第483話ビャビャさんの事を聞くのですか?

「で、ビャビャの事だっけ?」

「はい、彼女の事を知りたいんです」


頭を下げ、上げたシガルちゃんの顔からはその真剣さが見て取れる。

ビャビャってば、何をしたんだろうか。

この間もなんだかファルナと微妙な空気だったし、喧嘩でもしたんだろうか。

いや、ビャビャに限ってそれは無いか。


「うーん、ビャビャの事、ねぇ」


彼女は先日ハクちゃんを伴って屋敷に尋ねて来た。その時は私は居なかったから後日になった訳だけど、彼女は何故か私の仲間の話を聞きたいと尋ねて来た。

シガルちゃんの頼みなら彼女の事を語るに否は無いのだけど、何故なのかがやっぱり気になる。

ビャビャ自身に聞かない以上、間違いなく何か有るのは確定だし。


「彼女の事を語る前に、何があったのかを聞いても良いかな」

「その、彼女は、タロウさんに近づいている様な気がするので、ギーナさんから彼女の事を聞ければ、その真意がある程度解るかなと」


ああ、成程そういう事か。可愛い嫉妬が原因か。

彼女は私が彼に近づいた時も、同じような事をしていたっけ。

何だか懐かしいな。あの時のシガルちゃんは、幼い雰囲気が有った女の子だったな。

たった数年で随分としっかりした顔になっちゃったものだ。


「うーん、といってもねぇ。ビャビャの真意は流石に私も解らないよ?」


彼女は表情が読めない。普通の人なら気が付けそうな感情の機微というのが、彼女からは余りに読み取りにくい。

勿論長年仲間としてやってきたのだから解り易い変化は判るけど、その場で彼女の感情が動いたかどうかすぐ判るのは、怒りの感情を表に出したときだけだ。


「その、彼女が本当に何を考えているのかは、彼女を見ようとは思ってます。ただ、彼女がどんな人なのか知りたかったんです」

「どんな人かぁ」


どんな人、と言われても昔から仲間の身としては、悪い所をいう気は起きない。

あえて悪い所を出すとするなら、仲間すらも感情や意図が読めず困っていても、内心を口に出さない事が多々あるところだろうか。

うーん、彼女の事を語るなら・・・そうだな、やっぱりあの事だろうか。


「彼女は多分、私達の中でも一番、未来を見ている人だと思う」

「未来ですか?」

「うん、誰よりもこの国の未来を考えているのは、彼女だと思う。きっと、私よりも」


ビャビャは、誰よりも次世代の人間達の事を考えている。学校を作る事を力強く語った事からもそれが伺える。

子供達に学ばせる為に教えるだけの知識が有る人間を探し出し、例えそれが人族であっても関係無く教壇に立たせた。

むしろ、彼女はわざとそうさせたのだろう。偏った教育を良しとせず、広く視野を持てる教育を望んだ。


子供達も例え部族同士の諍いが有った子供であろうと、むしろ諍いが有った部族の子供達であるからこそ、同じ教育の場に置かせた。

