第490話ミルカさんがやっとこれるようです!

『えーと、その、姉さん落ち着いたかな』

「・・・うん、すまん。悪かった」

『ああいや、いいんだ。どうやら少し間が悪かったみたいだね』

「いや、悪かった。あたしが悪かったからこの話は止めよう」


気を遣うブルベさんに、顔を赤くしながら応えるイナイ。

さっきの自分の八つ当たりを思い出して、どうにも恥ずかしい様だ。

完全な八つ当たりだったもんな、さっきの。


『えーと、じゃあ、本題をもう言っちゃうけど、いいかな』

「ああ、頼む」

『ミルカの事なんだけど、数日中にそっちに行けるようになったから』


お、やっと来てくれるのか。結構長かったな。

負傷して寝込んでから、休養やら訓練やら学校行ったりやらで、なんだかんだひと月以上経ってるから本当にやっとって感じだ。

いやまあ、三人でまったりいちゃついておきながらいう事じゃ無いと思うけど。


「解った。それだけか?」

『後はリガラットからの手紙の事なんだけどさ、私も謝っていたと言っておいてくれないかな。アロネスからだと余計にややこしい事になりそうだから、姉さんにお願いしておきたくて』

「・・・解った」


王様も謝るアロネスさんの所行。

イナイは無表情で応えているけど、腹の中でいろいろ考えてそうだなぁ。

あの人優秀かもしれないけど、こういう所で評価下げてるんだと自覚してるのだろうか。


『タロウ君は、今傍に居るんだよね?』

「あ、はい、居ます」


おや珍しい、俺に何か用かしら。

だいたい俺に何か有る時って、イナイを通じてってパターンが多くて直接言われるのは珍しい。


『遺跡に関しての事だけど、君に頼むしかない事は申し訳ないと思っている。同時に、君にしか出来ないからこそ、無理をしないで欲しい。君の代わりは居ないのだから』

「あ、その、はい」


ブルベさんにも心配されていたのかな。

確かに最近ちょっと焦ってイナイにも心配されていたけど、無理はしているつもりは無いんだけどな。

ちょっと無茶はしている自覚はあるけど、無理な事はしていないつもりだ。


『君は言わないと変に無理をする傾向が有るからね。なのに飄々とした表情で無理とは思っていないから周りが心配する。君は少し、自分が異常な行為をしている事を自覚した方が良い』

「はぁ」


心配されているのか説教をされているのか、これはどちらかしら。両方なのかな?

