第513話ミルカさんの期待ですか?

アロにいが言っていた時間より薬の切れが早い。

いきなり吐き気が来たから狼狽えてしまった。

タロウに少し危機感を持たせようとしたのに、失敗したじゃないか。


一応やる気になってくれたみたいだから結果は上手く行ったけど、もうちょっとで台無しになる所だった。

アロにいめ、帰ったら文句言ってやる。

普段あれだけ薬師だ薬師だ言ってるくせに、こんなに効果が早く切れる様な薬出すとか。


吐き気が辛い。辛いけど、常時この状態ならまだ耐えられる。

その為に今日は食事をせずに来ているのだし、苦手な匂いは今ここには無い。

これ以上吐き気が増す要素は、今のところない。


本当は無理矢理にでも抑える方法は有るけど、それをやるとおそらくこの子に悪影響がでる。

この子は絶対に守ると決めている以上、それは出来ない。

たとえ私の体が壊れても、この子には一切の負傷は負わせない。


「ふぅー・・・」


軽く息を吐き、体の状態を整える。

本気でやるつもりなのに、ここまで体が自分の意志と違う状態なのはいつ以来だろうか。


初めてこの力を手に入れた時が懐かしい。

皆に内緒でこの技を教えて貰うまでは、こんな風に思い通りに動いてくれなかった。

私が師と呼んだあの人は、まだ生きているだろうか。

最後に会った時は大分お爺ちゃんだったから、もう亡くなっているかもしれない。

あの日、満足そうな笑顔で別れたのは、今でもよく覚えている。


私も会えたよ、貴方と同じ相手に。

貴方が私に技を教えた時、私が覚えた時、本当に嬉しそうだった理由が凄く良く解った。

きっと今の私と同じで、自分が見ている物を理解出来る人が居なかったんだね。


貴方が居なくなって、誰も私の技を理解出来なくて、気功仙術ですら誰も使えなかった。

そんな中、彼が現れてくれた。タロウが現れてくれた。

この世界の人間とは違う、貧弱な命と貧弱な体。

それが解ったからこそ、リンねえが彼を助ける事に一切の文句なんかなかった。

ほおっておけば、きっとすぐに死ぬ未来が予想出来たから。


タロウはどれだけ体を鍛えきっても、身体能力ではこの世界の人間には絶対に敵わない。

人の命の力の強さが解る私には、最初からそれが理解できていた。

だから彼に技を教えた。強者に勝つ為に磨いた弱者の牙を、心を、彼に叩き込んだ。



そして仙術を、強者を屠れる猛毒を、彼に教えた。

彼が諦める可能性を考えつつ、もしかしたらという想いを持って。

いつかその先に辿り着く事を、ほんの少し期待して。

そして彼は、その期待に応えて辿り着いてくれた。仙術の深奥に手をかけた。


さっきはああいったけど、タロウはちゃんと浸透仙術を使えている。

でなきゃあの状態で体を動かせる筈が無い。

浸透仙術の本来の使い方自体は、タロウの認識で大きく間違ってはいない。


けど、それじゃまだ足りない。私の技には届かない。

浸透仙術を突き詰める事で編み出したこの技に至れない。

なら、使わせるしかない。使って使って、その技の在り方を理解させるしかない。


それに、楽しみだったんだ。誰かとこの技を打ち合える日が来るのが。

タロウの力量を考えたらまだ早いのは解ってるし、酷い我儘なのも良く解ってる。

でも、同じ技で打ち合える日が来るのが、とても楽しみだったんだ。


タロウ、今なら良く見えるでしょ。私がどれだけ弱いのか。

こんな押したら倒れそうな人間が、ウムルで無手最強の闘士なんて言われてるんだよ。

本来の私は、タロウより弱いんだよ。


けど、私は弱いから強くなれた。弱いから体を十全に使える。

この体の全てを把握し、掌握し、ほんのわずかな震えすらも自分の意志で可能に出来る。

自分が弱いからこそ突き詰めた、繊細な力の使い方が出来る。


タロウにも出来るはず。今は出来なくても、きっと出来る。

浸透仙術を物にしつつあるタロウなら、きっとその先に辿り着ける。


だから、最初で最後になるかもしれないその到達点を見せる為に。


「いくよ、タロウ」


普段の半身の構えをとり、私に打つ為に力を集めているタロウに宣言する。

