第519話アロネスさんの居ない間の薬屋ですか?

※普通このタイミングでやる話では無いですが、書きたくなったので書いてしまいました。

 ミルカ戦楽しみにしていた方には申し訳ない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はい、今日の分の薬湯です」

「おお、わりいな嬢ちゃん先生」

「その呼び方は止めて下さい」


アロネスのガキンチョが用意しておいた薬を煎じた薬湯を受け取って、ゆっくりと飲む。

あの小僧が戻ってくるまでくっそ苦い薬だったのが、大分飲みやすいもんにしてくれたもんだ。

古株のババ様は引退するつもりだったらしいから、帰ってくるにも良い機会だったんだろうな。


「あー、うめえ。おかわりが欲しいな」

「もう、ダメですよ。いくら美味しくてもそれはお薬なんですから」

「あはは、嬢ちゃん先生はしっかりしてんなぁ」

「だからその呼び方は止めて下さいって言ってるのに」


頬を膨らます嬢ちゃんに苦笑しながら、薬湯を飲み干す。

とはいえ俺にとっちゃ、間違った事は言ってねえんだがな。

嬢ちゃんは俺に薬を処方してくれる先生だ。

まあ、アロネスのクソガキを先生なんて呼んだこたぁ、一回もねえが。


「あのガキンチョ、戻って来たと思ったらまーたどっかいっちまいやがって。薬残してっから戻ってくるんだろうが、いつになんのかねぇ」

「もしそんな事言ってるのが騎士様に聞かれたら、捕まっちゃうかもしれませんよ」

「はっ、上等だな。あのガキンチョ呼んで来いってはっきり言ってやるよ。あのクソガキがガキの頃どれだけ迷惑かけやがったか考えたら、今更ネーレスさまーなんて呼ぶきにゃなれんね」


あのガキが悪戯小僧だったころを知ってる身としちゃ、英雄様なんて崇める気にはなれん。

イナイ嬢ちゃんやミルカ嬢ちゃんならともかく、リファインの小娘とアロネスのクソガキは偶に昔の事を思い出して頭を引っ叩きたくなる。


「この街の人達というか、昔からここに住んでる人達はみんなそういう事言いますよね」

「ん? ああそうか、嬢ちゃんの両親は元々別の国の人だったか」

「はい、師匠に救ってもらった一人です」

「あー、そうだったのか。じゃあこういうの聞きたくねえか」


しまったな。そりゃあ自分を救ってくれた英雄様の事は、良い様に娘に教えてらあな。

まあ、あのガキンチョが頑張った事は事実なのは解ってんだが、どうにも昔のあいつらと今の称えられてる話が頭ん中で一致しねえんだよなぁ。

特にリファインの小娘は王妃様ときたもんだ。世の中何が起こるか解らんねぇ。


「いえ、私の知らない師匠の話を聞けるのは、とっても楽しいんですけどね。師匠はそういうの全然教えてくれませんし」

「そうなのか。なら色々話してやるぜ?」


どうやら盲目的に小僧を信奉してるって訳じゃないみたいだな。

ならあの小僧の昔の恥ずかしい話でもしてやるか。


ウームロウに闇討ちして撃退されたどころか、しこたまお仕置きを受けた話なんか良いかな。

いや、セルエス殿下が表に出る様になって、舐め切った小僧がボコボコにされた話にするか?

