第509話命の使い方です!

真っ暗だ。何も見えない。

あれ、俺どうなったんだっけ。確かさっきまでミルカさんと手合わせをしてた筈なんだけど。


ここは暗くて冷たい。何だかとても寒い。体も動かない。

夢でも見ているんだろうか。夢なら何てつまらない夢だろうか。

真っ暗で、何も無くて、ただ死が傍に在る様に感じる夢なんて。


いや、違う、俺の体に命が無さ過ぎるんだ。生きる力が無さ過ぎるんだ。

今の俺の体には、普通なら当たり前にある筈の命が薄すぎるんだ。

だから、死が傍に在るように感じる。自分が死ぬのだと思ってしまう。


体の熱がゆっくりと冷めていくのが解る。

生きる為の機能を体が少しずつ放棄して行っているのが解る。

本来意識しなくても機能する筈の臓器が、機能を拒否しているのが解る。

心臓が、段々と、動きが弱くなっているのが、解る。


それが解ってしまうせいで、今のこの暗闇は夢ではないと理解できてしまう。

ただ着実に体が死に向かっているから、何も認識出来ないのだと解ってしまう。

今俺は、死ぬのだと、解ってしまう。











―――――怖い。









嫌だ。死ぬのは嫌だ。怖い。

あんな目に合うのはもう嫌だ。死にたくないから俺は頑張って来たんだ。

なのに何で、今になって死がこんなに、理解出来る様に迫ってくるのを見なきゃいけないんだ。


「う、ごけ」


絞り出す様に声を出し、自分の意志を、命令を体に伝える。

生きたいと。死にたくないと。その為にちゃんと動けと。

けど体は応えない。今も着実に死に向かって進み続けている。


「う、ごい、て」


頼んでも体は相変わらず応えてくれない。その上段々と意識にもやがかかり始めている。

動かなくなってきていると認識出来ていた事すら、曖昧になってくる。


「い、やだ」


このまま意識が落ちたら、きっと二度と目覚めない予感がする。

いや、間違いなく目覚めない。この先に待っているのは確実な死だ。

心臓が止まって、臓器が機能しなくなって、それで生きていられる筈が無い。


「ど、すれ、ば」


生きたい。死にたくない。なら、死なない様にするしかない。

どうすれば良い。どうすれば生きられる。

俺はそのための術を、生きる為の術を今まで叩き込まれてきたんだろう。


何か、何かないか。

動かない体を動かす術が。死に向かう体を、無理矢理にでも動かす術が。

生きる力のないこの体に、生きる力を取り戻す術が。


「あ、あ、そう、か」


そこで、やっと気が付いた。

自分の存在が薄すぎて、周囲に有る物が力強すぎて、気が付けなかった。

生命力が溢れてる中にポツンと死に絶えそうになっているせいで、気が付けなかった。


ああ、比べると面白いぐらいに、俺の中は空っぽになっている。

見事なぐらい、俺の中には欠片程度しか命を感じない。


「あ、れ?」


すぐ傍に、同じぐらい弱い命を感じる。その中に、とても力の強い命も。

命が重なって見える。何なんだろう、これは。


ああでも、ありがたい。その弱々しい命が教えてくれる。

命の使い方を。体の使い方を。この力の使い方を。


「よ、こせ」


死にたくないと、ただその一心で周囲の命の力をかき集める。

けど、そのままじゃ何の意味もない。それじゃ俺の体の役には立たない。


「まわ、せ」


でも、すぐ傍に在る存在が見せてくれている。

体の隅から隅まで、力を回すのを見せてくれている。

本来そこまで機能しない筈の体を、無理矢理動かしている師が教えてくれている!


「うご、けぇ!」


心臓を、無理矢理動かす。

生命力を体に回し、生きる力に変え、無理矢理臓器の機能を使う。

今まで無意識に処理していた機能を、自分の意志で動かさせる。

命の流れに、当たり前に生きる為に体を動かしていた力の流れに、無理矢理流し込んで自分の意志で体を生き返らせる。


「まだ足りない。体の全てを掌握しないと」


暗かった視界が白くなっていき、何も聞こえてなかった耳が師の声を拾う。

ここまで頑張ってもまだ厳しい事を言う師に少し苦笑し、それでも応えて見せようとする。

こんなに丁寧にお手本を見せられているんだ、応えなきゃ弟子じゃ無いだろ。


「うぐ、があぁ!」


体から消えていた命に、生きる力に、周囲の命を流し込んで力を回す。

隅から隅まで、本来力が流れていた筈の所に、別の命の力を回して自分の命にみせかける。

急に動かした事でいくつかの筋肉と臓器に痛みが走るが、少しぐらい我慢しやがれと言い聞かせて動かし続ける。


「そう、それで良い。良いよ、タロウ。ああ、本当に。セルねえじゃないけど、タロウは本当に良い。嬉しいよ、タロウに会えて本当に良かった。あの時、樹海で会えた事に感謝してる」


そうして、立ち上がった俺を見て、珍しく心底嬉しそうな笑顔を見せる師の顔が見えた。

だが彼女は、その表情とは裏腹に、完全に戦うつもりの威圧を放っている。


死にかけギリギリから回復したのに、目の前の嬉しそうなミルカさんの殺気で死にそうです。

体が回復してきたおかげで思考も回復してきたんだけど、これ絶対このままやる気だよね。


・・・まだこれ使いこなせてないと思うから、正直やりたくないんだけどなぁ。

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