第492話クロトが乗り越えるべき事ですか?

「・・・えーと」


テーブルを挟んで座る可愛い男の子に対し、困惑の呟きが漏れる。

じっと見つめると、今更だけど本当に可愛いなこの子。女の子みたい。


彼は私と相対した時からずっと、その体が震えているのが解っている。

いや、もっと前から分かっていた。この子は初めて会った時からずっと、私に怯えていた。

その彼が私に会いたいと尋ねて来たと聞いて、なるべく早めに会えるようにした。


のだけども・・・・。


「だいじょぶ、かな?」

「――――っ」


話しかけると一瞬びくっとして、慌てた様にコクコクと頷かれた。

やはり怖がられているなぁ。


一応彼に関しての話は詳しく聞いている。本当に一切を包み隠さずに全て聞かされた。

仲間達には最初、彼の事情を詳しくは話していなかった。

彼に対する変な警戒を防いでおきたいと思ったからだ。おそらくドッドやフェロニヤ辺りが警戒を隠せない。


とはいえ彼の事を全て隠すのは不可能なので、多少は話していた。

他の魔人と違い、きちんと理性を持って話せる魔人、程度だ。

そのせいでビャビャが今迄の魔人も対話が出来たのだろうかと言い始めたのは少し困ったけど、彼が特別なだけだと何とか納得させた。


その後に彼の事情を聴いて、本当に彼は特別なのだと納得してくれて良かった。

彼女の全てに対して理解を示そうとする姿勢は尊敬に値するが、やはり今迄を思うと警戒心を先に抱いておいて欲しい。

奴らは、何をするかわからない。


もう皆の記憶からは薄まってしまっているし、表の記録にも残ってはいないけど、魔人の起こした惨劇で国が一つ消えている。

それを思えば奴らの目的が何であれ、話が通じるとしても警戒を先にするべきだ。

私達は、多くを守らねばならないのだから。


ただ今はそんな事は一切どうでも良くて、目の前の子が何がしたいのかが解らなくて困ってる。

うーん、本当に何しに来たんだろう。

一応最初の挨拶はしてくれたんだけど、それ以降背筋を伸ばして震えたまま全く動かない。

いや、小刻みに震えてはいるんだけどね。これではまるで私が虐めている様だ。


「はぁっ」

「―――っ」


どうしたら良いのかとため息を吐きながら頭をかくと、それだけで彼はびくっと反応する。

他国で怖がられるのは慣れたつもりだったけど、ここまで真正面から怖がられると少しつらい。

別に私は、子供に嫌われたいわけじゃないのだから。


「んー、そうだ、君甘い物好きだったよね」

「―――っ、はい」


皆で食事を食べている時、お菓子を食べている時の彼は少しだけ笑顔だった。

その時も私が近くに居たのに、ほのかに笑顔で食べていた。


「ちょっと待っててね、ついでにお茶も入れて来るから」


彼の返事を聞かずに立ち上がり、お菓子を探しに行く。

使用人に頼めばいい事なのは自分でも解っているけど、あの空気が耐えられなかった。

彼にも私にも、少し休憩時間が欲しい。


「何しに来られたんでしょうね」

「さーてねぇ」


部屋を出た私の後をついて来るファルナに軽く応えながら、お茶の用意を始める。

彼女は部屋の前にずっと立っていた。おそらく彼と二人きりにはしたくなかったのだろう。


使用人達が管理してくれているので、久々に茶器に触っても綺麗だ。いい仕事をしている。

部屋の隅まで埃がない毎日というのは、最初は慣れなかった事を少し思い出す。


最初は本当に慣れなかった。家ももっと小さい所が良かったんだよなぁ。

皆はもっと豪邸を建てるつもりだったらしい。どうにか抵抗した結果が今の屋敷だ。

もし最初の予定の豪邸を作ったら、私の手で壊すと言ったら諦めてくれた。


「ファルナも別に警戒する必要なはいよー?」

「貴女の強さを信じてはいますが、それでも心配なのは心配です」


おそらく彼女がなす術なく倒れた事を、私も同じく食らうのではないかという心配だろう。

何をされたのか解らず、気が付いたら倒れて、何も出来なくなった。

体が死に向かっているのが解るのに、一切の抵抗が出来ない。

かなりの恐怖だった筈だ。


「ありがと。でもファルナ達の症状から、食らっても多分大丈夫な自信があるんだよねー」

「そう、なのですか?」


自信は有る。あの症状は、身に覚えがる。

ミルカ・グラネスの技が、彼女が私に打ち込んだ攻撃が、その感覚を覚えさせるものだった。

死の恐怖を感じさせる一撃、貰い続けたら間違いなく命を削られると感じる本来防御不可の技。

あれは、知っていても抵抗が難しいだろう。


「同じ事は出来ないけど、防ぐことは出来るよ、私は」

「それは、少し、安心ですね」


安心って顔してないよ、ファルナ。

まあ、彼女は昔から心配性だし、そこはしょうがないか。


「・・・あの」


彼女と話しながらポットに水を入れ、火にかけているとクロト君がやって来た。

どうしたんだろう、そこまで待たせたつもりは無いんだけど。


「どうかした?」


私はなるべく笑顔で彼に問う。

これ以上怖がられるのは勘弁願いたい。リンの二の舞はごめんだ。

彼は私の問いに一瞬震えるが、それでも足を前に出し、近づいてきて口を開いた。


「・・・そ、その、僕と一度、手合わせをお願い、します」


青い顔をしながら、震える声で絞り出すように彼は言った。

震える手足を抑える事も出来ずに、それでも足を前に出して私に近づく。


「それはそんなに怖がりながら、やらなきゃいけない事?」

「・・・怖いから、ダメなんです。怖いと、ダメなんです。だから、お願い、します」


私の問いに答える彼の体は震え、目には涙が溜っている。

今にも尻をつきそうなぐらい膝が笑っているし、腰も引けている。


「いいよ、広い所で、やろうか」


私はそこで、普段の私を止めた。

リガラットの代表ギーナを止めて戦場の魔王ギーナを作り、戦場の私の威圧を容赦なく彼にぶつけた。

これで引くなら、彼とやる気は無い。やる意味が無い。

でも、それでも。


「―――っ、お願い、しま、す」


私の空気が変わったの感じても、クロト君は後ずさらなかった。

彼は本気で、私との手合わせを望んでいる。

なら、応えよう。


男の子がこれだけ頑張っているんだ。お姉さんとしてしっかり応えてあげないとね。

さて、彼が何を望み、何を掴もうとしているのかは知らないけど、出来る限り力になってあげよう。

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