第520話勝負を仕掛けに行くのですか?

目が変わった。

様子を見ている目でも、手を考えている目でもない。

勝負を決めに行く目をしている。

未だ仙術の対処は出来ないみたいだけど、それでも来るか。


タロウの全開の強化魔術は話に聞いただけで、実際に視てはいない。

それでもバルフが視えなかったという事は、間違いなく私より動きは速い。

けど、おそらく彼がタロウを見失ったのは単純な速さが理由じゃない。


状況を聞くに、タロウは意図してバルフが目で追えない様に動いたのは解ってる。

バルフ本人もそれは理解している筈だ。ただ速く動いただけならまだ捉えられると。


けどタロウは、それが叶わないまでの体術と戦い方の理解をしている。

人の死角と反応のタイミング、対処しにくい動き方と攻撃方法。

たとえ私より速く動いてるとはいえ、私の攻撃をここまで避け続けるだけの体術を持っている。

樹海に居た頃、強化を落として訓練してたのがいい方向に働いてる。


けど、だからこそ断言できる。

タロウは確かに私と戦える技量を持っているけど、勝る技量は持っていない。

なら、私がタロウを見失う事は確実に無い。

リンねえを超える速度でない限り、体術で私が相手を見失う事なんて絶対に有ってはいけない!


「―――がはっ」


タロウの一挙手一投足に注意を払いながら攻撃を続け、彼の頭にガード越しに蹴りを入れる。

打点をずらされたので彼は衝撃で仰け反るが、足に力が入っている。

後ろに飛ぶ気だろうけど、逃がさ――――。


「っ!」


精霊石がいきなり目の前に現れ、それ越しにニヤッと口を歪めて笑うのが一瞬見えた。

下から飛んできたことは解っている。けど彼は精霊石を取り出す様な動作はしていない。

一体、どうやって。


いや、今はそんな事は後だ。この近距離で精霊石の魔力解放を食らったらただじゃすまない。

完全に捉えられれば、私じゃ死んでしまう。


・・・私が死ぬ様な攻撃を仕掛けてきたか。

そうか、本当に本気になってくれてるね、タロウ。

良いよ、タロウ。全力でおいで。




全力で、叩き潰してあげるから。




「ああぁああぁあああぁあぁあああああ!!」


今まさに力を解放しようとしている精霊石に向けて、浸透仙術を放つ。

魔術で仙術は防げない。けど、魔術は仙術の力でぶち破れる。

魔術の力を超える気功をぶつければ、その力は無力化できる。


世界の力を含んだ魔術を壊す程の力を集めて放ち、精霊石の魔力解放を真正面から撃ち破る。

力と力が相殺した衝撃で凄まじい衝撃音が鳴り響き、その余波で地が抉れて土煙が舞う。


『マワレ、ステル・ベドルゥク!』


ああ、うん、良いよ。

そうだ、本気ならそうでないとおかしい。

けど足りない。そんな威力じゃ私を超えて行けると思うな!


土煙でも隠せない光が向かって来るのを見据え、拳に力を籠めて気功を集める。

集めた気功に『魔力を混ぜ込み』更に別種の力に変える。

そして作り上げた力を、下から打ち上げる様に解き放つ。


タロウの技工剣から放たれた魔力の花は、仙術でも魔術でもない新しい力によって切り裂れた。

その力はそのまま、土煙の向こうのタロウを襲う。


これが私の奥の手の一つ。仙術でも魔術でもない新しい力。

どちらかの力では打ち消せない、特殊な一撃。


「っ!?」


その攻撃の中を、強く光り輝く魔力の刃を纏った剣が私めがけて飛んできた。

私のあの一撃に耐える技工剣か。イナイちょっと本気出し過ぎじゃないかな

内心で少し舌打ちをしながら、飛んでくる剣を避ける。

その瞬間、後方からじゃりっと音がしたのを聞き逃さなかった。


背後を取られた。それも、今日初めて体勢を崩された状態で。

視界の端に、投げた剣を綺麗に上段で受け止めて振り下ろそうとしている姿が入る。

けど、それじゃ甘い。


「んぐっ」


タロウの手を潰すぐらいのつもりで力を込めて、剣を握っているその手に仙術で攻撃を加える。

振り下ろそうとしていた手は当然撥ね上げられ、手も指も折れ曲がって剣がすっぽ抜ける。


どんなに早く動いても、この攻撃の対処が出来ないなら接近戦は勝たせない。

ちょっと体勢を崩した程度で勝機と思ったのなら、あまりに甘すぎる。

今度こそ、さっきの一撃をその身に打ち込む。


「ぐぬがあぁ!!」


だがタロウは腕を跳ね上げられ、剣を持てないその拳で殴りかかって来た。

いや、治しながら拳を振るっている。殴れる状態に、私に届くまでに治すつもりだ。

しかも速度は格段に速い。これが今のタロウの全力強化か。

そうか、さっき離れたのは不意を突く為でもあったけど、精霊石の魔力補充の為でもあったか。


けど、やっぱりこの程度なら問題ない。

速いけど、速いだけだ。タロウの動きが、手に取る様に解るし見える。

防御は体術で対処可能だし、攻撃も仙術で可能だ。

その一撃を躱し、タロウの体勢を崩して攻撃を加える為に浸透仙術を放つ。


「ふっ!」

「っ!」


だがタロウは、浸透仙術の一撃を防いで私に反撃を入れに来る。

やってくれる。そういう風に防ぐか。

彼はきちんと狙って防ぐのを諦め、雑に力を集めて無理矢理放つ事で私の攻撃を相殺した。


無様で無駄な力が入っていて格好悪い戦い方だ。

けど、今のタロウが出来る最善の対処法だ。


タロウの拳が迫る。その拳にも仙術が、気功の力が込められている。

まともに食らえばただじゃすまない一撃だ。


ありがとうタロウ。楽しかったよ。

ここまで本気でやってくれて、ここまで成長してくれて、凄く嬉しい。

タロウなら、私の技をちゃんと使いこなしてくれると信じられる。


「――――かっ、は」


そして、勝負の決まる一撃が入る。

容赦のない本気の一撃。下手をすれば殺しかねない一撃が『タロウ』に突き刺さる。

その一撃でタロウが操る魔術も仙術も、力の流れ全てを断ち切る。

仙術による身体維持の力を操れなくなったタロウは、そのままゆっくりと崩れ落ちた。


「浸透魔仙術。私の、完全オリジナルの気功闘技。最後の身体強化と攻撃術だよ」


意識が完全になくなる前に、タロウに最後に使った技を告げる。

タロウが一人前になったら、勝負が出来る様になったら見せようと思っていた技を。


「約束、果たせなかったね。けど、ちゃんと果たしてくれたよ。ありがとう、タロウ」


礼を言って、もう意識のない弟子を助ける為に力を使う。

意識が有ったから生きていられたけど、意識を失えば死ぬ様な状態なのはまだ変わっていない。

彼が自分の力で自然に動ける状態に回復するまで、私が代わりに彼の体を動かす。


何だかんだ浸透仙術自体は物にしたんだ。

半日程こうしていれば、自分で無意識に生命維持だけは出来る様になるだろう。


ああ、楽しかったなぁ。

・・・残念だなぁ。

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