第500話タロウが搾られている間の話ですか?

「お帰りー。タロウ君なんて言ってた?」


クロト君の事の伝言をお願いしたファルナが帰って来たのを感じ、振り向かずに問う。


「心配そうでしたが、よろしく頼みます、と」

「そ、クロト君を信用してるんだね。そして信用して貰えてるわけだ」


クロト君の身の上を考えれば、そして私の立場を考えれば、その言葉はなかなか言えない筈だ。

彼が暴走して人類の敵になる可能性は無くはない。

そして私がそれを危惧して彼を殺す可能性もある。


勿論そんな事をする気は無いけれど、それでも普通は考えてもおかしくない。

イナイはおそらく、今そんな事をする理が無いと思っているだけだろうけど。

実際に今はクロト君が必要だし、消す意味はない。

けど、人間の感情っていうのはそんなに簡単じゃないものだ。


そしてクロト君も、彼が彼である限りきっとそんな事はしない。

この子は良い子だ。ハクちゃんとは仲が悪いみたいだけど、周りをよく見てるいい子だ。

必要な事、求められている事、なすべき事を全て理解している。

自分の弱い部分を直視して、至らない部分を至る為に努力している。

きっとタロウ君は、そんなクロト君を信用しているんだろう。


「良い親子関係だね」

「ええ、血は繋がっていなくとも、彼らは家族ですね」


ファルナの言葉にクスッと笑みが漏れる。

彼との出会いは完全な偶然だ。あの時はこんなに深い関係になるとは思っていなかった。

偶々出先で出会った気の良い男の子だった。

後で彼の年齢聞いた時は驚いたなぁ。あの頃は10は違うと思ってた。

実際は私と2,3しか変わらないとか、流石に童顔過ぎると思う。


ある意味イナイとはお似合いだ。彼が何時まで童顔かはちょっと解らないけど。

シガルちゃんはどんどん身長伸びてるみたいだし、彼女が一番年上に思われそう。


「彼は、どうですか?」

「さーてねぇ。彼自身は何かを掴んだみたいだけど、私には解らないや」


私の膝の上に頭を乗せ、すやすやと眠る男の子の頭を撫でる。

寝てる間は流石に怖くないのか、それとも慣れてきたのか、私の手に怯える様子は見せない。

いや、彼の今までの反応を考えれば、怯える必要が無くなりつつあるだけなのかもしれない。


「可愛いなぁ。弟がいたらこんな感じかな」

「あの頃は遊べる年頃の幼い子は、女の子しか居ませんでしたからね」

「そうだね・・・懐かしいね、ファルナ」

「・・・ええ、そうね」


クロト君の頭を撫でながら、幼い頃の幸せな生活を思い出す。

まだ平和だった頃の、何も気にせず毎日を過ごしていた頃の事を。

父も母も、おじさんもおばさんも、祖父も祖母も生きていたあの頃。


そんなに大きな集落では無かったけど、そこまで小さいものでも無かった。

だからこそ攻めて来られたんだろう。

攻めるのにそこまでの苦が無い人数で、かつ少なすぎもしない。

捉えて使うには丁度いい人数で、ついでに遊ぶにも丁度いい人数と容姿だったのだろう。


私達の容姿は尻尾がある以外は人族とほぼ変わらない。

だから連中にとっては良いおもちゃだったのだろう。

人間とそっくりで、でも人間扱いしなくて良い玩具。

どうなるかなんて、考えるまでもない。


「私さ、こう思う時が有るんだ。実は今が夢なんじゃないかって。あの時の絶望で心が壊れて都合の良い夢を見ているんじゃないかって」

「ギーナ・・・」


あの時の光景は、記憶からだんだん薄れ始めている。

胸に抱いた気持ちは忘れていない。あの時の悲しさも悔しさも忘れていない。

あの光景の出来事も全く忘れてなんかいない。起こった事は何も忘れていない。

勿論今でも鮮明に目に浮かぶ物もある。

けど、その時確かに見た光景のいくつかが薄らぼんやりとなりつつある。


そのせいか最近、自分が本当にあの出来事を直視出来ていたのだろうかと疑ってしまう。

本当の私は力のないただの小娘で、あそこで嬲られて遊ばれている間に見ている夢なのではと。

人を救う力なんて、本当は無かったのではないかと。


そんな弱音を吐いたら、両ほほを軽くペチンと叩かれた。

目の前には両手で私の顔を掴むファルナ。

ぽかんとしていると、ファルナは困った様な優しげな顔で口を開く。


「目が覚めた?」

「・・・はは、ばっちり」


あの惨状を、あの地獄を一緒に見ていた親友が私を起こしてくれた。

震えながらもずっと私の傍を離れないでくれた親友が、確かにそこにいる。

なのに今を夢なんて、彼女に失礼だ。


「ありがと、ファルナ。大好きだよ」

「どういたしまして。でも言っとくけど私そっちの気は無いから」

「私だってないようー」

「あははっ」


膨れる私を見て笑う親友に、私も笑いが零れる。


彼女が居た事は私の心の支えだった。

どこまで行ってもついてきてくれた彼女が、幼い頃の私の支えだった。

