第511話信じているのですか?

『あっはっは、凄い跳ねたぞ今の!』


タロウが景気よく跳ね飛ばされるのを見て、ハクが大笑いしている。

あたしはとてもじゃないが、笑う気にはなれない。

ハクなら平気だろうが、あの落ち方は普通に不味い落ち方だった。

今のタロウは魔術での身体保護をしていない筈だ。生身のあいつの体であの跳ね方はヤバイ。


「タ、タロウさん、大丈夫だよね?」


シガルが心配そうに眉間に皴を寄せてあたしの袖を引くが、あたしに言われても困る。

タロウは今もポンポンと訳の解らない攻撃に翻弄され、何かの玩具の様に跳ねている。

あたしにも正直何をしてるのかさっぱり解らない。

おそらくあれだけ良い様にされてるって事は、タロウもまだ解って無いんだろう。

防ぐ躱す等の動作の気配が一切見えない。


しかしシガル、確かに今のタロウはなす術なくボッコボコにされちゃいるが、やった事そのものはお前も大概同じ様な事してんだけどな。

まあ、今のタロウは魔術を使う余裕すらない様だから、前提条件が違うか。

今のあいつなら、普段のシガルでも勝てるだろう。


あいつは魔術で強化しなきゃ、真剣になったミルカの動きについていける訳がない。

その上今は見た事もない、どうやって攻撃してるのかも全く解らない攻撃を食らってるのに、それでも使ってない。

けど魔力が無いわけじゃない。むしろ魔術は全然使って無いんだから余裕がある筈だ。

てことは使わないんじゃなく、使えないんだ。


使えない理由が仙術の負傷なのか別の理由なのかはわかんねぇが、少なくとも今は使えない。

そしてミルカは、それが解っていて尚攻撃の手を止めないでいる。

そのやり方が正しいのか、その果てにタロウが無事なのかは、ミルカにしか解らない。


だけど――――。


「大丈夫だ。まあ、見てようぜ」


そう、シガルを安心させる為に軽く応える。

心の中の心配を表に出さす、余裕の態度で返してやる。

ここであたしまで心配しちゃ、シガルの眉間に皴が定着しちまうしな。


「・・・大丈夫、お父さんなら」


シガルが袖を握った方とは反対側の手を握りながら、クロトがそう言った。

あたしとクロトが大丈夫と言ったおかげか、シガルはさっきよりはマシな顔になった。

少なくともさっきまでの、眉間に皴が寄り切った顔よりはましだろう。


とはいえ心配がなくなったわけじゃない。シガルはあたしよりも魔術に関しての目が良い筈だ。

今のタロウが魔術を使っているのかどうか、シガルが一番解っている筈だ。

だからこそ、あたしに心配そうに聞いてきたんだ。


「・・・大丈夫」


シガルがタロウに視線を戻した後に、小さく自分に言い聞かせる様なクロトの呟きが聞こえた。

面は相変わらず何考えてるのか判り難いが、その手の力がクロトの感情を物語っている。

手に力入りすぎだよ。そんなに力込められたらあたしの手が潰れるだろうが。


全く、お前は本当に頑張り過ぎじゃないか?

