第514話まだ少し甘いようです!

やっべ、完全に極まってる。

ここまで綺麗に極まっているのを正攻法で抜くのは無理だ。

しかもさっきの仙術、殆どまともに食らってくっそ痛い。

ただ食らったのは気功のダメージで、衝撃のダメージはそこまで大きく無かった事が救いか。

普通は逆なんだろうけど、俺はこっちのがましだ。


「タロウ、さっきからタロウを動かしている力は、一体どこに在る。それが解って無いなら、私の技は躱せない」

「が・・・ぐ・・・」


なんすかその謎かけ。俺を動かしてる力?

現状俺を動かしてるのは間違いなく浸透仙術の力だ。

これが無ければ今の俺は指一本すら満足に動かせない。


浸透仙術の力は、自分の力よりも周囲の力を使っている。

勿論自分の力も同じ様に使えるけど、消耗しないで済むなら周囲から使った方が良い。


あ、ちょっと待って、痛い痛い。マジ折れる。

考え事してる余裕ないってこれ。


「ぐぬぁ!」

「んっ?」


仙術と魔術で三重強化をして、極められていない方の手で無理矢理体を跳ね上げ、極められている方向に体を持っていく。

ミルカさんの眠たげな顔が視界に入ると同時に拳を顎に狙いつつ、腕を引き抜く。

彼女は俺の背中に乗っていたので当然撥ね上げられているが、一切動揺した様子などなく、むしろ素直に腕を離して俺の拳をあっさりと躱す。

そして俺の頭を掴んで地面に叩きつけ、その反動で俺から距離を取った。


あの距離かつ不安定な状態で当たり前に躱すって、ほんと流石としか言いようがない。

なんて考えながら地面を叩き、体を跳ね上げて構えをとる。

うーん、まだ魔術を使いながらの仙術の調整が上手く出来ない。

動かすたびに体が軋むのは、間違いなく制御出来てない証だろうな。


「ぐっぬ、あの体勢で躱すどころか反撃とか、相変わらずおかしい」

「それを言うなら、さっきの抜け方も少し無理矢理が過ぎる」

「だと思う。力ずくだったし」


ミルカさんごと体を持ち上げて動かしたわけだから、かなり無理矢理だ。

彼女が軽い上に三重強化なんて使えるから出来た芸当で、普通なら極められた時点で詰みだ。

とはいえ今なら治癒魔術も使えるから折られてもどうにかなりはする。

わざと折られて抜け出すってのも手は手だ。

ただその後に、治療の暇を与えてくれるかは別の話だけど。


「なかなか苦労してるみたいだね」

「ちょっと、いやかなりキッツい。気功仙術の時もそうだったけど、調整失敗すると激痛が走るのが辛い」


でも泣き言ばかりも言っていられない。

目の前の人物はこれを当たり前にやっている上で、魔術の強化も同時に出来る。

つまりこれが出来なきゃ、まず殴り合いもまともに対応できないって事だ。

まださっきの良く解らない攻撃の種も解って無いし、せめてまともな殴り合いぐらいどうにかしないと。


「さて、休憩は終わり?」

「付き合ってくれてどうもありがとう!」


相変わらずの眠たそうな顔で、小首をかしげるミルカさん。喋って休憩してたのばれてら。

俺の休憩に付き合ってくれた事に礼を言いつつ、今度は4重強化で突っ込む。

とりあえず素直に連打を放ってみるが、普段通りに対応されていなされた。

それどころか合間合間にカウンター食らうから、そのダメージへの対応で仙術の加減がぶれて痛みが走る。


「ふっ!」

「かはっ」


レバーに一撃良いのを貰い、体がくの字に折れた。

この人今はまだ仙術強化しかしてないのに、なんて一撃だよ。

4重強化と身体保護が、まるで意味をなしていない。

単純に身体強化の効果だけじゃなくて、武術の技としての打ち方が上手すぎる。


「がぁっ!」

「っ!」


けど敵わないなんて元から知ってる。知ってるからこういう大きい一撃を待っていた。

細かいカウンターを何度も貰いながらも、我慢して連打を重ねたのはこの為だ。


痛みと衝撃で体勢が崩れているのも構わず、無理矢理打撃を打ちに行く。

彼女の表情が微かに視界に入るが、少し硬い表情で俺の拳を見ているのが見えた。

この軌道なら、このタイミングなら、完全に捉えられずとも多少のダメージは与えられる筈。


