第521話のぞき見をしていたのですか?
「凄いな。本気出したらあんなに強いのか。評価を前より上方修正する必要があるなぁ」
決着のついた戦いを高所から眺めながら、感想を口にする。
前に手を合わせた時は加減をしていたのか、それともやる気が無かったのか。
どちらにせよ、俺とやった時よりも遥かに良い動きだった。
あの娘、ミルカ・グラネスの後半の動きは、俺と手を合わせた時のタロウ君の動きでは躱せない速さだった。
あれに対応出来る判断力と反射速度。
その上まだ限界ではなく、奥の手を持っていた。
最後の動きは俺でも追いつけない可能性がある。
それの更に上を行ったミルカ・グラネスも相当なものだが。
ウムルの8英雄だけは、本当に人族なのか疑いたくなるな。
「きっとあの子一人じゃ無いんだろうな。ウムルは本当に次世代に恵まれていて良い―――」
羨ましいなと独り言を口にしようとした瞬間、首筋に剣を添えられて固まる。
背後を取られた。勘弁してくれ、何の気配もしなかったぞ。
魔術を使われた感覚も無かったし、隠匿魔術を使ったとしても精度が高すぎる。
どんな化け物相手にしなきゃいけないのかと冷や汗をかいていると、知っている声が耳に入った。
「この勝負は見るな、って約束だった筈だが? なあ、ドッドさんよ」
「あんた、だったか」
剣を俺の喉に添えている人物が知っている相手だった事に、少しだけ安堵する。
流石に容赦なくこのまま首を斬り落とされる事はないだろう。
しかしここ、現場からかなり離れてるのに良く見つけられたな。
一応ちゃんと身を潜めていたつもりだったんだが。
「あー、うん、言い訳のしようも無いのは解ってるんだけど、興味に負けてしまって」
「この間へまやらかしたばっかりだろう、あんた。今度はボコボコにされる位じゃ済まねーかもしれねーぞ?」
言い訳をする俺に、軽い口調で応えるアロネス・ネーレス。
だが彼の態度が口調ほど軽い物では無いのは解っている。
この剣ただの剣じゃない。おそらく魔剣だ。
「すまない、俺はどうすればいい?」
「そうだなぁ、ギーナにだけこの事実を話す事を許可しよう。ただし内容は伏せてだぜ」
あー、これ多分ギーナ様がまた頭抱えるやつだ。やっちまった。
興味を抑えられなかったんだよなぁ。ミルカ・グラネスの技も見てみたかったし。
俺も素手での戦闘は得意な方だから、余計に見たかった。
「それか」
俺が彼の条件に対しどうした物かなと頭を悩ませていると、彼の声音が変わった。
悪寒が背中を走り、逃げないとまずいと本能が警鐘を鳴らしてくる。
だが、それはすでに遅かった。まずいと感じた時点で詰んでいた。
「この場で死ぬか、選びな」
「―――」
剣が、大量の魔剣が俺の体中に突きつけられている。
首にまるで首輪を嵌めているかの様にぐるりと添えられ、体も少しでも身動きを取れば切れる様に関節部に剣が添えられている。
いつの間にか現れた大量の人形と大量の魔剣。その剣が全て、魔力を吸って唸りを上げている。
「冗談きついな」
「冗談に聞こえるなら、このままスパッと行くぜ」
彼の口調はまた軽い物に戻っている。だがそれが限りなく本気だと感じた。
ウムルとリガラットの国友関係よりも、彼女の技の秘密の方を取ると。
状況的に言い訳のしようがない程こちらが悪いのは明確だ。
けど、これでも俺は立場的にはそこそこ上の方だ。
流石に殺せば不味い事になるのは解っている筈だが。
「頷いたとして、俺がギーナ様以外にぽろっと言ってしまう可能性も有るんだが。その辺はどうするんだい?」
「まあ、あんたならあり得るだろうな。でなきゃここに居ねえだろ」
人に言われるとなんか悔しいけど、事実なのでなにも言い返せない。
