第522話アロネスさんの言葉の意味ですか?
「やだ。もうやだ」
両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏すギーナ様。
そのまま「あー」とか「うー」とかしか言わなくなってしまう。
「す、すみません」
もうすでに何度も謝っているが、また謝罪の言葉を口にする。
というか、それしか言えない。
「ドッドさぁん、なんでそういう事するかなぁー」
「はい、すみません。本当にすみません」
最近あまり聞かなくなった、子供の頃の様な喋り方で俺を責めるギーナ様。
これは不味い。前回と違って精神に来る。
「アロネスの奴、本気でキレちゃってるじゃないのぉー」
「あ、やっぱりそうですよね」
基本的に口調や態度は軽かったものの、俺に向けていたあの殺気は本物だった。
俺が下手な抵抗をすれば、おそらくスパッと首が落とされていただろう。
けど、それだけに解らない。
何故そこまでの殺気を向けておきながら、あんな条件で見逃したのか。
「まあこっちは相手がミルカだし、よっぽど下手な事さえしなければ良いけどさぁ。流石に脅し方が本気過ぎるよ」
「脅し方が、ですか?」
「・・・あー、ドッド気が付いて無かったんだ。今回は前回と違って、アロネスの奴本気で脅しに来てるよ。それもかなり性質が悪い脅し方だ」
彼がギーナ様に言えばわかると言っていた通り、彼女は彼の言葉の意味を汲み取っている様だ。
俺には正直、良く解らない。
「アロネスはね、簡単に言うと国民を人質にするって言ったの」
「国民を?」
「錬金術師って凄くてね。戦わずに軍隊を潰す事も出来る技術や知識を持ってるんだよ。それを国民に向けるって言って来たの。私達なんか無視して、もっと大事な物に攻撃するってね」
戦わずに潰すとはどういう事だろうか。
いや、それが可能だとしても、結局ウムルがリガラットに攻撃を仕掛けるという事実になる。
なら、全面戦争は躱せないんじゃないのか。
「ドッドの考えてる事は解るけど、もしアロネスが実行に移したらリガラットはウムルに絶対攻撃出来ないよ。だって犯人が誰か解らないから。やった人間が解らないのにウムルと戦争なんて出来ないでしょ。完全こっちが悪者になるよ。戦争に勝ったとしても、酷い事になるだろうね」
「それは暗殺と言う事ですか? ですが現場さえ抑えれば」
「ちがーう。あいつ自身が出向くような直接的な行動はしないよ」
俺の答えを、ダメな生徒でも見る様な顔で否定するギーナ様。
実際解って無いから駄目なんだけど。
「私達の国ってさ、生活水準昔よりかなり上がってるよね」
「そうですね」
「その恩恵って、何処から来るものだと思う?」
俺達の生活水準の恩恵。
それは技工士と呼ばれる者達から伝えられた技術によるものだ。
ウムル等の他国で生活してきた者達が、リガラットにも伝えてくれたからこその物だ。
「技工士の技術、でしょうか」
「半分正解。もう一つ。錬金術師からもたらされる新しい資源や知識。根本的な材料となる存在が有って、技工士はその性能を発揮する」
「はあ、確かに材料が無ければ何も作れないでしょうね」
だがそれは、別に技工士でなくても同じ事。
木材が無ければ家が作れない。ただそう言っているだけの話だ。
「ドッドは種族的にもぴんと来ないかもしれないね。元々自然に溶け込んで生活する種族だし」
「どういう事ですか?」
確かに俺の種族は、自然の中で生きて行く類の一族だ。
俺はもう血が大分混ざって、ちょっと違う種族になっている感じがするけど。
「今の子供達はさ、技工具があって錬金術の恩恵を受けてる世の中が当然なの。その当然のように使われている道具に、材料に、彼の意志一つでどうとでも出来る何かが仕込まれれば?」
「っ!?」
今ので鈍い俺でも理解できた。
つまりあの男は錬金術の力を持って、この国の子供達を全て人質に取ったという事か。
「い、今からでも警戒を促して」
「無理無理。あいつ錬金術師イルミルドが本気出すって言ったんでしょ? 悪いけどあいつが本気出したら私でも判別付かないよ」
「で、ではウムルからの資材の制限をかければ」
「無駄無駄。どこから仕入れたってあいつの息のかかってない錬金術師なんて滅多に居ないよ。あいつがどれだけ世界中飛び回ったと思ってるのさ」
俺の提案は全て無駄だと両断される。
彼女がそこまで断言する程なのか、彼の力は。
「それに、その程度ならまだいい。じわじわと気が付かないように毒を流し込まれる可能性だってある。流石の私達も毒に侵されればたまった物じゃないからね。手遅れになってからじゃ遅いし、あいつなら魔術で治せない毒を作り出す可能性がある」
「毒、ですか。そこまでやりますか、彼は」
「やるだろうね。今回の脅し方はそういう物だよ。だから言ったでしょ、本気で怒ってるって」
錬金術師が本気を出すというのは、そういう事なのか。
知らず知らずのうちに全滅させられる。それはすさまじい恐怖だ。
いくらギーナ様でも、毒に侵されて無事とは行かないだろう。
「でもさっき言った通り、相手がミルカだからまだマシだよ。彼女の立場に何かが有ってって話なら私も動きやすいし。その場合ウムルも関わってくるだろうしね。この間の話と違って」
「帝国関連、でしたか」
「あっちは下手をしたら知らんぷりされる可能性有るからね。それに比べれば数百倍マシだね」
タロウ君と違い、ミルカ・グラネスの場合はリガラットとして動けるか。
その場合は大っぴらに行動できるから、確かにやりやすいと言えばやりやすい。
「だとしてもドッドお兄さん? この間おいたをしたばかりなのに何をしてくれてるのかな?」
「すみません。本当に申し訳ありません」
思い出したように今回の事を再度責められ、上げていた頭をまた下げる。
「あー、もうやだぁー。生きてる人間に言えないから墓にいって妹ちゃんに言いつけてやるー」
「きっとあいつも呆れると思います・・・」
おそらく家族がこの事実を知ったら、大いに呆れた顔をするだろう。
と言うか、今回の事ファルナに知れたら本当にボコボコじゃ済まなさそう。
「多分この話ミルカにはしてると思うから、また今度ミルカとは話しておく。その際ドッドに要求が有ったら呼ぶから、多少は覚悟しておいてね」
「はい、わかりました」
タロウ君が食らったような一撃を入れられる可能性が出てきたなこれは。
自業自得か。むしろそれですんだ事を喜んでおこう。
「ドッドお兄さんさぁ、そんなだからスエリにもガミガミ言われるんだよ?」
「言葉も有りません」
「今回の事もしビャビャが知ったら大激怒だよ? 子供達に危険が及ぶ可能性が有るんだから」
「はい、その通りです」
完全な説教が始まった。
最近公務でも色々ストレス溜まってたみたいだから、これはこれで息抜きになるか。
彼女はほっておくと、言いたい事言わずにため込むからな。
まあ今回立て続けに馬鹿やった身の俺が、偉そうに思って良い事じゃ無いけど。
「ドッド、聞いてる?」
「はい、聞いてます」
その後は彼女が喋り疲れるまで、ただひたすらに頭を下げ続けた。
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