第508話師の言葉に応えます!
「・・・あのー、何でそんなに全力でやる気の気配なんでしょうか」
今のミルカさんの気迫は、俺に向けているこの圧迫感は、何かを教える様な物じゃない。
気を抜けば、彼女から目を離せば打ち倒されると、そう感じる威圧だ。
まさか、実戦で殴り合って覚えろって言うんすかね。
・・・言いそうだな。
「本当なら、これを使うのはもう少し後になると思ってた。けど、時間がないから」
ミルカさんはそう静かに告げると、いつも通りの自然体で俺の傍に歩いてくる。
いつも通りの、あまりに自然すぎる自然体。なのにそれがいい知れない不気味さを感じさせた。
「時間が無いって、どういう事?」
「言葉通り。他の意味はない」
恐怖を誤魔化す様に彼女の言葉に対する疑問を口にすると、問い詰め合う様な事をする気が無いと会話を断たれる。
いやでも、実際何で時間が無いんだろう。
もしかしてミルカさん、この後も仕事があったりするんだろうか。
「余計な事考えてると――――」
手を伸ばせば届く距離まで来て、彼女は足を止めた。
その目はいつも通りの半眼で、いつも通りの眠たげな顔だ。
けど、その後に口にした言葉に、いつもとは違う冷たさがあった。
「―――死ぬよ」
彼女のその言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立つ恐怖を感じて反射的に飛びのこうとする。
自身が出来る限りの全ての強化をかけて、その場から全力で逃げようと。
けど、逃げたのは意識だけで、体はそれについては来なかった。
「がっ、は」
力を入れた筈の足は地を蹴らず、仙術で強化したはずの体に気功が廻らず、強化と保護をかけたはずの魔術は発動するどころか逆に体を痛めつける。
そして力無く、地面に倒れ伏した。
流石に何をされたのかは解ってる。ミルカさんがやった事をついさっきまで見てたんだ。
今の一瞬で、俺の命を奪われた。気功の力を無理矢理弱められた。それも手も触れず、身動きすらとらず、ただ立ったままの何の動作もせずに。
何よりも、奪われた事に一切気が付けなかった。
「早くしないと、本当に死ぬよ、タロウ」
「っ!」
頭の上から振ってきた冷たい言葉で少し冷静に戻れた。
そうだ、驚いてる場合じゃない。早くこの体をどうにかしないと。
幸い2乗魔術の訓練やってたおかげで、気功の少ない状態での体の動かし方も訓練してる。
流し方の調整と、体の動かし方を意識しろ!
「そう、それでいい」
体のダメージが回復する気配がない。気功を調整するにも、弱々しい気功で何とか体を動かせる程度にしか出来ない。こんな状態では魔術もろくに使えない。
けど、いつまでも倒れていられないと、何とか体を動かし立ち上がる。
顔を上げてミルカさんを見ると、彼女は相変わらず威圧を放ったまま俺を見下ろしていた。
「・・・ようこそ、タロウ」
彼女は小さくそう呟くと、初めて俺の目の前で、構えをとった。
今までミルカさんが俺に構えをとった事はない。構えをとったの自体、この間のクロトの黒を壊す時に初めて見たぐらいだ。
その彼女が、何故か構えをとった。
「構えて」
彼女が構えている事に驚いていると、一瞬で正気に戻る程の気迫を含んだ声で言われ、慌てて構える。
けど、いつもの構えが取れない。いや取れる事は取れるけど、体が重い。
腕を普段の位置に上げていられない。ただ立っている事だけで体に痛みが走る。
けど、構えろって言われた以上、構える。
この人には、この人の真剣な言葉には、従わないといけない。
新しい技を教えて貰うとかそんな事は関係なく、この人の真剣な言葉に俺は泣き言を言っちゃいけない。
他の誰よりも、この人とセルエスさんが居なければ、今の俺は絶対に無い。
どんな状態だろうと、例え今ぶっ倒れそうな程きつかろうと、この人がやれと言うならやる。
そんな俺の様子を見て、彼女の口元が少し上がっていた様に見えた。
