第516話タロウへの期待と八つ当たりですか?

思ったより速い。この速度を持続出来るのか。

聞いてはいたけどあの魔術、びっくりするぐらい無茶苦茶だ。

イナイも気が付いて伝えて無いんだろうけど、かなりふざけた技術だ。


タロウは同系統の魔術の二つ重ねの身体負荷を、仙術で誤魔化しているだけだと思ってる。

そんなのは間違いだ。ただそれだけで出来るなら、もうとっくに私がやってる。

あれはタロウだからできる技術だ。

タロウは身体能力の低さを自覚していたから、身体強化に関しては初期からかなり真剣に習得していた。そこから更に精度を上げた結果もあるか。


今更だけど、本当に詰め込み過ぎだね、タロウは。

一人の人間に詰め込まれてる技じゃないよ、それ。

それだけ必死だったって事も有るんだろうけどさ。


魔術を息を吐く様に使える域でなければ、まず二つ重ねなんて絶対出来ない。

根本的に魔術を制御している事がおかしいんだ。

セルねえと同じ物を見れるタロウでなければ、こんな無茶は出来ない。


そしてそんな無茶をすれば当然魔力は足りなくなる。

足りない魔力を精霊石から引き出す? あんまりに馬鹿げてる。

ただ力を使うだけならともかく、錬金術の精錬で一度力の塊になった魔力を体に循環なんて、魔術が失敗した時の負荷が可愛く見える負傷を負う筈だ。

体が爆散したって、何の不思議もない。


何より仙術と魔術と錬金術の制御を同時にやりながらあの動き。

体捌きがあまりに自然で綺麗だ。

あんなに暴発しそうな気配のする魔力を纏いながらする動きじゃない。


本当に今更だけど、タロウは濃い鍛錬と戦績を持ち過ぎだね。

手加減してたとはいえ私達と戦って、真剣勝負でバルフ達とやって。

この数年間の間に、普通の人間ならもう何回死んでるか解らないよ、タロウ。


それでもきっと、タロウは自分を強いとは思わないんだろうね。

でも、それで良い。私達は強くないから強くなれる。

タロウ、私達はこの世界では指折りの弱者だ。下手をすれば子供にも容易く負ける。

でも、弱者だからこそ工夫をする。努力をする。タロウのそれは弱者の努力の結果だ。

私と同じ、セルねえと同じ、弱者の力だ。


リンねえっていう才能の塊に勝つ為に磨いたこの力を託すのに、相応しいと本気で思える。

セルねえも今のタロウを見たら、前みたいに喜ぶだろうな。

あれは強い人間がやる技じゃない。弱いからこそ使える様になった技だから。

セルねえも私と方向は違うけど、才能が無い人間だ。無いからこそ至れた境地に立っている。


悪いけどセルねえ、先に楽しませて貰ってるよ。

私には時間がもうないから許してよね。


そこでふと、イナイの事が少しだけ気になった。

目を一瞬イナイの方に向けて様子を見ると、心配そうな顔でクロト君を前に抱いていた。

一切止めに来る様子が無いから信じてくれているのだとは思うけど、イナイ姉さんにあんな顔させてるのは少しだけ申し訳ない。


「ふっ!」


私の目がタロウから切れたその一瞬、彼は躊躇なく突っ込んできた。

良いよ、それで良い。真剣勝負の最中に意識を逸らした私が悪いんだから。

視界の端に捕らえたタロウの拳をゆるりとずらし、軽い裏拳を顔にパシッと当てる。

これは負傷を与える為の攻撃ではなく視界を塞ぐ為の攻撃だから、解っていても避けるのは中々難しい。


タロウもそれは理解しているので反射的に後ろに下がろうとするが、突っ込んできた勢いが強すぎて反応が少し遅い。

おそらく私の手の角度から位置を予測しての拳を放ってくるが、それを躱して仙術を込めた一撃を腹に突き入れる。


「うぐっ」


痛みで呻き声を漏らしながらも、体を止めずにタロウは一度下がった。

やっぱり速いな。向かって来てくれるなら対処は出来るけど、追いかけるのは無理そうだ。傷もあの一瞬で治している様だし、やっぱり無茶苦茶だ。

