タロウの生き方、周囲の見方。

第501話とある王族の会合ですか?

「突然の訪問、申し訳ありません。貴方に一つ、お聞きしたい事がありまして」


対面に座る少女が畏まった様子で、しっかりと背筋を伸ばして訊ねて来た。

彼女とはまだ知り合って浅いが、俺は彼女を同好の士だと思っている。

あまり緊張せず、気楽に接して欲しい。

でなければ彼女が尋ねて来た事を聞いて、予定の訓練全てを投げて来る筈が無い。


「構いません。そもそも私は貴女を同士だと思っております。出来れば気楽にして頂きたい。今は立場も貴女の方が上なのですから」


素直に彼女に対する自身の感情を伝えるが、彼女は気を緩める様子を見せない。

俺が勝手にそう思っているだけなのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

だが俺には解っている。彼女は間違いなく同士だと。


きっと彼女もそれは理解している筈なのだが、どうにも砕けた様子は見せては貰えない。

尤も、俺自身も立場上それなりの態度を見せているので、人の事は言えないのだが。


「ありがとうございます。ですが私と貴方の立場は、今だ私の方が下でしょう、トレドナ殿下」


彼女の返してきた言葉に、心の中だけで首を捻る。

俺と彼女は確かに、つい先日までは彼女の方が立場は下だっただろう。

だが今となっては間違いなく、彼女の方が俺より上の立場の筈だ。


俺は王族とはいえ、所詮後を継ぐかどうか怪しいバカ王子だ。

それに比べて目の前にいる少女は、今や一国を背負う女王陛下だ。

どちらが上かなど、考えるまでもない。


「不思議な事を言われますね。何かの謎かけですか? あいにく私はあまり頭の出来が良くない自覚がありまして。まあ、これでも最近はまだマシになった方なのですが」


少し冗談交じりに先の言葉の真意を訊ねる。

最近この手の会話がまともに出来る様になってきたとはいえ、彼女とは腹の探り合いの様な会話はなるべくしたくないのだが。

目の前で凛とした表情を見せる彼女を見ると、殊更にそう思う。


彼女が王になるまでのいきさつは知っている。

どれだけの覚悟で死地に赴いたのかなど、想像すら失礼だと思える。

常人の想像を絶する覚悟の果てに彼女は在る。小さな身に、国の全ての悪意も背負って。

そんな彼女と馬鹿な俺とでは、どちらが上かなど比べられるわけがない。


「私の国は、所詮は属国です。ウムルに重宝されている貴国とは立場が大きく違います。たとえ私がポヘタの女王であっても。いえ、女王であるからこそ、失礼な態度は取れません」