イナイの嬢ちゃんによく叱られて、尻真っ赤にしてたってのも教えてやろう。


いいや、どれでもいい。

片っ端から有る事無い事喋ってやれ。喋んねーあいつが悪いんだ。

昔のお返しだ。俺に浮気容疑をかけやがった事は今でも許してねーぞクソガキめ。







「なんだか、今の師匠からじゃ考えられないやんちゃっぷりですね」

「そうかぁ? 確かに多少大人しくなったっちゃなったが、本質は変わってねえと思うがなぁ」


まあ、今は親父さんの後を立派に継げるだけの人間にはなったのは認めてやるが、やっぱりクソガキはクソガキだ。


「・・・師匠は、少なくとも今の師匠は立派な人ですよ?」


嬢ちゃんが上目づかいで小首を傾げながら、眉尻を下げて小さく呟く。

しまった、ちょっと言い過ぎたかな。

小僧にはいくら言っても罪悪感なんざないが、嬢ちゃんには物凄く悪い事してる気分になる。


「そうだな、今の小僧は確かに立派だな」

「はい!」


内心あんまり小僧を褒めたくないなと思いながら褒めると、嬢ちゃんは満面の笑みで応えた。

まあ俺もあいつが頑張ってねえとは思ってねえさ。

・・・親父さんが亡くなっても折れなかった小僧だ。本心から立派だとは思ってる。

あの頃の小僧はまだ若い。あれは、きつかったはずだ。


「しっかし、あの小僧ももう少し嬢ちゃん先生を労ってやれよな。こーんなに慕ってんのに」


小僧が嬢ちゃんを雑に扱っているのは知っている。

自分から遠ざけようという意図なのは解っているが、嬢ちゃんの献身っぷりを知ってる身としちゃ一発殴りたくなる。

実際一回殴ろうとしたんだけどな。あの小僧、本気で抵抗してきやがったから殴れなかった。


「・・・良いんです。少しでも師匠の手助けになれば、それで。きっと私は弟子として認められないのも解ってます。錬金術の才能も、私には無いですから」


嬢ちゃんは少し寂し気に、年にそぐわない大人びた笑みを見せる。

・・・そこまであの小僧を慕っているか。本物だな、こりゃ。


「安心しな。もうお前さんは小僧の弟子だよ」

「え、い、いえ、そんな事」

「でなきゃ小僧が薬を任せるかよ。小僧が留守の間は嬢ちゃんが全部薬出してんだろう?」

「そ、それは師匠が用意してくれていったからで」

「けどそれを扱えると思って無きゃ、任せたりしねえよ。なんだかんだあの小僧、薬の扱いに関しちゃこまけぇからな」


この間かみさんが俺の薬の飲み方を小僧に言ったら、家まで乗り込んできやがった。

ああいう所は親父さんゆずりだな。


「・・・だったら、嬉しいです」

「ああ、帰ってきたらちゃーんと留守は守ったって褒めて貰いな」


照れくさそうに笑う嬢ちゃんの頭を撫でて、体を伸ばして立ち上がる。


「さて、そろそろ帰るわ。またな、嬢ちゃん」

「はい、様子を見に来てくれてありがとうございます」


俺以外にも気にして様子見に来てんな、これは。

まあ小僧が出かけてから大分たつからなぁ。どいつもお節介焼どもめ。


「じゃあなー。もう夜もおせえし、気を付けてなー」


背を向けたまま手を振り、薬屋を出る。もう外は真っ暗だった。

そしてさっきからずっと薬屋の様子を伺っている連中に視線を向ける。

・・・出て来ねえな。

偶々見てると思ってんのか、バレたところでなんてこたないと思ってんのか。


「阿呆が、あの小僧が何の対策もしてねえと思ってんのか。・・・けど嬢ちゃんを怖がらせんのもな。しゃあねえ、やっか」


頭をぼりぼりとかきながら、連中が潜んでいる草むらの方へ向かう。

ある程度近づいたところで、何かが飛んできた。

それらを軽く受け止めて手元を確認する。

針か。毒でも塗ってあったのかもな。俺にはあんま効かねえけど。


昔毒では死なねえように色々やったからな。

そのせいで今は体ボロボロで、薬を飲みながらの隠居暮らしなんだが。

この体にも効く薬処方してる小僧は、褒めるのは心底気に食わねーがやっぱすげーんだよな。


「今のは良くねえなぁ。今から兵士呼んでくっから、大人しく捕まるなら許してやるぜ?」


連中に殺気を向けるとやっと俺を脅威とみなしたのか、俺を囲う様に動いてきた。

5人か。子供一人攫うのにご苦労なこった。

それに昔と違って、攫ったところで国外には連れてけねえと思うがな。

国境門の出来は、お前らが思ってるよりとんでもねえもんだぜ?


「小僧が居ねえ間に嬢ちゃん攫って言う事聞かせようって腹だろうが、そう上手くはいかねーぞ。今なら未遂で終わる。どうだ、こんなくだんねー仕事させる組織なんか見限ったら」


俺の言葉なぞ聞く気が無いという意思表示の様に、背後に居たやつが短剣を手に襲って来る。

それを後ろ蹴りで腕を弾きあげ、がら空きの喉につま先で思い切り蹴りを入れる。

まともに食らった男は一瞬苦しむような呻きを漏らして、そのまま崩れ落ちる。


「久々にやると手加減が上手く出来ねえな。もうちょっとで殺すところだった。あぶねぇ」


一応鍛錬は止めちゃいねえが、実戦は久々だからな。

手加減抜きの殺し合いならともかく、殺さないように捕らえるってのはちっときつい。


「まあ、そういう訳で下手すっと殺しかねねぇから、大人しく投降したほうが――――」


喋っている途中で、今度は二人がかりで襲って来た。

前後から同時攻撃で振るわれる短剣の斬撃を、時々刃の側面を弾きながら難なく躱す。

こいつらどっかの国の暗部だろうが、暗部だって正面切って戦わなきゃいけない時だってあるんだぜ?


