第510話ちょっと勘弁です!

「かはっ・・・」


まともに胸に打撃を貰い、体が動かなくなるのを感じる。

いや、今の俺にそんなもの関係ない。動かないなら自力で動かすだけだ。


軽い心室細動が起こっている心臓の動きを、自分の意志で動かし血流を正常に回す。

その上で普段以上に血を回し、一気に全力稼働状態までもっていって次の一撃から全力で逃げる。

形振り構わず逃げた事で、何とか攻撃を躱して距離を取る事が出来た。


「大分、物にしてきてるね」

「げふっ、けふっ・・・ええ、まあ、なんとか」


気功仙術も体の状態を保つ術は有ったけど、浸透仙術は完全に種類が違う。

気功仙術は自分の生命力を使っているから、単純に気功の流れを正常化する様に気を付ければ体の機能は回復する。

ただその回復方法は機能を正常化できる程の生命力が有ればの話だ。本来の自分の気功の力が強ければの話だ。

それに流す強さは気にしても、流す場所なんか気にする必要が無かった。


今の俺は相変わらず生命力がほぼ空っぽに近い状態で、気功を強めるなんて事は出来ない。

そもそも今体に流れている気功自体の力も弱々しく、本来なら立つ事すら出来ない状態だ。

浸透仙術はその無い生命力を周囲から集めて、まるで体に在る様に錯覚させる。

気功の力で、命の力で、体が無意識に動かしていた全てを自分の意志で動かし続ける物。


それに気功仙術だと正常化しようとしてから治るまでのラグがほんの少し出来る。

そして戦闘は、たとえ一瞬のラグでも隙になる。

けど浸透仙術は体の負傷なんかガン無視で、完調の時の100%の動きを無理矢理できる。

まるで操り人形を動かす様に、動けないと言っている体の意志を完全に無視できる。


ただ、動かす為にはその全てを意識して動かさないと機能しない。

体中のあらゆる筋肉と言う筋肉を、意識して収縮弛緩させなきゃ動かない。

そのせいで、まるで他人の体動かしてるみたいで、まだうまく動けない。


肺なんかも自力で動かしてるから呼吸もキッツい。

心臓の動きすら、相変わらず自力で動かしてるのが現状だ。

人間無意識に生きられるって幸せな事だなぁって実感しますね


ただ、これが出来る様になったおかげで、木が爆散したタネも理解できた。

つまりあれは、その存在が使える機能を無理矢理に無茶な動きをさせたんだ。

人間なら筋肉や腱が断裂し、さらに骨折してもまだ無茶な方向に腕を自ら曲げさせような事を。

血流の圧力を無理矢理上げて、全身から血を噴出させるような事を。


気功の流れではなく、身体機能そのものに干渉する事が出来るんだ、この仙術。

冗談じゃ無いぐらい反則級の能力だけど、それだけにまだ扱いきれていない。

自分に使うにも何とか動くのが精いっぱいな状態だし、人に使うには加減が出来る気がしない。




ただそのせいで、目の前の人がさっきまでと違ってどんどん不機嫌になっている。




「タロウ、なんで打ち込んでこないの」


いつもは眠たそうな半眼が、完全に睨み顔になっております。怖いです。

いやさぁ、何で打ち込んで来ないのって言われてもさぁ。


「いや、だって・・・」


ミルカさんの問いに、もごもごと言葉を濁す。

だって、打ち込めない。出来るわけがない。

この力を身に付けた事で、きちんとこの力を理解した事で、今の俺には見えてしまっている。


彼女の体が、彼女一人の物じゃないというのが、はっきり見えている。

ミルカさんの中に、お腹に、別の命が有るのが見えている。

それだけで打撃を打ち込む事すら躊躇う事なのに、仙術も使ってなんて出来るわけがない。


ミルカさんだって、この力を教えたこの人だって絶対に解っている筈だ。

自分の体に自分以外の命が生きている事を知ってる筈だ。


「理解したせいで、打ち込めない。そんな所だろうけど、さ」


やっぱりそうだ。彼女は解ってる。自分の体の状態を理解してる。

その上で、俺に打ち込ませようとしてる。勘弁してください。


「はぁ・・・」


心底嫌そうにしている俺の様子を見て、深く、ふかーく溜め息を吐くミルカさん。

溜め息を吐きたいのはこっちです。何でその体で殴り合おうとか思うんすか。

妊婦さんなんだから安静にしてようよ。


