第502話宿の様子が違います!
「おっはよ、タロウさん♪」
「・・・おはよ、シガル」
朝起きるとシガルが満面の笑みで、物凄く元気そうに朝の挨拶をしてきた。
・・・元気っすね、シガルさん。
俺は眠たい目を開けられず、太陽の眩しさに堪えながらよろよろとテーブルに向かう。
「・・・おはよう、タロウ」
「おはよ、イナイ」
イナイさんがぐったりした様子で、椅子の背もたれに完全に体を預けておられる。
何時ものしゃきっとした様子が一切見られない。彼女も凄く眠そうだ。
「二人ともだらしないなぁ」
「お前のせいだろ・・・」
「間違いなくシガルのせいだよね・・・」
昨日の夜のシガルさん、ちょっと本気出し過ぎだった。
つーかこの子、本当にどこであんな知識仕入れてくるの。
俺もイナイも完全に翻弄されっぱなしだったぞ。
途中からイナイは魔術を維持する余裕がなくて元の姿に戻ってたし。
シガルってイナイの相手を凄く楽しそうにするんだよなぁ。
早く交代する為とかじゃなくて、完全にイナイを相手にしてる。
昨日もそれで、少しだけ放置された時間あったし。
ただあれ、俺を回復させる理由もあって放置されてるよな。
いやだって、あの光景見たら回復しない方がどうかしてるって。
そんな俺とイナイを見て愉しそうに笑うシガルが大魔王に見えたわ。
イナイは何回か気を失ってるし、俺もシガルに勝てた試しがない。
俺がリードしている様に見える時は、実際は無意識のうちにシガルに誘導されてるだけだ。
マジ夜の大魔王だよこの子。
「朝食どうしよっか」
「仕込みも何もしてねえし、今日は絶対作る気が起きねぇ・・・」
「あー、うん、俺もちょっとやる気でない」
シガルの問いに、俺とイナイは完全にグロッキー状態で答える。
もう今日は、少なくとも朝のうちは碌に動く気が起きないです。
「じゃあ今日は食堂に行こっか」
「あー、そうだな。今日は親父の料理にしよう」
「さんせー♪」
俺の決定に、二人とも同意を示してくれた。
まあ、親父さんの料理美味しいから、ちょくちょく食堂で食べてるしね。
その日の気分で自分達で作ったり、親父さんの料理だったりだから、結局普段と変わらない。
「あれ、ハクが居ない」
食事の話をしているのに参加してこない事で、ハクが居ない事に今更気が付いた。
まだ寝ぼけてるな、俺。
「ハクなら何か気になる事があるって、日が昇ったばかりの頃にどっかに行ったよ」
あいつ最近一人でどっかいく事多いな。
でもシガルに変にべったりよりは、あいつにとっても良いのかな。
あいつもあいつで、ずっとシガルと一緒に居られるわけじゃないし。
寿命って、厳しいよなぁ・・・。
「そっか、じゃあ下にいこっか」
「うん♪」
「おうー・・・」
イナイさん、本当にぐったりしてますね。
でも部屋を出るとシャキッと背を伸ばし、ステル様になるイナイさんほんと社会人。
皆で下に降りて食堂に向かうと、何時もと違う光景がそこに在った。
「こっち飲み物三つー」
「はーい、待ってね、すぐ持ってくからー」
「ねーさんこっち追加ー」
「はいはーい」
お客さんの声に応え、軽やかに働く女性店員が居た。
親父さんと手伝いの息子さんしか今まで見てなかったのだけど、従業員さん雇ったのだろうか。
結構な美人さんの人族だ。いや、フェロニヤさんの件があるから一概に人族とは言えないか。
注文を聞いた女性はパタパタと厨房に入って行く。手慣れた様子から経験者だと解る。
それにしても今日は何処か人が多い気がする。気のせいかな。
・・・いや、気のせいじゃねえな。間違いなく多い。
もしかしたら今は忙しくなる時期で、臨時で雇ったとかなのかもしれない。
「座る所あるかな」
「無かったら注文だけして部屋に戻るか」
俺の呟きに、食堂を見渡しながらイナイが応える。
座る所が全くないって感じでは無いけど、三人で固まってが出来そうにない感じなんだよな。
俺もそっちの方が良いと思い、息子さんがいつも通りお手伝いしてたので声をかける。
・・・そういえばこの子の名前も知らないな。
「あー、えっと、今良いですか?」
「あ、はい。どうしました?」
息子さんは忙しい筈だが、そんな素振りを見せない余裕な感じで俺に対応してくれる。
プロだなぁ。これで5歳ってホント尊敬するわ。
俺が5歳の頃とか、何にも考えてない子供だった覚えがあるぞ。
「朝食お願いしたんですけど、座る所無さそうなので部屋にお願いして良いですか?」
「あ、はい、解りました。ではお部屋に持って行かせて貰いますね」
彼は俺の注文にニッコリと笑って応えてくれる。
この子は表情が解り易い上に、良く笑う子だからとっつきやすいよなぁ。
「ただ申し訳ありませんが、この通り忙しく、内容はこちらで決まった物の提供となります」
「あ、はい解かりました。今日は人が多いみたいですけど、何か有るんですか?」
「いえ、今日はその、母が帰って来たので」
母とな。
・・・ん、もしかしてさっきの女性、お母さん?
