第493話シガルの奥の手です!

「さーて、行くよータロウさん!」


今にもとびかかって来そうな闘争心を感じる笑顔を向けながら、シガルは元気よく叫ぶ。

先日ミルカさんが来るという話を聞いて、そうなると手を合わせる暇が無さそうなので、その前に一度俺とやりたいそうだ。


「ある程度の怪我は何とかなりますが、あまり無茶をしない様に。セルエスが居ませんので、致命傷は絶対に避ける様にして下さい」


イナイが少し離れた所から怖い事を言う。

でも確かにセルエスさん居ないし、気を付けないとなぁ。

この間の腕の負傷も、実はとりあえずある程度治しただけで、後から治癒魔術かけてちゃんと治したし。


内臓の負傷だった場合、即座に傷を塞げればいいけど手遅れになった時が怖い。

そもそも原型が残っていない場合、治せるかどうか。

そう思うと、死にかけの人間すら即座に治すセルエスさんはやっぱり異常だな。


「致命傷を負う様な訓練をするのですか?」

「彼らは時々無茶をしますから。釘を刺しておかないと。特に今日はシガルがいたく張り切っている様なので」


レイファルナさんの問いにイナイが答えると、彼女は「あぁ」と納得した様に頷いた。

彼女がいる理由はクロトの事を伝えに来たからだ。

何やらギーナさんとクロトは、数日戻る気が無いらしい。

何してるのか知らないけど、あれだけ怖がっていたギーナさんと数日一緒って本当に大丈夫なのかな。

ハクさんは宿で寝てます。


「ふっ!」


俺が二人の会話を聞いていると、シガルは構えずに突っ込んできた。

走りながら身体強化をかけ始め、俺の元に辿り着いた時は既に強化が終わっている。

俺は彼女の突き出す拳をしっかりと視認し、仙術で強化しながら掌で弾こうとする。


「紫電」

「いづっ!」


だが短く呟いた彼女の声と共に小さな雷が俺の掌を弾き、がら空きの懐を晒してしまった。

強化の無詠唱どころか、攻撃魔術すら単語で出来る様になってたのか。

あれ、てことは魔術に関しては俺、シガルに追い抜かれてね?


焦る俺にシガルは一切の躊躇を見せず、その拳を胸に突き入れようとする。

やべえ、早い、このままじゃ躱せねぇ。


「くのっ!」


間に合う自信はないが急いで魔術で強化をかけ、その間にも拳を避けるために体を捻る。

手が弾かれた時に体も少し持っていかれていて、余計に躱しにくい。

だが何とか強化を間に合わせ、攻撃を回避しつつ反撃にうつる。


「疾風」

「ぐっ!」


またも短い呟きと共に魔術が放たれ、伸ばしきった彼女の手から放たれた突風が俺のわき腹をえぐり、体を吹き飛ばす。

詠唱が短いせいなのか威力はそこまで無いが、踏み留まる事は出来なかったし、反撃も出来なかった。

以前より格闘技と魔術の合成が上手くなってる。

やっべ、本気で接近戦すると、俺より彼女の方がもう上手なんじゃないかこれ。


吹き飛ばされながらそんな事を考えていると、シガルは俺の着地を待たずにまた走って来た。

あの技量が有るなら足を止めて遠距離も打てる筈だけど、それはやらないんだな。

まあ多分、相手が俺だと避けられると思ってるからだろうけど。


先の二撃はどちらも、ギリギリまで魔術の発動を感じなかったから避けられなかった。

けど、流石に遠距離なら避けるし対処できる。彼女は俺の能力を理解して、俺が躱せない技を作って来たんだ。

その上―――。


「ふうっ!」


表情から笑みが消え、真剣な表情になる。それと同時に彼女の速度がさらに跳ね上がった。

これはもう、二重強化じゃ追いつけない。

三重強化を発動させて、彼女の速度に自分を追いつかせる。

身体能力の差が出てるなと実感するなぁ。


解っていたけど、最近彼女の素の身体能力は俺より上を行き始めている。

その上魔術の技術もかなり上がっている。

同じように強化していたのでは、身体能力の時点で押し負ける。


なのに「二重強化」を使われては最早今迄の様に対処は出来ない。

以前は必死に制御していた様子だったけど、どうやら完全に物にしたらしい。

表情は真剣そのものだが、以前と違い余裕のない雰囲気は感じない。

そのせいなのか、前よりも明かに早い。


「焔」

「うわっちゃ!」


今度はスウェーで躱した顔に向かって掌から炎が放たれ、シガルを見失った。

ていうか顔に炎って容赦ないなシガルさん!

