第523話新しい課題です!

「うっ・・・あ?」


ぼんやりと意識が覚醒し、目を開けると宿の天井が目に入る。

あれ、何で宿に。


「う、がぁ・・・!」


体を起こそうとして全身に激痛が走る。

そのおかげで一気に目が覚めた。

それと同時に、意識を失う寸前の事を思い出す。


「技工剣も使って切り札も使って、本気のミルカさんに一撃与える事も叶わず、か」


拮抗にすら持っていけなかった。

瞬間的に使える全ての力を使ってたのに、本気の彼女にまともに触れる事すら出来なかった。

今なら一撃は当てれるなんて、自惚れが過ぎた。


あの一瞬。一撃必倒の技を放ったあの時の彼女が、本当の彼女。

ウムルの英雄、ミルカ・グラネスの真の実力って事か。


「・・・くっそ」


あの人は、がっかりしたんじゃないかな。

死に物狂いの一撃が、後の反動を一切無視した最後の一撃があの程度。

彼女に焦りの表情すら浮かべさせる事も出来ず、あっさりと倒された。

最後のあの一撃は、単純な速度でも負けていた。


「なーにが弟子なんだか。同じ技を使えるだけで、全然話になってねーじゃねーか」


ああくそ、悔しいな。

これで最後なのか。こんなので最後なのか。

俺はあの人に大きな恩が有るのに、こんなに何も見せられずに終わりなのか。

これじゃ何も返せてないじゃないか。


「・・・ぐっ・・・くそっ」


悔しくて涙が流れる。

情けないな、ほんと。


でも解ってる。もう二度とチャンスはない。

あの人がそう言ったんだ。ミルカさんはそういう事に嘘を吐く人じゃない。

本当にあれが最初で最後の本気の勝負を出来るチャンスだった。

あの結果は、それをふいにしたようなものだ。


「すみ・・・ません」


泣きながら、ここには居ない彼女に謝る。

直接言う事なんて出来ない。そんな失礼な事は無理だ。

謝るぐらいなら、もっと力を見せるべきだった。


勿論見せれる力があるならやっていた。あれが俺の全力だ。

あれ以上彼女に見せられる物は何も持っていない。

もっていない事が、申し訳ない。


「謝る必要なんてない」


その声に顔を上げると、ミルカさんがいつの間にか傍に立っていた。

今の俺は魔術が使えないとはいえ、傍にくるまで気が付かないのは流石に酷いな。


「いつから居たの」

「ついさっき。まだ寝てるかなと思って、起こさないように近づいた」


成程、それじゃ今の俺には気が付けないや。

バルフさんとやった時と同じかそれ以上に体が動かない。

魔術も使おうとすると体に痛みが走るし、何より泣いてたしな。


「タロウ、正直に言うと、今の私は凄く残念だよ」

「―――っ」


内心思っていた事を本人に言われ、情けなさが込み上げてくる。

ミルカさんが来た事で止まった涙が、また溢れそうになる。


「ただそれは、もう今の自分でタロウと戦えないかもしれない事。それが残念なだけ」


続ける彼女の言葉が優しくて、彼女から逸らした目を戻す。

するとミルカさんは珍しく、満面の笑みで俺を見ていた。


「この子の為に、これで最後だって決めた。勿論産んだ後は元の自分に近づけるつもりは有る。けど、何処まで戻るか解らない」


お腹を優しく撫でながら、彼女は言葉を続ける。

その手と同じぐらい優しい笑顔を俺に向けながら。


「まだ早いって解ってた。タロウと本気でやるには早すぎるって。タロウは確かに色んな技術を複合すれば強いけど、単一の技術はまだ未熟なんだから」


今度はその手で俺の涙をすくい、俺の頬に優しく触れる。

その手はとても暖かい。


「解ってて、その上での我儘。タロウは私の我儘に全力で応えてくれた。ちゃんと私の技を繋いでくれた。謝る必要なんかない」

「――――あり、がとう、ございます」


彼女の言葉で、また涙が溢れて来る。

俺は確かに彼女に応えられなかった。けど応えられた事も有る。

そう言ってくれているんだ。


「こちらこそありがとう。大好きだよタロウ。この子と旦那と、イナイ姉さんの次ぐらいに」

「ぐすっ、あはは、その順番で言って貰えるのは光栄だけど、リンさんは良いの?」

「同じぐらいって事。タロウは私にとって家族と同じぐらい大切で大事。三人が別格なだけ」

「それは嬉しいな。じゃあミルカ姉さんってなるのかな?」

「むしろ立場的には、私がタロウ兄さんって言う方じゃないかな。イナイの旦那だし」


彼女の言葉に軽口を返すと、彼女も乗ってくれた。

