第497話シガルの最後の一手です!

やべえ、転移―――駄目だ、シガルが張ってる阻害魔術を突破する時間が無い。

どうやっているのか解らないけど、今のシガルは純粋に俺の全て上を行っている。

このタイミングじゃ阻害を抜ける為に手間取ってる間に撃たれる。

さっきは既に転移の準備が整ってたから逃げられたけど、今回は間に合わない。


逃げるのは無理だと判断して即座に身体強化を止め、熱線の防御に全てを回す。

身体保護を全力でかけて、前方に障壁を時間の許す限り張り、出来る限り力を障壁に注ぐ。


勿論シガルが待ってくれる筈も無く、熱線は放たれた。

最初に張った障壁は容易く打ち抜かれ、紙でも破く様にその後の障壁も抜かれていく。

抜かれる端から障壁を張り続け、熱線が身に届くギリギリまで障壁を張り直し続ける。


自分が使える3つの魔術を全て同時行使で、全力で防御の為だけに力を注ぐ。

自分の立っている感覚も怪しく、心臓が破裂するかと思う様な緊張と恐怖を押し殺し、不要な思考の一切を排除してただ眼前の脅威に対応し続けた。

この一撃は、この一閃は、一瞬でも気を抜けば持っていかれる。


「・・・あーあ、勝てなかったかぁ。あの連打で決められなかったのが敗因だなぁ。準備も詠唱も無しで撃ったから威力も足りなかったし」


そんな声が聞こえた気がした後に、恐怖から永遠にも感じた赤い閃光が晴れる。

その先にいつもの姿に戻ったシガルが残念そうな顔で薄く笑っているのを、煩いぐらいに鳴る心音を感じながら視認する。

彼女の息は荒く、顔色も悪い。さっきの一閃が最後の一撃だったの事が感じられた。


「仙術って、貰うと予想以上に影響出るね。動けなかったや・・・」

「シガルっ!」


そして彼女は笑顔のまま、膝から崩れ落ちていく。

俺は慌てて抱き留めに行き、支えきれずに一緒に倒れてしまった。

倒れる際にシガルを抱き抱えて俺が下になる様に倒れたので、彼女に怪我は無い筈だ。


「あてて・・・シガル、大丈夫?」


シガルに問うが返事がない。

心配になって彼女の状態を確認しようとして、体が動かない事に気が付いた。

立てないどころか体を起こす事も、シガルを抱きしめているつもりの腕も上げる事が出来ない。


「ああ、くそ、魔力も足りねぇ」


強化か、最悪体を無理矢理動かす魔術でも使おうとしたけど、魔力がもうほぼ空っぽだ。

魔力の無くなった倦怠感と体の疲労も相まって、意識が飛びそうな自分を自覚する。

シガルは先の一撃で全てを使い切ったみたいだけど、俺も全部使い切ってしまったみたいだ。

仙術の影響も出ていて体中が痛い。流石にバルフさんとやった時程の影響は出ていないが、この状態から仙術を使うのはきつい。


「動けない様ですね」


どうしようか困っていると、のぞき込んでくるイナイが視界に入ってきた。

その角度だとスカートの中も見えてますよイナイさん。可愛いフリル付きですね

偶に大人っぽい黒のレース付きとかも履いてるけど、こっちの方が似合う気がする。


「どこを見ていますか」

「ぶぎゃ」


可愛い下着を眺めていると、顔面を踏まれた。

体が動かないので何の抵抗も出来無い。

は、鼻が潰れる。


「全くもう」


呆れたようにため息をつくと、彼女はしゃがみ込んで俺の頭をぺちんと叩き、治癒魔術を使い始めた。俺とシガル両方一気に治すつもりの様だ。

仙術の影響も有って痛いな。まあ今回は我慢できる痛みだけどさ。

自分で治癒かける余裕は負傷的な意味でも余力的な意味でも無いので、痛みを我慢して受けるしかない。


「辛いでしょうが、少し我慢なさい」

「うあーい」


情けない返事を返しながら、イナイの治癒魔術を大人しく受ける。

レイファルナさんも傍に寄って来て、くすくすと笑われてしまった。


「タロウさん、貴方はシガルちゃんにとって、とてもいい伴侶なのですね」

「はい?」


レイファルナさんが優しい笑みを向けながら言ってきた。何ですか急に。

視線が俺に向いて無いな。彼女の視線を追うと、シガルに向いているぽい。

首が動かないので目だけで何とかシガルの様子を見ると、俺の腕の中でとてもいい笑顔で彼女は眠っていた。

すげーいい笑顔。


「彼女、ずっと楽しそうでした。少し羨ましいぐらいに」


レイファルナさんもしゃがみ込み、シガルの頭を優しく撫でる。

楽しそうだった、か。確かに今日のシガルはとても楽しそうだった。

相対しているこっちとしては、かなり怖かったんですけどね。


「ええ、本当に・・・とても、とても羨ましい程に、楽しそうでしたね」


レイファルナさんの言葉に、感情が見て取れないトーンで、イナイが言った。

なんとなくその表情が、寂しくて泣きそうに見えた。

実際はほぼ真顔に近いんだけど、何となくそう感じたんだ。


「ぐっ」

「あ、何やって」


使ったら後が辛いのは解っているが、無理矢理仙術で体を動かしてイナイに触れる。

困惑した表情のイナイを強引に抱き寄せ、そこで完全に力が抜ける。流石に本当に限界だわ。

だがイナイは俺の胸に頭を乗せたまま、退く様子は無い。


「・・・治療しにくいんだが」

「イナイなら出来る出来る」


少し拗ねたような表情をしながら文句を言うが、やはり彼女は退く様子を見せない。

そんな彼女を可愛く思いながらそのままでお願いと伝え、彼女はその願いを聞き届けて俺の胸に顔をうずめながら治癒を続ける。

クスクスと楽しそうに笑うレイファルナさんの顔を見たのを最後に、俺の意識は消えていった。

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