慌てて振り払うが、焦りはそこまでない。探知で位置把握してるから見失う事は――――。


「げっ」


シガルが居ると認識していた方を向くとシガルがおらず、背後から踏み込みの音がする。

やべえ、以前俺がやった事をやられた。

あー、これミルカさんにばれたら絶対怒られる。

俺はもう躱すのを諦めて、シガルが居るであろう位置に後ろ蹴りを放つ。


「土牙」


だが俺の蹴りは彼女の踏み込みによって発動した土の牙によって防がれ、その牙を踏み台にした蹴りが俺の顔面を狙っているのが視界に入る。あの踏込音はこの為か。

そういやはじめてこの子が戦う所見た時も、踏み込みと同時に土盛り上げる魔術使ってたっけ。


迫る蹴りを腕を犠牲にするつもりで防御して、すぐさまその場から飛びのく。

シガルは迫ってくる様子無く、牙の上でじっと俺を見ていた。

今の追撃チャンスなのに、なんで来なかったんだろ。

ガードして痺れる腕を振りながら、彼女の様子に首を傾げる。


「やっぱり、どうあがいてもこのままじゃ届かない、か」


そう一言呟くと、彼女は今まで感じさせた事がない程に魔力を迸らせ始めた。

何をする気だろうか、広範囲魔術とかは対処が面倒だから勘弁願いたいなぁ。

転移で逃げるって手も有るけど、なるべくそれはしたくない。


あれは本当に緊急事態の時以外は使わない様にしておかないと、頼ってたら転移が潰されたとき何も出来ない。

イナイと訓練した時に、それを痛感した。

なりふり構ってられない時は別だけど、訓練こそ使いたくない。


「あああああああああああ!!」


シガルの次の行動を窺っていると、彼女は咆哮を放つように叫びながら、迸らせている魔力を体に絡みつかせていく。

そして彼女の体に絡みつく数が増えていくと同時に、彼女の体が変わって行くのを目の当たりにする。

先程まで俺より小さかった彼女の身長が俺と同じまで大きくなり、それでもまだ止まらずに追い越していく。


「あああああああああ!!」


最後に天に向かって吠える様に叫ぶと、魔力が完全に安定して彼女の身体変化も止まった。

その姿は彼女の母のシエリナさんそっくりで、けどシエリナさんよりも体つきのしっかりしている女性が立っていた。

身長は170を確実に超えており、普段から長めの髪がさらに伸びている。

何より体つきが、完全に大人の女性の体だ。


「―――ふうっ、お待たせ。待って無くても良いのに、タロウさんはそういう所変わらないね」


目の前の女性が、妖しげな笑みを浮かべながら語り掛けて来る。

いや、シガルだっていうのは解っている。解ってんだけど脳が状況に追いついていない。


「えっと、ああ、そっか、竜の魔術の身体変化」


以前イナイも使っていたし、シガルも使えるようになったのか。

あれ、でもなんで今その魔術使ったんだろう。

身体変化で補える物なんて、リーチぐらいだ。

いやそのリーチが結構大きな差になる事は有るけどさ。


「・・・正解だけど不正解だよ」


そう呟いた直後、彼女が足場にしていた牙が爆ぜ、彼女を見失う。

それと同時に全方位から異様な魔力量の不可視の魔術が放たれたのを感じ、全力で全周囲に障壁を張って防御する。

だがその障壁はすべて突破され、複数の風の魔術が俺の体を打ち抜き、その勢いで体が面白いように跳ね飛ばされた。


「がっ、はっ」


ちょっとまて、シガルを見失ったと思ったら全力の障壁で防御出来ない風の魔術で殴打され、吹き飛ばされるって本気で意味が解らん。

しかも今の強化と補助かけてない状態で食らってたら、完全にアウトな威力だったぞ。


混乱しながらなんとか痛みをどうにかしようと、吹き飛びながら治癒魔術をかける。

同時に全力探知でシガルの位置を探るが、シガルが見つからない。


「タロウさん、そのままじゃ追いつけないよ」


いない筈の場所から、シガルの静かな声が聞こえた。

その声に、ぞくりと悪寒が走る。

声の主が向ける攻撃の意志に、確かな恐怖を、感じた。


「らあっ!」


なりふり構わず4重強化を発動させ、声を振り払う様に仙術を使って薙ぎ払う。

だがそこにシガルはおらず、彼女を目で探すと牙が爆ぜた位置から殆ど動いていなかった。

視認している筈の彼女に、探知が効いていない。

それどころか、見ている筈なのにそこ居るのか違和感を持つ。


「タロウさん、まだ奥の手は有るからね」

「・・・シガル、ちょっと本気で強くなり過ぎじゃない?」

「ふふっ、まだまだ。これじゃまだ、お姉ちゃんにも貴方にも追いつけてないよ」


目の前のシガルである女性は、とても怪しげな、そして楽し気な笑みを見せる。

俺はそれを見て、背中に冷や汗が流れる感覚しか覚えなかった。

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