第495話イナイの疑問と羨望ですか?
「・・・何か、違うな。いや、あたしが理解しきれていなかっただけか?」
「何か言われましたか?」
「あ、いえ、すみません、ただの独り言です」
危ねえ。隣にレイファルナがいるのも忘れて素が出ちまった。
だがしかし、シガルのあれはなんだ。どう見てもあたしが使った身体変化や分体とは違う。
あたしの身体変化は自分が元々出来る事以上の事は出来ねーし、分体は更に能力が落ちる。
だがさっきのシガルの魔術は、明かに今迄のシガルの力量を超えていた。
あの子は才能の塊だ。将来セルやグルドと同じぐらいか、あの二人を超えるんじゃないかと思わせる程の才能を持っている。
シガルの才能なら、いつかはさっきの魔術が使える域には間違いなく辿り着くだろう。
だが現況のあの子じゃまだ届かない筈だ。さっきの魔術は、使えない筈だ。
あの魔術は、下手をすればあたしにも出来ない物だ。いや、間違いなく出来ないな。
無詠唱で発動を一切関知させず、離れた位置に複数の高威力広域魔術を同時発動させた。
あれはあたしじゃ無理だ。絶対途中でバレるし、精度と数が上を行ってる。
タロウだから防御出来たし威力を減衰出来たが、ちょっと魔術をかじった程度の奴が食らえば、間違いなく何をされたのかも解らずに死んでいる。
「いくよぉ!」
先の光景に結論が出ずに思考を巡らしていると、シガルが宣言して駆け出した。
足場が爆ぜる様な踏み込みで、一瞬でタロウの懐に潜り込む。
身体能力も段違いに上がっている。あの速度は今までのシガルじゃ絶対に出ない。
やはり今のシガルが使っている身体変化は、ただの身体変化じゃない。
タロウの表情もいつもの訓練の顔じゃないな。
ミルカやセルと手を合わせている時と同じ、マジな顔になってやがる。
バルフとやった時と同じくらい動きが速いし、4重強化はもう使ってるんだろう。
そのタロウの速度に、シガルが完全に追いついている。
「素晴らしいですね。聞いてはいましたが、お二人ともお強い」
「まだまだ未熟な二人ですが、私達に必死に追いつこうと努力していますから」
レイファルナが二人を褒めるが、横目で見るとその表情には余裕がある。
予想はしていたが、この娘もあの程度なら対応出来るという事だろうな。
ギーナの配下なんだし、その位は当然と思うべきか。
特にニョンという男に関しては、中身が読めない上に力量も読めない。
ただ言えるのは、あいつは間違いなく、カグルエおじさんと同じ類の人間だ
味方だと心強いが、敵に回すと一番嫌なタイプだ、あいつは。
「ぐっ」
「せえっ!」
目線を彼女からタロウ達に戻した瞬間、タロウがわき腹を打たれ、少し下がった顎を掌で打ち上げられていた。
身長が伸びているせいで、撥ね上げ方も大きい。
シガルの奴、本気で容赦がねえな。あんなもん普通の奴が食らったら首がもげて死ぬぞ。
今のあいつらの速度に追いつけるどころか、まともに視認できる奴は一握りだろう。
そんな攻撃を容赦なく惚れた男に叩きつけられるシガルは、中々肝が据わってる。
シガルの目にはタロウが何の魔術をどう使っているのか見えているから出来る事だろうが、それでもあそこまで思い切りよく叩きつけられるのは感心する。
いや、違うな。
感心より、そんな感情より、ただただ『羨ましい』という気持ちが強く表に出て来る。
シガルが羨ましい。あんなに楽しそうに自分の全てをぶつけられる彼女が、とても羨ましい。
惚れた男の隣で、同じ位置で、同じ目線で、自分の全てを受け止めてくれると思える彼女が羨ましい。
我儘な話だ。
あたしはシガルより後から告白して、シガルの横からタロウをかっさらった様なもんだ。
シガルにとっちゃ、タロウが素直にあたしを受け入れる環境だった事が羨ましい筈だし、あいつがあたしに寄りかかって頼りにしている事実が、何よりも羨ましい筈だ。
そんなあたしが、タロウと同じ位置に今立っている彼女を羨ましいなんて筋近いにも程がある。
そんな事、頭では解ってる。理解している。
けど、今の二人を見ていると堪らなく羨ましいと、あまりに女々しい感情が浮かんでくる。
何かが違えばあたしもあんな風に甘えられたのかな、なんて考えても仕方ない事を考えちまう。
シガルがあまりにもいい女過ぎて、強すぎてまっすぐすぎて、張りぼてな自分を見つめ直しちまうのかもしれない。
本当は弱くて情けなくて強がってるだけの自分にとって、シガルの真っ直ぐさはとても眩しい。
あたしの強く在ろうと、シガルの強く在ろうは、まるで別物だ。
「―――まずっ」
撥ね上げられて身動きが取れないタロウに、複数の雷の魔術がまたも発動を感知させずに全方位から降りかかる。
まずいと思った呟きがタロウの口から洩れていたが、その時には既に対処に動いていた。
身体保護は相変わらず全力でかけている様だが、今度は障壁を大きく作らず、綺麗に攻撃だけを受ける様に複数重ねて張る事で受け切った。
数と精度と反射速度に、鍛え上げたセルとミルカの力の入れ様をしみじみ感じる。
本当に楽しかったんだろうな、あいつら。
それにしても、また仕込みも発動も感知出来ない複数の遠距離魔術か。
それも容赦のない魔力量の込められた、普通なら致死領域の魔術を放った。
あれはタロウが受けきれると思って無ければ出来ないだろう。
実際あいつは最初の一撃で自分が劣っていると判断して、受けられる方法を即座に実行した。
そのやり方も明らかに度を越した技術だが、魔力を可視化できるあいつならではの対処法だ。
そのせいでシガルの笑みが深みを増している。
防ぐのを知っていたとばかりに、手を休めずに次の攻撃に移っている。
自分の攻撃を完全に防がれた事に驚きなんて一切なく、当たり前のように追撃をかけている。
この程度で倒れるわけがないと。この程度対処出来ないわけがないと。
ただそれでも、本気で対処しなければ危ういと、タロウが感じているのを理解している。
だから余計に楽しい。追いかけていた人が本気で自分を相手にしている事がとても楽しい。
今迄歯牙すらかけられない程度の力量差だったものが、やっと届いたのが楽しくて堪らない。
シガルのその感情が、手に取るように解ってしまう。
あいつは今、今迄で最高にタロウに甘えている。それが解ってしまう。
小さなライバルに、大きな嫉妬心が膨らんでいくのを自覚していく。
なるべく考えないようにしていた、彼女の大きさに、強さに、自分の弱さを比べてしまう。
本当に、今更に、思い知らされる。あたしとシガルでは、違うのだと。
くっそ情けねえな。
シガルの技術の内容よりも、あいつが甘えてる事を羨む方が上かよ。
本当に変わっちまったな、あたし。
――――本当に、羨ましい。
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