でも今の俺は出来る事をしているだけで、出来ない事はこの間の遺跡での力の行使ぐらいだ。

大体、元々その無茶を無茶と言わずに教えたリンさん達が悪いと思うんですけど。

仙術なんか、使い方間違えたら死ぬ技だし。


『それと姉さん、ミルカからも話があると思うけど、今回ミルカがタロウ君に何かを教える時は姉さんとクロト君以外は近づけないで欲しいそうだよ』

「あいつにしちゃ珍しい話だな」

『私もそう思うけど、今回の事を話したらミルカが態々私に言ってきたんだ。多分、仙術関連の秘技でも有るんじゃないのかな』


仙術関連で人に教えたくない事、か。

今回の遺跡での力を考えると、可能性は無くはない。

あの力は、使いこなせたらあまりに強力すぎる。あらゆる生物に対して優位を取れる技術だ。


「お前にも内緒か」

『だね。私としては、姉さんの『アレ』やリファインの『本気』と同じ部類の事じゃ無いかなと思っているけど』

「あー、まあ、本当の奥の手が人に知られるのはあんまり良い事じゃねえからなぁ。特にリンのは多くに知れ渡ると恐怖しか与えねぇし」

『あれは反則だからねぇ。申し訳ないけど、彼女が本気で人間なのか疑ってしまうよ』

「あいつは絶対人類じゃないって」


リンさんを人間じゃないと断言するイナイに苦笑するブルベさん。

だが反論しない辺り、彼も内心同じ意見をどこかに持っている様だ。

まあ、本人も疑ってしまうって言ってるし、よっぽどの物を見たんだろう。

俺が知らないリンさんの本気か。あの踏み込みとはまた違う物なんだろうな。


『それでも、そんな反則でも届かなかった。彼女が敵でない事を本当に心底安堵しているよ』

「まあな。リン以外に、リンと同じぐらい怖い相手と会うなんて、あの時までは想像すらできなかったからな」

『である以上、今回の事は、私が頭を下げたいと思っていると、しっかりと伝えてほしい』

「そこに戻るのか。解ったよ、ちゃんと伝えておくよ」

『本当に頼むよ。あとアロネスは帰ってきたら覚えておけと言っておいて』

「くくっ、解った。わざわざあたしの口から言わせる当たり、お前も嫌らしいな」


二人はアロネスさんへの仕返しに、とても楽しそうに笑う。

あの人仲間にすら怒られとるやん。ていうか、温厚なブルベさんが怒るって相当な気がするんですけど。


『クロト君の様子は、あれからどうかな』

「少し、何かを掴んだみたいだな。親と一緒で変に意地っ張りで無理をするから心配なんだが」


俺をちらっと見ながら彼女は言うが、俺そんなに無理してるかな。

変に意地を張ってる時が有るのは自覚有るけどさ。


『それは困ったね。姉さんに似て何もかもを抱えて強く有ろうとするなら、何より困る』

「あ、おまっ」

『ははっ、タロウ君とクロト君のおかげで、私達がどれだけ姉さんを心配していたか良く解るだろ?』

「うぐっ」


やけに楽し気な声音のブルベさんに対し、イナイが悔しそうに唸っている。

イナイは、強く在ろうとして自分の弱音を吐かない傾向があったな。

でも最近はそうでも無い。俺やシガルに対しては結構甘えている。

つーか、シガルとイナイの仲が本当に良いんだよな。偶に俺が放置されるぐらい。


『最近の姉さんは良い意味で変わったとアロネスも言っていたし、心配事が一つ消えて良かったと思っているよ』

「ぐっ、わ、悪かったな、心配かけて」

『あはは。まあ、その代わり別の心配も有るけどね』

「あん?」


イナイが訝し気に問うと、腕輪の向こうから感じる空気が変わった様な気がした。


『タナカ・タロウ。私はウムル国王として、国の安全の為に君を重要視している。先の言葉は私個人の君に対する心配だが、国王としても君が死ぬ様な事は看過出来ない。

君の死は、最早君だけの問題では無くなっている。絶対に、死ぬことは許さん』


有無を言わせない、強い声だった。

頷くしか出来ない迫力のある、国王の声が俺に突き刺さる。

返事がうまく出ない俺に、彼は続けた。


『無論、相応の対価は用意しよう。君の要望にも出来る限り応えよう。君がこれから為す事は、それだけの価値が有る事だ。君の為す事は一般の世には評価されず、表の記録にも一切は残らない。だからこそ、その一切を補うだけの報酬を君に用意しよう』


そういえば、ギーナさん達も言ってたっけ。表の業績に残らない事になるって。

それでも、アロネスさんが頭を下げた事だ。あの人が頭を下げたような事だ。

俺にとって恩人であるあの人が、悪戯好きでちょっと性格に難のある彼が俺に頭を下げたんだ。


なら、報酬なんて関係ない。業績なんて知った事か。

恩返しが出来る機会なんだ。やらないわけがない。

俺の居場所が出来るきっかけをくれた一人なんだ、あの人は。


「報酬なんて、関係ないですよ。俺は俺がやりたいからやるだけです」

『成程。君の心情は理解した。だが為した事に対する対価は受け取らねばならない。それが仕事という物だ。そして君はやり切らねばならない。それが責任という物だ』


責任。受けた以上はやり切らなければいけない。

解ってはいたけど、はっきりと口にして言われ、その重さを感じる。

俺にしか出来ないと、焦っていた気持ちがまたぶり返してくる。


『だからこそ、焦って無理をするな。やると決めたならば、やりぬくと決めたならば、自身を十全を保つことを意識しろ。無理を通すべき時、意地を通さねばならない時以外に無理をするのは責任の放棄と同意義だ』

「―――っ、わかりました。肝に銘じます」

『ああ、そうしてくれ。君に死なれると、本当に、困る』


最後の言葉は、普段のブルベさんのだったけど、その言葉は本当に困った様子を感じた。

彼にとって、王様っていう立場にとって、遺跡って存在はそれほど厄介な物だったんだろう。


焦るな、か。

自信は無いけど気を付けよう。


「・・・お節介やきめ」


イナイが何故か顔を赤くしながら、恥ずかしそうな、悔しそうな感じで呟いた。


『ははっ、姉さんにいわれるとは光栄だね』

「ふんっ・・・あんがとな」

『弟分として、これぐらいはね。じゃあね、姉さん。良い所を邪魔してごめんね』

「おまっ、お前最近リンに似てきたぞ!」


イナイは叫ぶが、それ以上ブルベさんからの返事は無かった。

どうやら通話を強制的に落とした様だ。


「くっそ、言いたい事だけ言って切りやがったあいつ!」

「あはは、陛下はお姉ちゃん相手だと気安い感じだよね」

「最近はリンがずっと傍にいるせいか、前より自由な振る舞いが増えてる気がすんぞ」


ブツブツと呟きながら、イナイはやっとと言わんばかりに俺に寄りかかる。

今回邪魔が多かったせいか、本当に甘え方がストレートだ。


「・・・くそ、あいつのせいで意識して恥ずかしくなってきた」

「あはは、お姉ちゃんがタロウさんに抱き付いてそこまで恥ずかしそうにしているの、久々に見た気がする」

「うう、くそ、覚えてろよあいつ」


イナイは悪態をつきながら、顔を隠す様に俺の胸に顔を押しつける。

可愛いのでそのまま抱きしめておいた。何この可愛い生き物。


「あたしもー」


シガルも同じように飛び込んできたので一緒に抱きしめる。

幸せそうに笑うシガルに満足して、抱きしめる力を強めた。


それにしても、イナイの最後の礼はどういう意味があったんだろうか。

なんであそこでイナイが恥ずかしそうにしてたんだろう。

・・・まあ良いか、そんなに気にする事じゃないっぽいし。

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