今は背負う物が沢山増えて、弱音なんて吐いてる暇なんか殆ど無くて、でもそれでも、今でも彼女は私に弱音を吐かさせてくれる。

弱音を吐く私を認めてくれる。支えてくれる。大切な親友。


だからこそ、彼女は彼女の生きたい人生を生きてほしいとも望んでいる。

私にとって彼女は必要だけど、だからって彼女が人生を私に捧げる必要はない。

彼女は彼女の幸せを掴んでほしい。大事だからこそ、離れる事を望む時が有る。

きっとこの想いも、親友にはバレているのだろうけど。


「まあ、ファルナはあのモフモフに心奪われてるからねー。抱き心地良さそうだもんねぇ」

「別にモフモフだから好きになったんじゃないわよ」

「でも好きでしょ」

「・・・うるさいな、だって触り心地良いんだから仕方ないじゃない」


私のからかいの言葉に、ファルナは拗ねる様に応える。

彼女の想い人は、ニョンは彼女を娘か孫の様にしか見ていない。

年齢が離れているせいもあるだろうが、彼女の想いを理解した上でその態度だ。

望みは薄い事は彼女も解っているし、私も軽々しく想いが通じる等とは言えない。

けど、想いを知っている身としては、やはり叶っては欲しい。


彼にこの話をしても、きっとのらりくらりと躱されて終わりだろう。

彼はそういう人だ。本質の掴みどころがない、私ですら怖いと思う事がある相手だ。

そんな彼に惚れるファルナも大概物好きだと思う。

本人も自覚しているのか、言っても怒るどころかため息ついてしまう。


「何で私、あんな人好きになっちゃったんだろう・・・」

「あはは、私に言われてもねぇ」

「私の事ばっかり何時まで経っても子供扱いで、ほんと嫌になるわ」

「ある意味可愛がってるのかなぁと思うけどね」

「不本意だわ」


でも何となく、何の根拠も無いけどニョンはファルナを多少は意識していると思う。

本当に、一切の根拠は無いけど、二人とずっと付き合っていた何となくの勘だ。


「まあ、彼にとっちゃ年下も年下だからね、ファルナ」

「それは解ってるけどさぁ」

「ファルナだってさ、もしクロト君に好きって言われて、それを受け入れる?」


私の言葉にクロト君に視線を落とし、腕を組んで唸るファルナ。


「そう言われると、そうなんだけど・・・」

「ま、あの人本当に良く解らない所あるから、のんびり頑張ろうよ」

「はぁ・・・本当に私、面倒な人好きになっちゃったなぁ」

「でも好きなんでしょ?」

「・・・うん」


可愛いなぁ、ファルナ。私も好きな相手が出来たら今でもこうなるのかな。

今のところ好きな男性って居ないんだよね。

タロウ君とかは割と好みだけど、それは人間性であって男として好みって訳じゃないし。

・・・男性を頼る感覚も解らないし、何だか今の私は結婚とか出来る気がしないな。


「うう、ん」


何となく寂しい未来を想像していると、クロト君が目を覚ます様子を見せる。

彼は目をこすりながらゆっくりと起き上がり、ぼーっとした顔で私達の顔を見渡す。

可愛いなぁ。この子は男の子なのに女の子みたいな容姿だから、殊更可愛い。


「・・・おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます、クロト君」


起きた挨拶をするクロト君だが、今は深夜だ。

おはよう、という時間では無いかな。

まだ寝ぼけている感じのする彼を見ながら、微笑ましい気持ちになる。


「もう、平気そうだね」

「・・・今の、貴女なら。でも流石にあれは怖いです」

「あはは、良かった。普段の私も怖がられるのは、流石に堪えてたからねぇ」


なんだかんだ子供に怖がられるのは少しつらい物があったからね。

怖がられなくなったのは何よりだ。


「さて、回復したみたいだけど、どうするクロト君」

「・・・続きを、お願いします。あれじゃまだ、少し足りない」

「りょーかい。じゃあ、続きと行こうか」


彼が私から離れてその身を黒く染めたのを確認して、私も私を作り替える。

だが数日前と違い、今の彼は恐れていても竦むことは無くなった。

彼の中で何かが変わって、何かが掴めたと感じたのはそこだ。


きっと彼は、何かを一つ乗り越えたのだろう。

彼が怖がっていたのはきっと私じゃない。彼が怖がっていたのは彼自身。

だからもう、普段の私は怖くない。


だけど―――――。


「・・・くっ」

「来ないなら、こっちから行くよ?」


今の私は、やっぱりまだ怖い様だ。

何も出来ずに竦むという様子は見せないが、足が前に出ないでいる。

これはもうちょっと、時間がかかるかな。

私が自由にできる時間はあと三日ほどだったかな。それまでに掴み切ってくれると良いけど。

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