第494話シガルは楽しくて仕方ないのですか?

「タロウさん、初めて仙術をあたしに使ってくれたね」

「あれ、そうだっけ」


何となくさっきの一振りは仙術を放ったんじゃないかとカマをかけたら、彼はあっさりと引っかかってくれた。

となるとここからは仙術も込みで考えて動かないとまずい。

さっきの一手を打っておいてよかった。あれをしていなかったら不意打ちで仙術を貰って終わりかねない。


「そうだよ。初めてだよ」


内心の焦りを隠しつつ事実を伝える。

それに実際仙術の強化は使っても、彼があたしに仙術を打ちこんできた事は一度もない。

だって、彼があたしに仙術の一撃を使う必要がないもの。


当然だ。あたしは彼の技量に追いついていない。

同じ速度で動いていても、明らかにいなされていた。

重ねた密度がまだ足りない。


タロウさんは樹海にいる間、ずっとミルカさんやリファイン様と手を合わせていた。

その訓練の密度は、世間の誰と手を合わせるより濃い物になっている筈だ。

ハクやお姉ちゃんと訓練をして日々努力はしているけど、それじゃ彼に追いつけない。

だって彼だって、立ち止まっていないのだから。


それに彼にはまだ上がある。4重強化で対応されれば、勝負は一瞬で決まる。

あの速度は、あの力は、あたしの二重強化を悠々と超えていく。

だというのに、彼があたしに気功仙術の本領を使う理由がある筈が無い。


その上魔術を放っても彼には通用しない。彼自身が肉弾戦技術を多く使用するせいで目立たないけど、彼は魔術戦でも高い能力を持っている。

あたしの魔術行使では、攻撃力を持たせようとすれば感知されるし対処される。

接近戦で使った魔術はどれも、彼に対抗するための苦肉の策だ。

どうあがいても、今の私じゃ絶対に彼に届かない。


そう、今の私じゃ、届かない。

だから。彼に届く自分になった。

いつかなるであろう未来の可能性を、無理矢理引き出した。


勿論こんな無茶、長時間は出来ない。

魔力の消費量も尋常じゃないし、さらに戦闘に使用する魔力も要る。

タロウさんと同じ時間制限付き。

後はどっちかの時間が先に尽きるか、もしくは相手を超えているか。


さっきので一合で確信できたけど、今のあたしの状態なら魔術でタロウさんの上を行ける。

純粋な魔術の技量では、どうやらあたしの方がタロウさんより上の様だ。


でもそれは多分、今だけだ。

あと数回、早ければ二回も魔術を使えば彼はきっと対応してくる。

今のあたしと彼は、こちらは彼の手を把握して、向こうは全てが不意打ちを食らう様な物だ。


実戦は常に相手の手など解らない事を考えれば、卑怯なんて事は言わない。

これでもまだ、実際には彼には届いていないのだから尚の事言う余裕はない。


でも―――。


「これでやっと、まともに勝負になる」


顔がにやけるのが止まらない。目の前の彼から余裕の顔が消えたのが嬉しくて堪らない。

やっとあたしを見てくれた。やっと「恋人のシガル」ではなく「魔術師シガル」を見てくれた。

さっきと迄とは違う、明らかに戦闘態勢に入った構えと気配が、自分の背筋に嫌な感覚を覚えさせる彼の警戒が本当に嬉しくて堪らない。


ああ、やっとだ、やっとここ迄来た。

やっとスタートに立てた。

やっとこの人の隣に立てた。視界に入った。この人が戦うにふさわしいと思える所まで来れた!


「楽しい。楽しくて堪らないよ、タロウさん!」

「俺は怖くて堪らないんですけど。シガル、本当にお手柔らかに頼むよ?」


それでも相変わらず変わらない、何処か緩い答えに別の笑みも漏れる。

ああ知っている、この人はこういう人だ。

どれだけの恐怖を持っていても、なるべく自身を平坦に保とうとする人だ。


だから変に誤解されてしまう。

強い人だと。戦える人だと。皆はそう認識してしまう。

けど実際は違う。この人はとても弱くて脆い人だ。だから強くないと立っていられない。

弱い自分を良く解っているからこそ、弱さをなるべく前に出さない様に飄々としている。


彼が怒りの時だけ簡単に振り切れるのもきっとそれが原因。

辛いのも悲しいのも怖いのも誤魔化せる。それは自分の認識している弱い部分だから。

でも怒りは、その悲しいを誤魔化すために、辛いを誤魔化すために使って来た。

だから他の感情と違って、彼は怒りの感情だけ極端に振り切れる。


「やーだよ♪」

「楽しそうだなぁ・・・」


あたしはそんな彼の支えになりたいと思った。彼を守りたいと思った。

とても強くて優しくて、あまりに弱い彼の支えになりたいと、そう想った。

やっとだ。やっとあの想いに力が追いついた。

これが楽しくないわけがない! 嬉しくないわけがない!


「本気で行くから、覚悟してね!」

「マジかぁ・・・」


彼はいつもの半身の構え。だけど普段と違って隙のない、バルフさんと勝負をした時の全方位を見ているかの様な緊張感のある雰囲気だ。

これだ、あたしが求めていた物はこれなんだ。

さあ行くよタロウさん、今のあたしの全力、受け止めてね!

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