ただその言葉が今の自分には嬉しくて、また泣きそうになるのをぐっと堪える。


「・・・タロウ、ありがとう。本当に」


そんな俺を見て、彼女は優しい笑顔でゆっくりと、俺に口づけをした。

俺はとっさの事で何か起こったのか解らず、彼女の行動の為すがままだった。

そしてゆっくりと唇を離すと、彼女は俺の頭を優しく撫でる。


「ハウに出会えず、イナイ姉さんが相手じゃ無かったら・・・タロウに惚れてたかも」

「あ、え、あ、えっと」

「あはは、慌てすぎ」


彼女の行動と言葉にまだ脳の処理が追い付かず慌てる俺を見て、彼女はおかしそうに笑った。

そしていつもの眠そうな顔に戻って口を開く。


「免許皆伝、とまではいかないけど、師範代を名乗るぐらいまでは許してあげる」

「が、牙心流の?」

「違う」


ミルカさんは俺の手を握り、持ち上げる。

そしてその手に力を込めて、俺に言った。


「グラネス流の師範代。いつか私に、免許皆伝と言わせてみて」

「っ、はい、絶対に」


力の入らない手に力を込めて応える。

こんな解り易い言葉を理解できないわけがない。

今回応えられなかった分を、いつか応えろと言われたんだ。


「うん、やっぱり、タロウは良い。いつもそうだったらかっこいいのに」

「へ、いつもって、どういう事?」

「・・・いいや、普段のタロウが在るから、こういう時のタロウの覚悟が解るのかも」

「?」


普段の俺が情けないとか、そういう話だろうか。

まあ根っこがヘタレだからな。

でもこの性格は多分そうそう変わらないと思う。

というか、人間性格変わるなんてなかなか難しいっすよ。


「こっちは気長に待ってる。お婆ちゃんになるまでに頑張って」

「その頃になると俺もお爺ちゃんになってると思うんだけど」


流石にそれはのんびりし過ぎでは。

まあ、気を楽にさせようとしてくれてるんだろうけど。


「タロウ、私の見切りの秘密、少しは理解できた?」

「あー、もしかしたらそうかなー、っていうのは有る。全然マネ出来る気はしないけど」

「そう」


ミルカさんの問いの答えは至極微妙な物だ。

けど浸透仙術を使える様になった事で、もしかしたらという考えはある。


彼女はおそらく気功の流れを常に見て、命の流れる力を常に見て動いている。

相手が体をどう動かそうとしているのかを、実際に動かすより速く理解している。

だから接近戦での彼女の見切りの速度が、余りに異常が過ぎる様に見えるんだ。

それを考えると、その彼女に冷や汗かかせるフェビエマさんって大概化け物だな。


ただこれは、見えたから、理解できたから対処出来るかって言うと話は別だ。

結局瞬間の判断力は要るし、それに対処できるだけの技量が要る。

ただ少しだけ先回りして解る、というだけの話だ。


それに彼女は、魔術だって同じ様に躱して見せる。

彼女のやっている事は、ただ見えるから避けられるなんて甘い物じゃない。


「私は、そこにいる。いつか、おいで」

「遠いなぁ」


けどさっき、免許皆伝って言わせろって言われたばっかりだからな。


「頑張る」

「ん、がんばれ」


何時だったか釣りをしながら話した時の様な受け答えで、普段通りに返し合う。

いつか本当に彼女を納得させる事が出来る物を、絶対に見せよう。


「じゃあ、私はこの後少しやる事が有るから。また後でね」

「あ、うん」


彼女はそうして、名残惜しさなど一切なく部屋を出ていった。

まあ、ミルカさんらしいか。


「あーあ。無茶な約束したなぁ」


あの見切りと体術身に付けろってか。

はっは、かなりの無茶ぶりだぞ。


「やってやろうじゃんか」


ああ、やってやる。

今までだってずっと無茶振りに応えてた筈なんだ。

知らなかったら応えられたのに、知ったら応えられなかったなんて情けない事は言わない。


今は昔の俺じゃない。

相変わらず情けないのは変わらないけど、ここまで積み上げた物が俺を支えてくれている。

そしてその積み上げる為の基礎を作ってくれた人がやれと言った。


「今は絶対に無理だ。けど、必ずやって見せる」


ぐっと手に、体に力を入れて覚悟を決める。


「あだだだ」


同時に体中に痛みが走る。

ミルカさんがどこかに行った事で気が抜けたのか、さっきより痛い。

本当に締まらないな、俺。

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