第512話約束です!
「はぁ・・・」
血反吐を吐きながら転がる俺を見下ろし、ため息を吐くミルカさん。
俺は俺で肩が外れて、今頑張ってはめている所です。
体の状態が手に取るように解るので、はめるのは普段より簡単に感じる。
「ぐっ、つう!」
とはいえ、痛みはどうあがいても有るので、はめる際に呻きが出た。
はまった際の痛みに耐え、ゆっくりと立ち上がる。
肩の調子を確認しつつミルカさんを見ると、彼女は残念な物を見る様な目で俺を見つめている。
「タロウ、ちょっと頑固過ぎない?」
「あてて・・・いや、まあ・・・」
段々この状態の動かし方に慣れてきた体の調子を確かめつつ、どう答えたものかと口ごもる。
彼女は相変わらず俺が攻撃に転じない事が気に食わない様だ。
けど、こっちだってそう簡単に思考は変えられない。
さっきミルカさんに言われた事ぐらい、流石に元から自覚している。
俺が完調の状態で全力を出して戦っても、きっと彼女には勝てない。
俺と彼女では、まず技量が違い過ぎる。
強化して戦っても、最低でも彼女の倍以上の速さで動けて何とか話になるレベルだ。
おそらく二乗強化の三つ重ねを使っても、間違いなく彼女は対応してくる。
俺のあの速度は、まだリンさんに追いついていない。
リンさんに勝とうとしていたこの人が、俺の速度について来れない筈が無い。
それに、完全に入れば格上でも倒しうる可能性を持つ仙術が、この人に対しては効果が無い。
この時点で彼女に言われるまでもなく、俺が彼女の身を案じるなんて鼻で笑われる様な事だって自覚はある。
それでも、やっぱり、出来ない。
それとこれとは、話が違うだろう。
ただ強い弱いを理由に打ち込める様な事じゃ無い。
「要は、俺がさっきから食らってるのを覚えれば良いんでしょ?」
「それは、そうだけど」
「じゃあ別に、打ち込まなくてもそれを躱せる様になれば良いだけの話だよ」
そうだ、打ち込みに行く必要なんかない。
さっきから一切躱せないあれを躱しさえすれば、あれを理解出来る様になれば良いだけだ。
なら打ち込みに行く必要なんかない筈だ。
「まだ立てるし動ける。さあこい!」
ぶっちゃけ体中ボロッボロで、自己治癒能力に任せているとこのまま死にそうなレベルだ。
浸透仙術を使える様になって、気功仙術の時よりも体の状態が手に取るように解る。
今の俺の体は、普通なら生きてるだけで奇跡な負傷だ。
死んでいてもおかしく無い体を、無理矢理生かしている様な状態だ。
けどそれでも虚勢を吐いて、構えをとる。
構えたところで攻撃が見えてないので、あんまり意味は無いけど。
「・・・ふっ」
するとミルカさんの顔からさっきの不機嫌そうな表情が消え、薄く笑っていた。
なんか面白い事有ったかな。
「かかって来いって、よくそのボロボロの状態で言えるね」
「いやー、正直痛いわ怖いわ泣きたいわ、すっげー逃げ出したい」
「ふふっ、そうだね。タロウはそういう人間だ」
俺の答えを聞いて、尚楽しそうに笑うミルカさん。
ちょっと機嫌が直ったみたいで良かった。
まあ今の冗談じゃ無くて、全部本心なんすけどね。
当たり前だろ! 痛いし怖いし辛いし今すぐにでも逃げたいわい!
