、そうなの?」
「解んねーよ。何やってんのかこっちはさっぱりだよ。あんなもん理解出来てるのはあの場ではお前らとクロトだけだよ」
「あ、クロトには解るんだ」
「・・・一応」
繋がってる時の感覚を考えれば、見えてもおかしくはないか。
ならクロトも仙術を使えるのかな。
「あと、あれだ、あー、ええとだな」
クロトと繋がっていた時の事を思い返していると、イナイが急に言い難そうに「あー、うー」と唸り始めた。
言い難そうにする事自体は良くあるけど、ここまで溜めるのは珍しい。
そんなに言い難い事なのかな。
「そ、その、だな、あたしはその、まだ事情は良く解んねえが、えっと・・・あーもう!」
イナイは頭をがりがりとかいて、キッとこちらを睨む。
あれ、何で睨まれているんだろうか。俺何かしたかしら。
いや、した覚えは色々と有るけど唐突にどうしたのだろうか。
「ミ、ミルカと関係があったなら、ちゃんと言ってくれねえとあたしも困る」
・・・関係?
いやまって、マジで何言ってるのか解らない。
ミルカさんとの関係って、今更じゃないか。
「ごめん、何を言われてるのか良く解らない」
「え、なにそれ。お姉ちゃん、どういう事?」
「いや、え、だって」
三人が三人全員頭にハテナが浮かんでいる。
一切の意思疎通が取れて無い。
「ミルカの奴が去り際にお前の唇がちょと荒れてたとか言うから、何でそんな事って聞いたら、口づけした時に荒れてたって」
「え、なにそれ!? タロウさんとミルカさんそんな関係だったの!?」
「は!? 違う! まってまって!!」
あの人何でそういう言葉の足りない説明を残していくかな!
ていうか、わざわざ言わなくても良いだろそれ!
俺は慌ててさっきまでのミルカさんとの会話と、その時の行動を説明する。
全ての事情を聴いたイナイは項垂れながら、ベッドの端に突っ伏した。
「なんだよ、くっそ。焦って損した。ハウの奴になんて話をしに行こうかとか、これからのあたしらの関係もどうやっていこうとか、すっげー真面目に考えてたのに」
「あ、あはは。あたしも焦ったぁ」
「俺も滅茶苦茶焦った。あー、びっくりした」
ミルカさんのあの行動で、物凄くややこしい事になるところだった。
あっぶねー。
「・・・本当に、何も無いんだよな?」
「ないない。絶対ない」
「なら良いけど・・・あいつも中途半端に言ってくなよなぁ・・・」
「何でその場で聞かなかったの」
「あいつその後用事があったんだよ。引き留められない事だし、話を聞くなら時間かかるし、先にタロウに事情を聞いた方が良いと思って」
ああ、そういう事。
本当に去り際に、誤解だけを生む端的な言葉を残して去って行ったのか。
勘弁しろ。
「あたしもびっくりしたぁ・・・タロウさんはそういう事内緒に出来ないと思ってたから」
「うん、なんか嫌な方向の信頼されてるけど、多分出来ないです」
浮気とかする人達って本当に頑張るよね。
俺はその頑張りを別方向に向ければいいのにと常々思う。
「あー、なんかグダグダだったが、とりあえずお前が寝てる間の事はそれだけだ」
「あはは、了解」
特に状況が何か大きく動いたとかは無しか。
ならとりあえず俺はこの体治すのが最優先かな。
遺跡を壊すにも体を治さないとどうしようもないからね。
さって、治ったら忙しくなりそうだな。
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