喋る相手がギーナ様だけだと、俺罪悪感で圧し潰されそう。
だってこの場合、ギーナ様は俺への八つ当たりも出来ないって事になるし。
秘密にしなきゃいけないってことは、俺はいつも通りに振る舞わなきゃいけない。
胃が痛くなりそう。
「こっちとしてもリガラットと事を構えたかねえ。けど今回の事は笑って許してやるわけにはいかねんだよ。あれはあいつが人生かけて積み上げた物だ。見て良い人間は許された人間だけだ」
ミルカ・グラネスの技か。
正直言って、俺には彼らが何をやっていたのかは良く解っていない。
何か不思議な攻撃をしている事は理解しているが、その程度の認識だ。
でも、それは言い訳にしかならないだろうな。
「だから俺としちゃ、このままあんたの首をはねるのも致し方ないと思ってる」
「・・・本気なのが解るからシャレになってないな。なんとか勘弁してくれないかなぁ」
もし彼が本気で仕掛けてきたら、全力で抵抗してみるかと頭の中で手順を考える。
だが、どうあがいても詰んでいる。ここから逆転する方法が一切見えない。
おそらく現状でも、少しでも逃げるそぶりを見せたらどこかをざっくりいかれる。
「あら?」
だが俺の緊張感や恐怖など知った事ではないといった態度で、彼はすべての剣を引いた。
俺はまだ何も返事して無いんだが、どういうつもりだろうか。
ギーナ様曰く「アロネスは性格の悪い部分を詰めた人間性」と評していた。
今から何が待っているのか、剣を引かれたのに別の恐怖を感じる。
「ギーナに伝えろ。これは貸しだ。ウムルのリガラットに対する貸しじゃない。ミルカ・グラネスのギーナ・ブレグレウズに対する貸しだ」
「ギーナ様個人に対する貸し、って事かい?」
「ああそうだ。そしてもしその貸しを蔑ろにする時が有れば、俺は一切の容赦をしないと伝えておけ。錬金術師の本気がリガラットに向くと思えとな。勿論あんたがこの事を口外してもだ」
「あ、ああ、解ったけど、それで良いのか?」
彼は場合によっては本気で俺を切るつもりだった筈だ。
その割には、提示された条件はかなり優しい。
勿論ギーナ様と俺の胃が痛くなるであろうことは変わらないが。
「あんたじゃ多分解んねーよ。詳細はギーナに聞きな。二人っきりでな。薬師アロネスじゃない、錬金術師イルミルドが本気で敵対するっていえば、あいつなら解るさ」
「良く解らないが、解った。けどそれじゃあんたも色々と不味い事になるんじゃないのか?」
今回の事がギーナ様個人への貸しとなると、彼が報復行動を取った場合に正義が無い。
もしそうなった場合、下手をすればリガラットとウムルの全面戦争にもなりかねない。
「ギーナに聞きゃ解るさ。あいつは勤勉みたいだからな」
彼はそう言うと、今度も一切の魔力の流れを感じさせずに転移して姿を消した。
甘く見ていた。物量で押すタイプの人間だと思っていたら、本人の戦闘能力も尋常ではない。
あそこまでなす術なく背後を取られ、完全に詰んだ状態になるとは思わなかった。
「しかし、彼の言葉の意味はどういう事だろう」
薬師ではなく錬金術師の本気と、彼は言った。
だが結局それは彼本人だという事は変わらない。彼の技術全てでもってと言う事だろうか。
それでもきっとギーナ様に正面切って勝つことは出来ない。あの人は次元が違う。
彼の態度からも、ギーナ様には勝てないと思っている事は解っている。
それでも自信満々にああ言える何かが有るという事だろうか。
・・・とりあえずギーナ様に報告をしに行こう。
せめて一発で良いから殴ってほしいなぁ。多分殴ってくれないと思うけど。
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