「っ!?」


けど彼女の顔の手前で、手が見えない何かに撥ね上げられた。

これはさっきの見えない攻撃か。こういう使い方してくるのか。

てことは彼女の視界に収まっている攻撃は、一切が通用しないって事じゃないか。

それは流石にちょっと反則過ぎませんか。


「甘い」

「ぐぶっ」


元々攻撃を食らってる上に無理矢理打ちに行った攻撃を弾かれ、完全に無防備な胴体に綺麗に正拳を撃ち込まれた。

衝撃音が周囲に響いてその威力を誇示し、打たれた俺はその力を完全に受けて意識が一瞬飛びそうになる。

今の一撃、仙術も使って放たれてた。

気が付いて全力防御しなかったら、内臓がぐちゃぐちゃになってたところだ。容赦ないな。


「がふっ、げふっ」


なんとか膝はつかずに構えるが、内臓の損傷そのものは逃れられてないので血を吐いてしまう。

不味い不味い、早く治してしまわないとどんどん動けなくなる。

浸透仙術を回して自己治癒能力を上げながら治癒魔術を使い、気功のダメージの激痛を根性で我慢して傷を治す。


「対応が遅い」

「ぐうっ!」


けど流石にさっきの休憩と違い、彼女は待ってくれなかった。

さっきは休憩してたけど、一応対応出来る様にしてたからな。

今は構えてるといはいえ、治癒にも意識が行ってるから体がうまく動かせない。

治療で激痛が走ってるから、尚の事動きが鈍って攻撃が捌けない。


「ふっ」

「へっ?」


前蹴りが来たので両腕で防御をしていたら、打撃の衝撃が全くなかった。

代わりにグンと押し出される感触と共に、宙に蹴り上げられてしまう。


「あ、やばっ!」


撥ね上げられて動けない俺を狙うミルカさんを見て、危険を察知。

仙術を狙い撃ちする気だ。力を集めているのは全然見えないけど、この状況で何もしないわけがない。

慌てて俺も防御する為に力を集めるが、彼女の攻撃を見て戸惑ってしまう。

動きは確かに打突を放っているが、ただそれだけにしか見えなかった。


「え?」


それがまずかった。

何も考えずとりあえずこっちもぶっ放しておけばまだ良かったのに、彼女の攻撃が見えなかった事で動きを止めてしまった。

さっきから彼女の見えない攻撃を何度も食らっていた筈なのに、見える攻撃をしてくると思って対応を間違えた。


「ぐぷっ」


見えないに何かを空中でまともに食らい、血を盛大に吐き出す。

内臓を複数潰された。浸透仙術を使えるせいで負傷が良く解る。

仙術で命を回しても、対応が不可能な損傷具合だ。

これは冗談じゃ無くヤバイ。全力で治癒魔術を使わないと流石に死ぬ。


「・・・マジ、かよ」


宙を舞い、完全に致命傷を負っている俺に、追撃をしようとしている彼女が視界に入った。

確かにまだ、魔力に余裕のある今の状態なら復帰は可能だ。

けど、それでも本当に容赦ないな。さっきのも俺じゃ無かったら、既に気功を体中に回してる俺じゃ無かったら死んでる一撃だったし。


いやきっと、加減はしてくれているんだろう。とりあえず即死はしない程度には。

死ななきゃ何とか出来ると多分思われてるんだろうな。


「・・・クソッタレ」


ただ、彼女の容赦のなさが、本当に真剣なんだと思えた。

今までも容赦がない訓練は何度も有ったけど、ここまで酷い状態で追撃をされた事はない。


まだ俺は心のどこかで、いつかもう一度なんて考えてたみたいだ。

今の罵倒は自分に対する物だ。まだ甘い考えを持っていたクソッタレな俺に対してだ。

甘えてんなぁ、ほんと。どこまで甘ったれなんだか。


今の状態で制御できるか不安なんて甘えは捨てろ。痛みなんて良い気付けと思え。

どうせ今のままじゃ絶対に勝てないどころか、相手にもなってないんだ。

何の為に訓練してたんだ。こうやって本気で勝負をする時に使う為に訓練してたんだろうが。


やる事は変わらない。

気功仙術だろうが浸透仙術だろうが、体の状態を無理矢理保って使うのは同じ事。

初の2乗強化での実戦がミルカさんなんて、贅沢な相手だろうが!

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