「もしかしてさっきの従業員の方ですか?」
「はい、あの人が母です」
ほむ、お母さん確かに美人だったけど、こっちの人達の感覚でも美人なのかな。
看板娘・・・看板人妻?
うん、この呼び方は止めよう。何だか解らないけど良く無い気がする。
けしてAVか何かの題名っぽいなんて思って無い。ないったらない。
「お母さん、人気なんですね」
「あー、いえ、母が人気というか、母が居ると父が弱いというか・・・」
息子さんはさっきまでのはきはきした喋りが消え、困ったようにもごもごと答える。
聞いちゃいけない事聞いちゃったのかな。
「すみません、余計な事言いました」
「あ、いえ、そんな事無いですよ。まあ、今日来てる人達はちょっと面白がって来てるだけなので、明日になればすぐに落ち着きます」
ふむ、お母さんが帰って来た日だけのイベント的な物でも有るのかな。
とりあえずさっき変に聞いて困らせちゃったし、これ以上は止めておこうか。
「そうですか。じゃあ、今日は部屋にお願いします」
「はい、出来次第持って行かせて貰います」
ぺこりと頭を下げて、また仕事に戻って行く彼を見送り、俺達も部屋に戻ろうとする。
その際に親父さんと奥さんが厨房から出てくるのが見えた。
心なしか、親父さんの動きが何だかおかしい。
奥さんは満面の笑みで親父さんに接しているが、親父さんはどことなく動きが硬い。
「何時までも新婚してんなー、親父ー」
「う、うるさい、お前ら、こういう日にだけわざわざ来るな」
客の一人が親父さんをからかうように言うが、親父さんは狼狽えるように返す。
表情はいまいち解らないけど、声と動きがそんな感じだ。
「あっはっは、だって明日来たらお前、少し落ち着いちまうじゃねーか」
「いつも山みたいに動じないお前が狼狽えてるのが見れる日だからな、こういう日は」
「本当にいつまでたっても新婚みたいだよな」
あ、からかう様にっていうか、完全にからかってるわあれ。
昔ながらのお客さんとかなのかな。そして親父さんをからかう為に今日は人が多いと。
客の性格が悪いのか、仲が良いのか。でもそれを受けて奥さんが親父さんに抱き付いたりしてるから、奥さんは楽しそうだ。親父さんは一瞬びくっとしてたけど。
「大体なんでお前ら、こいつが帰って来たのをしっているんだ」
「そりゃあ、本人に聞いたもん」
「家に帰る前に周辺に挨拶してたからな、この子」
「明日は久々に面白い物が見れるなと思って、楽しみにしてた」
親父さんは客の答えを聞いて奥さんに視線を向けるが、奥さんは相変わらず満面の笑みだ。
奥さんの反応を見て、最早何もいう気が無くなったのが厨房に去って行く親父さん。
そんな親父さんを見てゲラゲラ笑う古株っぽい客たち。
うん、二人の力関係把握。親父さん、俺と仲間だね。
俺は親父さんに親近感を覚えながら、今度こそ部屋に戻ろうとする。
「奥さんが人族で、旦那さんは巨獣族か。良いな。いや、人族じゃないかもしれないのか」
イナイが笑みを見せながら、さっきの光景への気持ちを口にする。
あの夫婦の存在は、奥さんが人族なら、確かにとても良いなと思う。
種族の違いなく、戦争の事も関係なく、好き合った二人が仲良く生きていられるのだから。
周囲の反応も好意的だったし、ああいうのはとても良い。
「だからパリャッジュ君、少しお父さんと違ったんだね」
シガルが聞き覚えのない名前を口にした。
多分、息子さんの名前かな?
「あの子の名前?」
「そだよー」
そっか、あの子そんな名前だったのか。覚えとこ。
部屋に戻ると、またイナイがぐったりと体を投げ出す。
やっぱり今日はもう、イナイさん駄目みたいですね。
でも一応パリャッジュ君が食事を持ってきてくれると、一旦はしゃきっとした。
去って行くと崩れたけど。
今日はもうだめだわ。一日のんびりしてよ。
シガルさんだけやたら元気なのどうしようかなぁ・・・。
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