小僧に言う事聞かせるなんてかなりの大作戦だろうが。

なのにこの程度の奴らをよこすって事は、甘く見てる国だな。

少なくとも近隣国じゃねえな。ま、捕まえてはかせるか。幸いにも抵抗してくれた事だしな。


連中の処遇を決定すると、切りつけてきている二人の急所を容赦なく殴る。

二人とも俺の拳を避けられず、一撃で沈んでいった。


「貴様、一体何者だ」

「お、やっと喋ったな」


今喋ったやつが頭らしいな。

なら一応もう一回警告しておくか。


「大人しく捕まって、素直に飼い主吐くなら、悪い様にはしねえぜ?」

「聞こえなかったのか? 何者だ貴様」


おんなじ事返してぇなぁ。つーか今の状況で勝てると思ってんのかこいつ。

まあ良いか、別に。警告はしたし、俺は義務を果たした。


「別に、俺の名なんて聞いても知らねえと思うぜ。ウームロウやカグルエと違って、表じゃ活躍してねーからな」

「っ!」


ウームロウの名で警戒したか。あいつの傍で戦ったやつと言う警戒かね。

けど残念ながら、俺はあいつらみてーな化け物じゃねーよ。


「ま、どうしても聞きてーなら教えてやっけど、とりあえずこういうのは通用しねーから」


俺の注意を誘って後ろから奇襲のつもりだったらしい奴の斬撃を躱し、顔面に思いっ切り蹴りを入れてやる。

手加減抜きで蹴ったから、こいつは死んでるかもな。何か嫌な音したし。


「ミルカの嬢ちゃんの足下にも及ばねえが、こっちも元「ドアズ」なんでな。お前らみたいなのの相手は大得意なんだよ」

「っ、最後の暗部のドアズか・・・!」

「お、良く知ってるねぇ。とはいえそれだけしか知らなかったみたいだが」


今と昔のドアズは意味が違う。

ミルカ嬢ちゃんは本物の拳士としての称号だが、俺のは暗殺者としての称号だ。

今の若い子はもう知らねえが、知らない方が良いわなこんな話。


「さて最後だ。大人しくげろっちまうか、それとも死ぬ方が良い目に合うか。好きな方選びな」


まあ、捕まえても外道な事は今はもうできねえんだけどな。

襲って来たから撃退はともかく、今のウムルで拷問は出来ない。

脅すだけ脅して、上手く行けば儲けもんってところだ。

だが俺の言葉に短剣を構える事で返事をされてしまった。


「交渉決裂だな。じゃあ御大層な忠義でも持ったまま、くっだらねえ任務で死にな」

「なめるなっ!」


およ、早い。

他連中と違い、中々の速さで突っ込んできた。

なるほど、こいつの能力での任務だったって所か。


「とった!」

「ねえよバカタレ」


背後をとっても俺が動かなかったのを、奴は反応出来ないとみて攻撃を仕掛けてきた。

その攻撃に合わせて急所にカウンターを突き入れる。


「阿呆が、お前みたいなのとどれだけやって来たと思ってんだ。正面切って堂々とやって負ける力量じゃ無けりゃ、どうとでもなるっつの」


溜め息を吐いたら息が有るかを確かめ、どうやら全員運良く生きている事を確認する。

顔面思いっ切りやったやつもまだ生きてたわ。首変な方向に曲がってっから大分やばいけど。


「流石ですね、元ドアズは伊達じゃないって所ですか」

「見てたんなら手伝えよ。っていうかお前らも警戒しておきながら何こんなやつら街に入れてんだよ」


全てが終わってから近付いてきた兵士に悪態をつく。

こいつら最初から気が付いてやがったな。あんま年寄りに無理させんなよ。


「ちゃんと身分証を持っていて、まだ何もしていない一般人相手でしたからね。実行に移すまでは何も出来ません。さっきまではただ草むらに身を潜めていただけですから」

「へーへー。ほんと、生きにくい規律になっちまったもんだな、ウムルの兵も」


俺が現役の頃を考えると、息が詰まっちまう。

そう考えれば、いい塩梅の引退だったのかもしんねえな。

俺じゃあ亜人共に正面切って戦うなんてできやしねえしな。


「じゃあそいつら任せたぞ」

「はっ、ご協力ありがとうございました!」

「ぬかせ」


まったく、やらなくて良い仕事しちまった。

あーあ、帰んの遅くなってかみさんにまーた怒られんじゃねえか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る