でもあの速度なら対処は出来る。

タロウがもう少し技量が高ければ辛いだろうけど、まだまだ今のタロウじゃ私の技には追いつけない。


・・・やっぱり、贅沢を言うならもう少し後にやりたかった。

タロウが気功を弱めての訓練をしてるのを見て、いつかは私の所に辿り着けると確信できてた。

気功仙術だけの話じゃない。

その体の使い方、体術における極地への道にいつか向かうと思ってた。


「―――っ」


少しだけ、その悔しさと八つ当たりを込めて、タロウに浸透仙術を放つ。

酷い八つ当たりだ。

今のタロウとやれて楽しいのに、今のタロウとやってるから悔しいなんて。


まだ見えていないタロウは仙術を無防備に顎に食らい、脳を揺らす。

けど今のタロウにそれは決定打にならない。

意識が飛ぶ前に無理矢理仙術でつなぎ止め、その場から素早く移動した。


「そう、見えないのに止まってたら、今みたいな事になる」


相手の攻撃が見えないなら、動き回って散らすしかない。

例え意識を断ち切る威力じゃないとしても、重ねれば誤魔化せない負傷になって行く。

なら出来る限り食らわない様に足を止めない様にするしかない。


「けど、いつまでもつかな」


タロウのあれは、自分でも理解してると思うけど本当に無茶苦茶な物だ。

魔力的な意味でも、身体負荷的な意味でも、いつまでも使っていられる技じゃない。

私の攻撃を躱す為に動き続けるなら速度は落とせないから、体力的にも限界が来る。


だから、タロウは向かって来るしかない。

タロウの遠距離仙術は私に通用しないし、魔術は尚の事対処出来る。

攻撃に仙術を込めるでも、近距離で放つしか今のタロウには攻撃の術がない。


「―――ふっ」


タロウは右から攻撃する振りをして、全力で反対側に移動。

そして私の顎を狙ってくるのを横目でしっかりと視認しながら、その拳が当たらないギリギリに体をずらす。

タロウも流石に避けられるつもりで放ったらしく、そのまま裏拳に移行して来た。


その裏拳も体を回す様にして躱し、腕をとって頭から落とす様に投げる。

腕関節を極めながら投げているので、タロウは踏み留まらない。

むしろ自分から勢いよく投げに向けられた力の向きへ移動し、腕を抜くついでに膝蹴りも放ってきた。


極めきれないと判断して、私も素直に手を離して膝蹴りをタロウが私を背にする様に弾き、背中に蹴りを入れる。

タロウは背を向けた時点で地面に片足をついており、全力で飛びのいてその蹴りを躱した。

そしてタロウはまた止まらずに、私に打ち込むタイミングを探る。


「うん、悪くない。けど、やっぱり甘い」

「がぼっ!?」


タロウの動きが一瞬止まり、驚愕の顔で私を見ているのが判る。

すぐに立ち止まるのを止め、またさっきと同じ速度で動き出す。


「がっ、ぐあっ!?」


けど、それもすぐに止まる。

見えない攻撃を、連打で貰って動けなくなる。


「考えが甘いよタロウ」


今打っている攻撃は、さっきの打突の時に放った一撃と同じ様に打ち込んでいる。

別に動かなくたって、やろうと思えばやれる。

実戦で、相手が一度やった行動が全てなんて思うのは、あまりに甘い。

それに目で追えて攻撃を対処出来る時点で、タロウの動きから移動先を予測するぐらい容易い。


「さあ、どんどんいくよ」


今のタロウならあの負傷もすぐに回復出来る。

でも何度もやっていたら、魔力がすぐに尽きるだろう。


けど、ギリギリまで追い詰めたあたりからタロウは本番だ。

今はまだ、手段を模索出来る余裕がある。

打てる手段が見つからないところまで、もう一度追い詰める!

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