「成程・・・」


確かに、ポヘタの現状はウムルの属国だ。ウムルの言葉に逆らえないし、逆らう力も無い。

対して俺の国は戦時にウムルに恩を売った国だ。

ウムルの国王陛下は義に厚い人間である以上、確かに立場は違うのかもしれない。

とはいえ、あの国王陛下がこの立派な女王陛下につまらない態度を取るとは思えないが。


「確かに、貴女の立場を考えれば、仕方のない事なのでしょうね」

「ええ、目や耳は、一つではありませんから」


聞かれている可能性を考えて、か。確かにウムルでの式の時とは違い、ここは静かだからな。

下手な事を喋って記録されては、たまったものではない。


「ですが先程の言葉は大変嬉しく思います。私も貴方の事は、良き理解者と思っております」


柔らかく笑顔を見せる彼女を見て、少しだけ肩の力が抜けるのを感じる。

俺も少し力が入ってしまっていたか。女王陛下に気を遣わせるとは、本当に至らない。

やはり俺は、多少頑張った所でバカ王子はバカ王子だな。


「気を遣わせて申し訳ありません。それで、お聞きしたい事とは何でしょうか」

「殿下は『彼』の話を、聞いておりますか?」

「・・・貴女の言う『彼』が私の知っている『彼』ならば、おそらく」


言葉を濁したが間違いなく兄貴の事だ。おそらく最近決まった遺跡に関しての話だろう。

最近何故か、親父はこういう重要な事もちゃんと話してくれる様になった。

以前なら起こってから結果を伝える事はあっても、他国との関わりもある重要な事はめったに教えてはくれなかった。


俺が兄貴と個人的な繋がりが在る事も理由だろうが、それ以上の親父の意図は読めていない。

妹はどっから情報を仕入れて来るのか、教えても貰っていないのに知っている時が有る。

やはり俺なんかよりも、妹の方が王になる資格がある気がする。

弟達より、俺より、あいつの方がどう考えても優秀だ。


「殿下は『彼』の今後の扱いを、どう思われますか?」

「そうですね、私は『彼』なら、特に気にしていないと思います」


あの人は、兄貴はそういう人だと思う。特に名声なんて要らない。立場なんてもっと要らない。

ぽやっと気楽に生きて行ければそれで良い。そういう人だ。


それなのに兄貴は力を得た。明らかに限界を超えた修練を経て。

あの人は身体能力に恵まれた人じゃない。何度かやった以上、そんな事は良く解っている。

兄貴を支えている物は、明かに人間一人が詰め込まれるには異常だと言える数々の技術と、その技術を成しえるに至った魔術。

あの力を手に入れる為に、地獄の様な訓練を当たり前に受け入れたのが、タロウという人物。


それを知る今だからこそ、初めて会った時よりもあの人に惹かれている。

あの人は自分で思っているより凄い人だ。周囲の人間もそれを理解しているから兄貴に優しい。

兄貴は音を上げて良かった。諦めて良かった。折れて良かったんだ。

けど折れなかった。折れずに全員の想いに応えた。


それがどれだけの事なのか、解る人間にしか解らない。

想いに応える事がどれだけの重荷か、解る人間にしか、きっと解らない。

勿論あの人の性格もあっての事だと思うが、それでもあの人を尊敬するに十分な理由だ。


それに、普通人間は力を得ると増長する。かつての俺がそうであった様に。

兄貴はそうなってもおかしくない力を持っているにもかかわらず、そんな気配は一切ない。

それを当たり前に生きる為と、恩人や家族の為に使うあの人を、俺は尊敬している。


「そう、気にしていない。だからこそ『あの子』の存在が『彼』にとって良くない結果を導く可能性がある」

「・・・それはおそらく、かの国も警戒はしているでしょう。『あの子』の存在が世間に知られれば、あの連中がどう動くかくらいは当然」


あの子とはクロト君の事だろう。

彼という存在がどういう物かを知っていれば、その危険もおのずと解る。

彼自身が危険なんじゃない。彼を担ぎ上げる存在が危険だと。

あの破滅趣味の狂人共が何をするか解らないと、ウムルも警戒している筈だ


「あの手の連中の動向は『あの子』の存在を確認した時点で、今までよりも気を付けていると思いますが」

「そうでしょうか。私にはそうは思えません」


俺の言葉に、彼女は鋭い目で否定を返してきた。

その目の鋭さに一瞬びくっとしてしまう。自分より年下の幼い子に威圧感を覚えた。

これが国を背負う人間の覇気って奴だろうか。この年でこれとは中々末恐ろしい。


「あの国は、良くも悪くも寛容です。それが悪い方に働いた時が私は怖いのです」

「悪い方に、ですか」

「ええ、あの国は他国とは違う。貴族の力が強いようで弱い。不思議な国です」


面白い見方だ。確かにウムルの土地を治める者達は貴族であって貴族とは違う。

