第515話初めての二乗強化の実戦です!

「ぎっ、ぐっう・・・!」


全身を襲う激痛に耐えながら、着地を狩りに来たミルカさんの一撃を弾く。

そしてその防御のついでに彼女の体に手をついて体を捻り、足から着地。

着地した俺の顔面に襲い来る前蹴りを、首を横にずらして躱しながら突っ込む。

若干カウンター気味に直突きを放つが、彼女は最低限の動作でその拳を躱した。


「っ!」


後頭部に痛みが走る。多分前蹴りの引き戻しの踵で打たれたんだろう。

その衝撃で体が前に倒れると同時に、彼女を視界から見失う。

さっきの踵蹴りの後、地面と俺の背中を蹴って背後に飛ばれた。

慌てて体を起こして後ろに振り向くと、視界に入ったのは彼女の蹴りだった。


「ぐぬっ!」


その蹴りを、体を仰け反らしてブリッジに近い体勢になって何とか躱す。

地面を手で弾いて体を起こそうとするが、また引き戻しの踵が俺の腹に襲い掛かる。

手が既に地面から離れかけていたが、指先だけで地面を弾き、足にも無理な体勢に付きあわせる様に力を入れる。


ブリッジの態勢で横っ飛びという、なんとも格好悪い避け方をしてごろごろと地面を転がる。

途中で手をついて体を素早く起こして構えるが、今度は追撃は無かった。


「待ってあげるよ。本気でやる気になったみたいだし」

「それはどうも」


俺は懐から精霊石を取り出して飲み込む。体内で魔力を開放し、魔力を体に巡らせる。

実は今の一瞬で魔力が尽きかけていた。

2乗強化は本来の制御可能以上の力を使うせいか消費が大きい。


素の状態では、あの一瞬で残りの魔力をほぼ全て使ってしまった。

実験、鍛錬で使う時と違い、全力使用での二乗強化の魔力消費は半端じゃないな。

既に4重強化も使っていたし、魔力が全然足りない。


「内臓の怪我もあの一瞬で治療か。その技、魔力の消費に目を瞑れば、セルねえに届きかねない物だね。多分誰にも真似できないけど」


確かにこの力をうまく使えれば、セルエスさんの攻撃力に届くかもしれない。

問題は制御が雑になる可能性が有るから、攻撃魔術に使うと自分も巻き込みそうって事だけど。

それに一撃だけ届いても後が続かないから、結局魔術じゃ勝負にならないけどね。


治療の二乗仕様は初めてやったけど、一瞬で治ったし瞬間的な状況改善にはかなり有用だな。

精霊石が切れてるとその後戦闘できないけど。

それにしても、何で待ってくれたんだろう。

ミルカさんの性格を考えたら、精霊石を飲む時間も戦闘中に作れって言いそうなもんだけど。


「態々待たなくても、これぐらい自分でどうにかしたよ?」

「解ってる。私がそうしたいだけだから、気にしなくて良い」


ああ、成程。単純に彼女が見たかっただけか。

ならその望みを叶えさせてあげよう。俺は精霊石を追加で三つ飲み込む。


「・・・無茶苦茶だね」


俺の行動に彼女は小さく呟いた。

飲み込んだ精霊石を全て魔力解放させ、体が破裂するかと錯覚する程の魔力が体中に走る。

仙術の負傷と相まって頭に花火が上がったのかと思う様な痛みが走るが、歯を食いしばって耐える。

これならそうそう魔力切れは起こらない。


「いくよ、切り札も全部切らせて貰う」

「それで良い。そうじゃないと意味が無い」


彼女は楽しそうに笑っている。

応えられる域にあるかどうかは解らないのだけが、少し申し訳ないな。


とりあえず2乗強化じゃ彼女の速度に追いつけないのは解った。

速度だけならもう上回っているけど、少し早いだけで対応できていない。

根本的な技量が彼女の方が上なせいで、速さが少し上では通用しない。


なら、もう一段上げればいい。


「うぐぅっ・・・!」


痛みを堪えながら、一つだけ段階を上げる。

通常の2乗強化に竜の魔術の強化を加える。

更に強化を加え、2乗強化の二重強化をかける。


「ふっ!」