「いくよ」
告げられた言葉と共に正拳が俺の顔面に迫る。
速度は無い。いつものミルカさんの様な鋭すぎる攻撃じゃない。
けどそれでも、今の俺の状態では躱せないと思った。
せめて防御しようと思うが、腕が上がらずまともに食らって倒れてしまった。
倒れる際にちゃんと受け身を取れたのでそっちは大丈夫だが、倒れると立ち上がるのが辛い。
「タロウ、立って」
地面でもがいていると、また冷たい声が投げられた。
その声を聞いて気合を入れ直し、入らない力を体に入れてよろよろと立ち上がる。
相変わらず気功は弱々しいままで回復しないし、体中痛い。
魔術を使おうとすると気功のダメージの影響で更なる激痛が走るから、強化も保護も使えない。
「構えて」
それでも、彼女の言う通り腕を上げる。構えをとる。
この人がやれと言う事に、無意味な事なんて絶対ないって信じているから。
ただ辛い事をやらせるような人じゃないと、知っているから。
そして今度は宣言せずに拳が迫る。胴狙いの中段突きだ。
半身の構えの体を逸らして避けようとすると、体が支えられずに後ろに倒れそうになる。
倒れるのを堪えて踏みとどまると、その隙で腹に回し蹴りを貰った。
「げっ、ふっ」
腹にモロに貰って踏ん張りがきかず、その場に膝から崩れる。
まずい、膝が笑って立ち上がれない。
呼吸もまともに出来なくて、意識が飛びそうだ。
「立って」
けどそれでも厳しい師は、俺が意識を手放すことを許さない。
まだ立てと、立てると言った。
なら、立たないと。立てるはずだ。立てなきゃおかしい。
だから―――。
「ぐぁああ!!」
叫びながら、最早体に力が入っているのか良く解らない状態で立ち上がる。
そして、言われる前に構える。
呼吸が纏まらない。腹に受けた影響が思いっきり残ってる。
いつ以来だろう、こんな状態でもずっとやってるの。
まだ魔術もろくに使えず、ボロボロにされ続けた頃を思い出して、ちょっと懐かしい。
樹海にいた時は、結構こんな状態ばっかりだったな、そういえば。
今とあの頃で違うのは、基本的に治癒魔術で戦闘中でも万全を保とうとする事ぐらいか。
そう考えると、体の使い方や動かし方を理解していても、力の要らない最効率って意味では全然出来てなかったのかもな。
ああ、そうだ、使い方だよな結局は。
どうせ弱い気功の力を全体で使っても仕方ない。
立って少し動くだけで精いっぱいなのに、全体に回したって追いつく筈が無い。
もっと力の入れ所を意識しろ。無駄な力も排除しろ。
構えも、無理な構えは取るな。出来る限り、自分が出来る限りの無駄を排除しろ。
「そう、そうでないと」
今や彼女の呟きに応えるような余裕はない。ただ立ち上がり、構える。
いつも通り半身の構えだが、普段を考えると構えと言って良いのか悩むほどに力の抜けた構え。
腕はほとんど上がっていないし、足の開きも最低限だ。
でも、今はこれでいい。これが良い。
無駄な力を入れずに、一瞬一瞬の力の入れ所を意識すれば良い。
俺が構えたのを確認すると、今度は普段のミルカさんが迫って来た。
懐かしいとすら思える、自分に向かってくる鋭い拳。
当たる直前で片足と片腕だけに気功を回して重心をずらして避け、そのまま倒れる力に踏み込みを加えてカウンターを放つ。
勿論そんな物にミルカさんが当たる筈も無く、打ち込んだ腕をからめとられて投げられた。
「ぐっ」
上腕と首に気功を回して受け身は取ったけど、容赦なく叩きつけられたのでかなり痛い。
それでも痛みを堪えて、要所要所に力を入れる事を意識しながら立ち上がる。
頭のてっぺんから足のつま先まで、意識して動かすつもりで。
そしてまた、構えと言えない様な構えをとる。
「もうちょっと、かな」
そう呟いた彼女の言葉が耳に入ったのを最後に、意識が真っ黒に染まった。
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