他国の貴族の様な、領地に対する絶対の権力など持っていない。

貴族であっても横暴な振る舞いをすれば、相手がだれであっても裁かれる国だ。

近年までは容認されてた連中も、決定的な排除要因を作ってしまったせいで完全に排除された。


「ですが『彼』の在り方ならば、特に問題は無いのでは」

「・・・普通ならきっとそうだと思います。ですが予想外と言う物は、何時でも起こり得ます」


彼女は最早鋭いというよりも、険しい顔で俺を見つめている。

その目には一体何が見えているのだろうか。馬鹿な俺には話が見えてこない。


「私は最悪、『彼』が捨てられる可能性も有ると思っています」

「―――っ、馬鹿な! そんな事があっていい筈が無い!」


彼女の言葉に、今の状況もお互いの立場も忘れて声を荒げてしまう。

だがすぐに自分の無礼に気が付き、頭を下げた。


「誠に申し訳ありません、女王陛下。立場もわきまえず、失礼な事を」

「構いません。先ほど申し上げました通り、私達の立場は貴方が上なのですから」


俺の謝罪に、ニッコリと笑って返す小さな女王陛下。

ああ、そうか成程。最初の会話すら、俺のこの行動を見越しての言葉か。

全く恐れ入る。俺などでは到底かなわないな、彼女には。

素敵だな、彼女は。フェビエマ以外で初めて素敵だと思える女性に会えた。


「私が貴方に、貴方個人に訊ねたかった事は、もし『彼』がそうなった後の事です」

「・・・貴女は『彼』がそうなると思っているのですか?」

「確信はありません。あくまで可能性。ですが全くないとは思っていません」

「・・・なるほど、確かにあり得ない話では無いのかもしれませんね」


そう言ったものの、俺には兄貴が捨てられる事が想定出来ない。

ウムル王の性格や、八英雄に直に会っている身としては、あまりに理解できない。

だがこの小さい女王陛下には、俺が見えない何かが見えているのだろう。


「トレドナ殿下。貴方は彼がそうなった時、どちらにつきますか?」

「無論、決まっている」


彼女の言葉に即答で応える。

当たり前だ。俺が付く方など、今更考えるまでもない。

相手が誰であろうと、何であろうと、俺は兄貴に付く。


兄貴は、俺の目を覚まさせてくれた人だ。

俺を成長させてくれた、生き方を見つけさせてくれた人だ。

あの人の努力を知っている。あの人の凄さを知っている。あの人への恩がある。

そんなあの人が、今も何の褒賞も無いに等しい事に応えているあの人が、そんな目にあっていい筈が無い。


「その答えが聞きたくて、ここに来ました」


俺の答えに、女王陛下はニッコリと、本当に嬉しそうに笑った。

まさか試されていた、か?


「人が悪いですね、陛下」

「申し訳ありません。どうにも質の悪い人間達に囲まれて育ってしまったもので、性根の悪さはごまかせないのです」

「まさか、冗談ですよ。貴女の性根が悪いというのなら、世の人間の大半がそうでしょう」

「それは買い被りと言う物です。綺麗な人間が座るには、王座というのは汚れた物ですよ」


彼女は皮肉めいた笑いを見せるが、俺はそんな彼女の態度を好ましく思う。

清濁飲み合わせ、その上で彼女は強く、しっかりと在るだけだ。

強い女性だ。小さな女王陛下と思うのは、心の中でも失礼だな。


「貴方から良い返事を聞けて良かった」

「私も、貴女とまた話せて良かった」


お互いに笑みを返し、覚悟を見せる。

たとえ相手がウムルであっても、帝国であっても、それこそリガラットであっても。

私達は互いに『タナカ・タロウ』に付く同士だと。


「では、この辺で失礼致します」

「もう行かれるのですか?」

「ええ、ここに来たのも、やる事の合間を縫って来たものですから」

「そうですか、なら引き留めるわけにはいきませんね」


彼女が去って行くのを、自身も席を立って頭を下げて見送る。

だが彼女は出口の傍で、足を止めて振り返った。

どうしたのだろうかと思っていると、予想外の言葉が飛んできた。


「貴方の妹様にもよろしくお伝え願えますか。きっと私達、気が合うと思いますので」

「妹、ですか」

「ええ、よろしくお願いしますね、バレンナ殿下」


彼女は妹の名を呼ぶと、今度こそ去って行った。


「妹って・・・何でだ?」


ああ、そういえばあいつは兄貴の奥方に懐いていたっけ。

だがそれを知っていたとしても、最後はまるで妹自身に挨拶をして帰った様だった。

・・・まあいいか、良く解らないが伝えておくとしよう。


クエルエスカネイヴァド・ポヘタ・グラウジャダバラナ女王陛下。

また会う機会が有る事を、そしてそれが良い事であることを祈っているよ。

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