魔術が仕上がると同時に全力で走り、彼女に拳を突き出す。

彼女の目はしっかりを俺を追っている。完全に俺の動きは見えている。

やっぱこの程度の速度じゃ、この人が見失うなんてことはないか。


突き出した拳は綺麗に弾かれ、弾いた動作と同時に攻撃が降ってくる。

けど、その速度はゆるりとした動作に見えた。

やっぱり速度自体は、この状態なら俺の方が上回っている。


彼女の攻撃を躱して、再度拳を打つ。

だけどそれも当たらない。速度は間違いなく俺が勝っている筈なのに、俺の攻撃はすべていなされる。

連打を重ねるが、その全てがまるで読まれているかの様に躱され、ずらされる。


フェイントを仕掛けて攻撃しようとしたら、そのフェイントで引いた拳について来られた。

やべえ、何その見切り、おかしいって。


「がっ」


振りかぶる様な動作は一切なく、彼女は俺の腹に拳を突き入れる。

なのにそれは、内臓が飛び出るかと思う様な威力だ。

痛みで動きが止まりそうになるのを堪え、超近距離に居る彼女を捉えようと拳を放つが、その全てを躱されて距離を取られた。


「まだまだ甘い。その速度じゃ、もっと上手く体を使わないと私には当たらない」

「くっそ、ほんとその目おかしい」


何を判断基準にしているのか疑いたくなるくらい、見切りの速度が速すぎる。

雑な攻撃を仕掛けているならともかく、細かい連打を重ねているのに当たらない。

訓練時とは真剣さが違うせいなのか、掠りもしねぇ。


「それに」

「あだっ!?」


頭に衝撃を受けて仰け反るが、今度は回転する事無く堪える。

またさっきの見えない攻撃だ。

今は強化の度合いが違うおかげか、さっきより痛くない。


「これに対処出来なきゃ、速度で勝っても当てられない」

「そりゃそうなんだけどさ」


実際その通りなんだよな。

2乗強化の3重強化をしたら、多分負荷で倒れる可能性が高い。

となるとそれを使うのは、使って効果があると判断した瞬間だけ。


ぶっちゃけ今の2重強化でも結構いっぱいいっぱいだし、そもそも3重にすると魔力が一瞬でなくなるからな。

疑似魔法の2乗強化は、仙術での身体維持の負担もデカい。そう簡単に使えない。

多分あれも世界の恩恵とかがん無視で使う魔術なせいだろうなぁ。


だっていうのに、それを使って勝負を極めに行った結果、あれを食らって無意味に終わるっていうのは流石にお話にならない。

たぶん、彼女は3重強化でも見える。間違いなく俺を見失う事はない。

最低限、あの攻撃を躱せなければこっちの攻撃を潰されるのは目に見えている。


「さあ、タロウ、魔力が尽きる前に答え合わせ頑張ってね」

「答えは教えてくれないんだよね」

「口で言っても、体が覚えなきゃ使えない」


うーん、スパルタ。まあ、実際そうなんだろうけどさ。

浸透仙術自体も口で言われて使えたかって言われたら、使えたとは言えない。

多分こっからは、また見えない攻撃が沢山降ってくるんだろうな。


ただ解らないなりに一つだけ解っている事がある。

彼女が動作無しで放つ攻撃は、あんまり威力がない。

いや、威力が無いわけじゃないけど、比べると弱いんだ。


俺の内臓を破壊した一撃の時は、彼女は打突の動きをした。

つまり威力のある攻撃の際は動作が要る。

手の届かない距離での攻撃動作には細心の注意を払おう。


仙術使いに対応する普通の人の気持ちが今わかった気がする。

見えない攻撃って本当にきついな。

俺の場合仙術の特殊なダメージは軽減されてるから、本当の意味では違うけど。


「いくよ、タロウ」

「うぃっす!」


精霊石の数はあと十数個。

最低でも、最後に一撃入れる為に3つは要る。

そこまでに何とかしないとな。

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