大人同士のつまらない争いを子供達の意識に刷り込ませないように、子供達の子供らしい感性を伸ばす様に。


そしてその為の体制や資金繰りも、彼女は奔走した。

きっと彼女自身も慣れない事の連続であっただろうに、彼女はけして諦めなかった。

今ではもう、まだ国内全てに完全に浸透しきっているとは流石に言えないが、多くの街で、村ですらも彼女の理念に基づいた学校が出来上がっている。


子供達が種族の区別なく、それこそ人族の子供も混ざって皆が楽しそうに遊んでいる姿を見た時は、心の底から感動してしまった。

私が望んだ、昔心の底から望んだ光景が、そこに出来ていたのだから。


「ギーナさんの、望んだ光景・・・」

「こういう言い方すると他の仲間たちに悪いけど、私にとって彼女は仲間の中で、一番尊敬と感謝を向ける相手なの」


私が子供の頃、心の底から望んだこと。

誰もが誰も、当たり前に生きて、皆で手を取り合って生きて行ける様に。

奴隷なんて無い、皆が自分の生きたい生き方が出来る様に。

種族の垣根無く、誰もが誰もを認め合って生きて行ける様に。


あの頃の私は余りに幼く、愚かで、ただ暴れる力しか無かい大馬鹿者だった。

理想を手にしようと奔走し、その果ての絶望に一度心が折れた。

彼女はそんな大馬鹿についてきてくれた。私の理想に共感してくれた。

私の理想を、確かな形に作り上げてくれた。


「今でも思い出すよ。数年前、学校を視察に行った時、私はあんまり嬉しくて、彼女への感謝が溢れすぎて、泣いて感謝の言葉を告げた事を」


流石に子供達の前では泣かなかったけど、誰の目も無くなった時、仲間の目しか無くなった時、私はボロボロ涙を零しながら、彼女に感謝の言葉を何度も告げた。

いくら礼を言っても感謝し足りないと、何度も何度も。


「その時彼女、何て言ったと思う?」

「ビャビャさんが、ですか?」

「うん」


私の質問に、シガルちゃんは考え込む。

だが正解が思いつかないのか、眉間に皴がよっていく。


「・・・まだ、これから、とかですか?」

「あはは、確かにそれは後々言われたね。けど、その時は違ったかな」


惜しい。確かに彼女はまだこれからだと、これからが本当に理想に向けての踏ん張りどころだと言った。

今やっと、軌道に乗り始めたのだと。今の光景は、私の理想を踏み出した一歩な状態だと。

そこに思い至るシガルちゃんも、昔の私なんかと違って頭のいい子だな。


「ありがとうって、言ったんだ。何度も礼を言う私に、彼女はそう言ったんだ」


珍しく、あの時の彼女は涙を流していた。

感情の起伏が解りにくい彼女が、一筋涙を流して私に礼の言葉を告げた。

自分こそ、ありがとうと。


『ギーナ様、礼を言うのは、私。ありがとう。貴女が居て、良かった。貴女に会えて、良かった。貴女が居たから、実現出来た。諦めなかった。貴女の理想は、私の理想でも、あった。本当に、ありがとう』