ただ普段と違うのは、右手を前ではなく左手を前にしている事か。珍しいけど、おそらく利き手で放つ為にあの態勢なんだろう。

見ていると、まだ少し制御が甘い。自分の体を動かす分と留めておく分の同時制御が上手く出来ていない。

やっぱり使わせる方向にもっていって正解だった。


「―――――っ」


何時もより少し動かしにくい体を効率よく動かし、仙術による一撃を放つ。

同時にタロウも相殺する為に放ってきた。

この辺りは私の訓練と言うよりも、セルねえの訓練が良い仕事をしているのかもしれない。

ちゃんと打ち消せる威力まで何とか調整している。


打ち方が少し荒いし力が散ってるけど、まあ合格。

むしろちゃんと相殺出来る威力まで制御しきった事を褒めるべきか。

あのガタガタの体では、制御に失敗すれば力を放つどころか体が完全に壊れる方が先だ。


少しだけタロウ寄りの何もない空間に、大きな衝撃音と土煙が巻き起こる。

びりびりと空気を伝う音は、それだけ衝撃の強さが在ったのだと誇示している様に聞こえた。


「ふっ!」


タロウは土煙の中をまっすぐに疾駆し、拳を放ってきた。

さっきまでと違い動きが早い。おそらく浸透仙術で身体強化をし始めているのだろう。

自分の体の負傷を気にする事を止め、格上に勝つ為に今使用可能な技術を全力で使い始めた。

けど、それじゃまだ話にならない。


「遅い」


私も今は強化をしている。その程度の速度じゃあくびが出る。

その拳を難なく打ち上げて、同時に懐に踏み込んで顎に肘を打ち上げる。

タロウは避けられずまともに食らい、仰け反った頭に回し蹴りを入れに行く。


「ぐうっ!」

「っ!」


だがその回し蹴りが当たる直前に、タロウは自ら当たりに来た。

私の蹴りに頭突きをするなんて、いい度胸をしている。

例え頭に気功を回して更に魔術で保護をしているとしても、それでも思い切った行動だ。

おかげで打点がずれた。あれじゃ意識を断つ威力には程遠い。


さっきのタロウの呻き声は蹴りを食らった痛みじゃなく、仙術の制御の粗さによる物だ。

保護魔術と強化魔術も使って対処した事で仙術の制御が甘くなり、体中に痛みが走ったせいだ。

本当に本気になったみたいだね、タロウ。


「ふっ!」


足を跳ね返され、少し体勢の悪い状態の私の顎にタロウの拳が迫る。

さっきの一撃より速く鋭い。けど、まだまだこの程度じゃ遅い。

私はその拳から目をそらさず、拳が触れた瞬間に拳についていく様に頭を回す。

そして私の顎を捉えられられなかったその手首を掴み、肘関節を極める。


タロウは腕を折られない様に体を落とすが、私は更に彼の胸に仙術を叩きこむ。

だがタロウは腕を極めた方向に逆らわないどころか、自らその一撃に当たりに来て気功を後ろに抜こうとした。


「甘い」

「がっ、はっ」


タロウは気功を後ろに抜く事が出来ず、まともに気功の一撃を食らって動きが止まる。

止まったタロウを地面に叩きつけ、その際に背中に肘を打ち込む。

腕は極めたままなので、タロウは躱す事もずらす事も出来ずにまともに食らった。


「げぶっ」

「気功仙術なら今ので何とかなっただろうけど、浸透仙術相手に今のは悪手」


気功仙術相手なら、今の対処でも間違いじゃない。

あれなら胸を殴られる痛みは有るけど、それ以上の痛みは感じない。

私が放った一撃が浸透仙術による物だと解っていながらあの受け方をしたって事は、やっぱりまだこの技を理解しきれていない。


「タロウ、さっきからタロウを動かしている力は、一体どこに在る。それが解って無いなら、私の技は躱せない」

「が・・・ぐ・・・」


タロウからさっきより強い魔力を感じる。多分強化の段階を上げたんだろう。

さっきのは多分、一つしか強化魔術を使ってない状態。今は2つ目を使い始めた所か。

今歯を食いしばって耐えているのは、腕を極められている痛みでは無いだろうな。

でも腕が完全に決まっているし、このままだと抜け出せない。


さあタロウ、どうする?

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