確かにお前は昔の記憶や力の一端が有って、なおかつ生まれた時に色々と都合の良い様に生まれたんだろうさ。

だから多少の知識や対応力を元から持ってるし、頭も悪くない。


けど、お前は実質、生まれてから殆ど時間がたってない赤ん坊みたいなもんだ。

そんな赤ん坊が母親に気を遣ってどうするよ。

まあ、あたしの手を握ってるのが精一杯の甘えなんだろうがよ。


シガルの心配顔見たら、下手な事は言えねぇよな、お前は。

お前だからこそ言えない。お前が言ったら絶対シガルの心配を増やすだけだから。

シガルはシガルでまだ若いし、色々と感情の処理がしきれない事も少なくない。

そういう心配を、自分の心配よりも母親の心配を優先したんだ。


「ああ、大丈夫だ。お前のお父さんは強いからな」


握られていない方に手で、優しくクロトの頭を撫でる。

一瞬クロトは体を固くしたが、上目づかいであたしを見上げた後、手の力を抜いた。


「・・・うん。お父さんだから、大丈夫」

「ああ、そうだ。あの馬鹿が、あの無茶に耐え続けた馬鹿がそうそうくたばりゃしねえよ」


あたしは横に居たクロトを引き寄せて、片手で前に抱くようにして空いてる手を頭にのせる。

クロトはあたしの手を両手で握り、コクンと頷いた。


実際あいつは樹海での無茶に耐え抜いた実績がある。

セルもミルカもリンも、どいつもこいつも無茶ばっかりだ。

あたしとアロネスとアルネも方向性が違うだけで無茶ばっかさせてたけどな。


『はっ、タロウがあの程度で終わるもんか』

「・・・うるさい、当たり前だ」

『心配そうに見てたくせに』

「・・・うるさい」


ハクが大笑いしてたのは、単純にタロウが大丈夫だと思っていたからだった様だ。

あたし達の誰よりも、ハクが一番タロウを信用してるのかもしんねえな。


「ああ、そうだ。あの程度、どうにかすんだろ」


あたしは、確かに信じている。

心配だけど、信じている。




ミルカを、信じている。




あたしを想ってくれる妹分を信じて黙っている。

あいつがあたしを悲しませる様な真似はしないと信じている。

タロウがあたしにとって、どれだけ大事な存在なのかを解っているあいつの事を信じている。

だから今のタロウの心配はしていても、事の成り行きの心配はしていない。


きっとボロボロになるだろう。下手したら死の手前まで行くだろう。

いやそもそも、現時点で死の淵を歩いている状態なのかもしれない。

それでも、あいつの事を信じている。だから任せる。


それに、別の理由でも口なんか出せない。

昔からずっと戦ってきた仲間が、戦えなくなる前に弟子に託そうとしているのを邪魔はしない。

ずっと姉を超えようと頑張っていた妹分が、最後になるかもしれない教えをしているのを邪魔なんて出来ない。


あいつはずっと頑張って来たんだ。

ずっとずっと、あまりに大きな背中に追いつこうと頑張って来たんだ。

これからそれを手放さなきゃいけないかもしれない。二度と今の自分に戻れないかもしれない。

それは純粋な戦士であるあいつにとってはとても重い事だ。


あたしの本業は技工士だ。だから最悪、戦えなくなっても想いを通す術は他に在る。

けどあいつは違う。今まで積み重ねてきた全てを捨てる事になりかねない。

そんなあいつの想いを、自分の本当の技を受け継いでくれる人間を見つけたあいつを、邪魔なんて出来る筈が無い。


リンに守られる自分を捨てて、戦える自分を求めたあいつが、タロウなら想いを託せると思っている。

戦えない弱者の牙を、タロウなら受け継いでくれると。

いや、多分、タロウだからこそ受け継いでくれると思っているのかもしれない。


今までミルカが出会ってきた人間の中で、タロウ程ミルカの気持ちを理解できる人間は居ない。

世界中探しても、ほんの一握りしかミルカの事はきっと理解できない。

ミルカにとってタロウっていう弟子は、それだけの存在なんだ。格別の相手なんだ。




樹海で拾った時は、誰もタロウに期待なんてして無かった。

ちょっと可哀そうな奴を拾って、何とか生きて行ける様にしてやろうってだけだった。

誰も、あいつに想いを託そうなんて、ひと欠片すら思って無かった。


今じゃどうだ。

ミルカが、セルが、リンですらタロウに何かの想いを託している。

アロネスやあたしも、直々に一対一で教えた唯一の相手っていう事も有って思う所がある。

詳しく聞いちゃいないが、グルドもタロウに対する態度に何かが有るのは解ってる。


だから、タロウ。これはあたし達の我儘なんだ。

お前の為じゃない。完全にあたし達の、ミルカの我儘だ。

だから頼む、どうかミルカに応えてやってくれ。

大事な妹分の我儘に、応えてやってくれ。


信じているんだ。ミルカを信じているのと同じぐらい、信じているんだ。

タロウは大事な想いには、心からの想いには応えてくれる奴だって。

あたし達はお前を信じている。だから悪いけど、もう少し我儘に付きあってくれ。

終わったらいっぱい我儘聞いてやるから、今はミルカの我儘に付きあってやってくれ。


「―――頑張れ」


その言葉は酷い言葉だと思う。

あいつはもう頑張っている。常人ならもう折れて良い筈なぐらい頑張っている。

それでも、きっとあいつなら応えてくれると、そう信じている。

あたしが惚れた男は、そういう男だって、信じている。

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