その時は何を言われたのか解らなかったけど、冷静になって後で考えたらその理由は解った。

彼女は、彼女の種族は余りにも人とかけ離れた形をしている。

人族でなくとも、彼女の種族を疎ましく思う部族は少なくなかった。

だから彼女達の種族は人の身を真似た形で、人の様な動きで人の生活に混ざる。


彼女自身も人族からだけでなく、多くの種族からも疎まれた存在だった。そんな彼女にとって自身を当たり前に認める仲間達という環境は、理想の形だったのだろう。

彼女はその理想を、自分が掴んだ理想を自分だけで留めようと思わなかったんだ。

自分が感じた感動を、安らぎを、この国に生きる人間皆に与えたいと望んだんだ。


それは私の理想なんかよりも遥かに高い理想。

私の幼稚な考えを理想と言う事など憚れる程に、高い理想。

彼女はその理想の為に、私という旗印が彼女を仲間として、国の中枢の人間として置いてくれた事をありがとうと言ったのだ。


本当に心から、私に感謝を述べたんだ。

感謝をするのは、私の筈なのに。


「彼女は幼くて大馬鹿だった私の理想を実現してくれた、心の底から感謝する相手であり、私なんかの幼稚な考えよりも遥かに先を見ている尊敬する相手なの」


誰よりも、仲間たちの誰よりも感謝を向けている相手。

誰よりも、心の底から尊敬している相手。

それが、私にとってのビャビャだ。


「あとはちょっと無口で感情が読めないから、普段は何考えてるか解らなくて不安になる時は有るけどね」


最後に少し、冗談めかしてかしてシガルちゃんに伝える。

私にとっての、ビャビャという尊敬する仲間の事を。


「・・・凄い人だっていうのは、良く解りました。きっとタロウさんも私も、嫌いになれない良い人だっていう事も」

「あはは、それは良かった」


シガルちゃんは少し複雑そうな顔だけど、彼女は良い子で賢い子だ。ビャビャを無意味に嫌ったり攻撃したりはしないだろう。

今の話を聞いたら尚の事、例え本当にビャビャがタロウ君を好きでも、きっとビャビャに嫌悪を向けられない良い子だ。

悪い事にはならないだろう。


「あー、そう言えばそれで一回困った事が有ったなぁ」

「困った事ですか?」

「うん、今言った通り、彼女って普段の感情が読みにくいからさ、何するか判らない怖さがあるんだよね」

「えっと、それはどういう?」


シガルちゃんは私の言葉に、恐る恐ると言った様子で訊ねる。

だがきっと、彼女の考えている怖いとは意味が違う。


「彼女ね、誰かの為に自分が傷つくのを一切恐れない人なんだ。それが私達にとって、仲間にとってはとても怖いんだ」

「傷つくのを恐れない、ですか?」

「うん」


少し無理をする程度なら構わない。それならファルナ達も似たような物だ。

けど、彼女は違う。その質がまるで別物だ。


「彼女ね、過去私を敵の攻撃から守る為にその体で受けて、それだけならまだ良かったんだけど、私の攻撃を通す為に、敵を怯ませる為に自分の体を爆散させたんだ」

「っ!」


流石のシガルちゃんも驚いた様だ。

その場に居た私達の驚きは、それよりも大きかった。

自己犠牲の精神もあそこまで行くと、病気に近い。私達はそれが堪らなく怖い。


「それがその一度だけなら良いけど、ファルナ達や他の仲間の身を守る為に同じような事が有った。彼女にとって、仲間っていうのはそれだけの存在らしいけど、仲間としては心配で堪らない。怖くて堪らない」

「それは、確かに怖いですね」


シガルちゃんはどう理解して良いのか困った表情をしている。

これは余計な事を言ってしまったかもしれないな。失敗したかも。ごめんねビャビャ。


「まあ、私が語れるビャビャって言ったら、そんな所かな」

「・・・良く、解りました。ありがとうございます。後は、ちゃんとあの人を見ようと思います」

「うん、そうしてあげて」


最後ちょっと失敗した気がするけど、悪い印象は与えていないだろう。

彼女の事は可愛いと思っているから、仲間に悪感情は持って欲しくない。


「ところで、何でシガルちゃん、そんな喋り方になっちゃってるの?」

「え?」

「初めて会った時みたいに、お姉ちゃんで良いのに。前に会った時もそこまで畏まってなかったでしょ?」

「え、でも、ギーナさんの立場を考えると」

「気にしな気にしない。公の場でちゃんとしなきゃいけない時ならともかく、私生活では私はただのギーナよ。ね?」


私としては彼女と初めて会った時のように呼んでもらえる方が気楽でいい。

勿論公私は弁えなければいけないのは解っているけど、彼女はただのギーナで挨拶をした時に知り合った子だ。

だから、あの時のままが良い。


「駄目かな?」

「うーん、でもお姉ちゃんはもうイナイお姉ちゃんがいるから、ギーナさん、じゃ駄目?」

「あはは、そっか、それは残念。でも話し方はそれで良いよ。ちょっと懐かしいね」

「あの時は、怖がってごめんなさい」

「いーよいーよ、ちゃんと挨拶してくれたじゃない。あれ結構嬉しかったんだよ?」


リガラット国内ならともかく、国外で人族の子供がちゃんと挨拶をしてくれたのは、本当に嬉しかった。

だから、彼女はあの時のままで、私と話して欲しい。これはただの我儘だけどね。


その後は折角なので、他の仲間の事も多少彼女に語った。

私の信頼する、側近たちの事をを教えたかっただけだけど。

後でファルナに、また余計な事は話してって怒られるかもしれないな。

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