「そう、タロウはそう。辛い、きつい、怖い、泣きたい。聞いただけだと本当に情けない感じの事を、平気で口にする。でもそれを口にしても、口にするだけ。自分が決めた事があるなら、何を言われてもそれを中々曲げない。根が結構偏屈で変な所で頑固だ」
確かに言われるとそうかも。
今もつらいし本音は逃げたくて堪らないけど、それでも逃げる気は無い。
だって俺にとって、これは半分恩返しみたいなものだ。
この人の教えに応える事は、数少ない俺が返せる行動の一つだ。
それを逃げ出す気なんて、俺には無い。
「だから、少し、やり方を変える」
ミルカさんはそう言うと、俺にも解る様に右手に力を集め出す。
見ただけで放った時の威力が認識できる程、暴力的とすら感じる力を見せつける様に。
「あ、あのー、それまさか、俺に放ったりするつもりですかね」
「勿論」
やべえ、若干笑顔だけど目がマジだこの人。
まってまって、今の俺本当にボロッボロでかろうじて動かしてる様な状態なんですよ。
間違いなく避けられないし、食らったら死ぬってそれ。
「死にたくない」
ミルカさんは俺の目をまっすぐ見て、そう言った。
俺は意図するところが解らず、キョトンとした顔を向けてしまう。
「強く在りたい、なんて考えてなかった。ただ、死にたくなかった。生きていたかった」
彼女は俺の事を無視して続ける。
ただそれは、樹海に居た頃の自分の話かなと思い至った。
「だから生きる為に、抗った。根幹に在るのは恐怖。死にたくないという強い想い」
ミルカさんはこれ見よがしに構えをとる。
中段付きの構えで、その拳は真っ直ぐに俺を捉える気が見て取れる。
距離は離れているが、今からやる事を考えたら距離なんて意味は無い。
「死にたくなかったら、打ち返す事。でないと、今度は本当に死ぬよ」
やべえ、俺が攻撃してこねえからって、打ち返さないと対処出来ないやり方に変えてきた。
確かにあれはさっきまでと違って見えるから、おそらく何とか出来ると思う。
しかもさっきのが脅しじゃなくて、本気で返さないと死ぬってのが解ってしまう。
くっそ、どうする。
「タロ――――」
俺が迷いながらも構えていると、ミルカさんの語りが唐突に止まった。
それと同時に集めていた筈の力が霧散し、彼女の体をめぐっている弱い気功が更に弱くなる。
口を真一文字にして、何かを堪える様な表情の彼女に、体に何か異常が起きたのかと慌てて近寄ろうとした。
「ミルカさ――――」
「来るな!」
だが、珍しい彼女の叫び声に驚いて足が止まる。
そして彼女は少し震えた呼吸で深く深呼吸をすると、また右手に力を集め出した。
「ミルカさん、調子が悪いなら少しやす――――」
「構えて」
彼女を心配する言葉も、完全な拒否で返された。
その目が、もう喋るなと言っている様に感じる。
ミルカさんの状態と態度に戸惑う俺に、彼女は少し困った表情を見せていた。
「タイミングが悪いな。もうちょっとだけ、許して」
彼女は目を瞑って、誰に向けたのか解らない言葉を呟くと、静かな目を俺に向けた。
構えは解いていないし、力もまだ集めている。一見したらいつものミルカさんだ。
けど、そんな彼女が心配で堪らない。
「タロウ、せめて一撃、返すんでしょ」
「へ?」
いきなり、一体何の話だろうか。
「組手で、いつか返す。そう言ったのはタロウ。そして掠っただけじゃ納得しなかったのもタロウ。約束は守って」
懐かしい約束を、引き合いに出されてしまった。
いつか彼女が俺に謝ってきた時の約束だ。
確かに俺はあの時、いつか貴女に返して見せると言った。
その約束は、未だ果たされていない。
「今だけだよ、タロウ。もうその機会はなくなる。これが、最後の機会だよ」
「―――っ」
ああくそ、それは狡くないか。
そんな事言われたら、やるしかないじゃないか。
くっそ、この人俺の扱い方うますぎるだろ。
彼女に応え本気で打ち込む気の構えをとる。
それを見た彼女は、本当に嬉しそうに微笑んだ。
今からやる事が殴り合いなんて思えない程に優しい笑みだ。
「そう、それで良い。ありがとう、タロウ」
「礼を言うのは、俺の方ですけどね」
最後か。そうか。
彼女にとって、本当の意味での彼女の教えは最後なのか。
この機会を逃せば、それは彼女であって彼女じゃない。
これを逃したら『以前はとても強かった彼女』との手合わせになる。
そう、言っているんだ。
「なら、今日は悔いのない様に、本気で行くから」
「うん、そうでないと、意味が無い」
目の前の師を超えられるほど強くなったなんて、そんな自惚れは持っちゃいない。
それでも、彼女に一撃返す程度の強さは持っているつもりだ。
約束を守れるぐらい、彼女達の教えを未だ守っているつもりだ。
「いくよ、タロウ」
彼女のその宣言で、俺は初めて師匠に対して『勝負』を挑む事を決めた。
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