いやミルカさんが来てくれたおかげで、この力使える様になったんだけどさ。

多分彼女がきてくれなかったら、こんな風に使う事は出来なかった。


前に負傷したのは気功仙術の反動じゃなくて、浸透仙術を扱いきれなかった反動だったんだ。

きちんと力をコントロールしきれてなかったから、自分自身の体が自分自身の体を破壊した。

きっと教えてもらえなければ、そのうち大事な臓器も自ら破壊してたと思う。

だってこれ、最悪心臓や脳が破裂するもん。この間は片腕だけですんで本当に幸運だったんだ。


「タロウ、何か勘違いしてない?」

「へ?」


瞬間、景色が吹き飛んだ。いや、違う、吹き飛んだのは俺だ。

景色が吹き飛んだと思う程、思いっきり蹴り飛ばされた。


「がっ、くふっ」


そのままボールの様にバウンドし、地面を転がって行く。

途中で何とか手をついて体をはねさせ、体を回して勢いをゆっくり殺しつつ体勢を立て直す。

最後に大きく跳ねて体を起こしミルカさんを見ると、蹴りを放った体勢のまま立っていた。


「何時からタロウは、私の身を案じられる程、強くなった」


その言葉に怖気を感じた。

込められた怒気と殺気に、仙術を使うのを一瞬忘れて倒れそうになる程の恐怖を感じた。

頭がふらついた事で慌てて気功を回し直し、体勢を立て直す。


「勘違いしないで。タロウはまだ、入り口に立っただけ」

「がはっ」


冷たい声と共に、また大きく蹴り飛ばされる。

彼女の動きが速すぎて躱せない。いや違う、俺が遅いから躱せないんだ。

今の俺は浸透仙術で身体強化してるだけで、他の強化をしていない。

だから真剣になったミルカさんの速度にまるでついて行けていない。

今日の彼女は、珍しく身体強化をして戦っている。付いて行ける筈が無い。


「タロウ、二回死んだよ」

「――――っ」


ミルカさんの言葉が、あまりに冷たい言葉が突き刺さる。

彼女の言う通り、確かに今ので俺は二回死んでいる。

吹き飛ばされたのは彼女が加減してくれたからだ。吹き飛ぶように蹴ってくれたからだ。

彼女が本気なら、蹴りが俺の体を貫通していてもおかしくない。


「せめてバルフに見せた動きをしてから、そういう事を言え」


バルフさんに見せたって言うと、2乗強化の三つ重ねか。この状態で使えるかな。

いや、やる事は気功仙術と結局同じ事だ。やってやれない事は無いだろう。

けど、今の状態で魔術を使える気がしない。少しでも気を散らせば、体が変な方向に力を入れて壊れる予感がする。


「浸透仙術の真価は、動かない体を動かす事じゃ無い。そんな物、別に仙術なんて使わなくても出来る。心臓を自力で動かす程度、私にとっては当たり前の事」


・・・今ミルカさんとんでもない事言ったね。

仙術無しで心臓を自力で動かしてるって言ったよこの人。

マジかよ、そんな事出来るもんなの?


「かはっ!?」


彼女の言葉に疑問を持っていると、周囲の景色が回った。

そして地面に叩きつけられる感触を感じ、そこで初めて攻撃された事を理解できた。

頭に何か強い衝撃を受けたせいで回転して、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。


けど、何を食らったのかが解らない。

さっきのように彼女が高速で近づいてきたわけじゃない。

距離はまだ離れてる。離れてるのに何かを食らって吹き飛んだ。

彼女は何の動作も見せていないのに。


「今、何、がはっ!!」


今度は起き上がろうとした瞬間に腹に強い衝撃を受けて、宙に撥ね上げられる。

下を見ても何もない。何も無い筈なのに、何かを食らった。

そして背中に強い衝撃を貰って、再度地面に叩きつけられる。


「かっ、くあ・・・!」


やばい、本当に何されてるのか解らない。

多分ミルカさんが何かをしているのは間違いないんだろうけど、何も視えない。


「タロウ、ここからがまだ覚えなきゃいけない事だよ。・・・舐めた事言ってないで打ち込んで来い」


混乱する俺に、ミルカさんは聞いた事が無い程強い口調で俺に告げた。

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