第482話クロトの焦りの核心ですか?

「・・・やっぱり、だめか」


何度力を練っても、いつも通りの力しか使えない。

いや、それは少し違う。今の僕は前より力が増している。


多分あの時、僕の人格を飲み込む物だけを排除して、力だけを取り戻したんだろう。

僕と繋がっていたから、お父さんは余計な物だけをうち払えたんだ。

でも、力が増してもあの時の様な、お父さんと繋がる様な感覚は戻ってこない。


「・・・お母さんにはああ言われたけど」


無理をしなくて良いって、お母さんは言った。

焦ってるのを気が付けなくてごめんと、お父さんは言った。

二人は僕に、出来なくても良いと言った。


「・・・そんな筈、無いのに」


お母さんはあの遺跡の存在を疎んでる。出来るなら破壊してしまいたい筈。

お父さんは自分のやるべき事が出来ない事に困ってる。その原因が僕にあるかもしれないなんて一切言わずに。

このまま僕が何も出来なければ、きっと二人は困る。そんなのは、嫌だ。


『ふーん、最近のお前は見ていて少しだけ面白いな』

「・・・何の用だ」


こいつ、いつの間に。

僕が集中し過ぎたのかこいつが中和する力が強くなったのか、全く気が付かなかった。

忌々しい白竜が、嫌らしい笑みを浮かべて僕を空から見ていた。


『別に。この前みたいに自分を怖がって、逃げてるんじゃないかと思っただけだぞ』

「・・・うるさい。お前に関係無いだろう」

『そうだな、関係無いな』


関係無いと言いながらハクは僕の傍に、地面に降りてきた。

以前の事が有るから少し警戒したけど、特に戦う気ではないみたいだ。


「・・・それよりも、シガルお母さんをどうした。今日はお前が傍にいる筈だろう」

『なんでお前に教えないといけないんだ』

「・・・シガルお母さんが危ない目に合わないようにするのが、お前の目的じゃないのか」

『ふん、お前に言われる義理は無い。私は私のやりたいようにやるだけだ』


普段あれだけシガルお母さんに執着してるくせに、偶にこういう事がある。

やっぱりこいつは好きになれない。お母さんを守る気なら最後まで守れ。

お母さんの位置を探り、そこに向かおうとして―――――。


「・・・っ」


足が動かなくなった。こいつがここにいるのはそれが理由か。


『どうした、行かないのか?』

「・・・行く必要が無い」

『行く必要が無い? 違うだろう?』

「・・・どう言う意味だ」


どう考えても、行く意味は無いだろう。行かなくても、シガルお母さんの安全は保障されている。

あの人とシガルお母さんの関係を考えれば、この国で一番安全な所にお母さんは居る。


「・・・あの人が傍にいるなら、シガルお母さんは誰の傍より、それこそお前なんて居なくても安全だろう」

『ああそうだな。悔しいけどその通りだ。けど、お前が行かない理由にはならない』


こいつはさっきから何が言いたいんだ。

ハクの思考が読めなくて、内心の苛立ちをぶつける様に睨む。


『ふん、私相手なら出来るんだな、そういう事も』

「・・・意味が解らない。さっきからお前はなんなんだ」

『お前は行く必要が無いから行かないんじゃないだろう。行くのが怖いから行かないだけだ』

「・・・っ!」


ハクの言葉に、歯を噛みしめている自分を自覚する。

痛い所を突かれたと、言われたくない事を言われたと、悔しさと苛立ちが湧き上がってくる。


「・・・うる、さい!」


自分だって解っている。解っているからこそ、それ以上こいつの口から聞くのは腹立たしい。

目の前の、一番弱い所を言われたくない相手に言われるのが、腹立たしくてしょうがない。


『お前は逃げているだけだ。恐怖から逃げて、ただ自分を誤魔化しているだけだ』


僕の激昂も気にせずハクは言葉を続ける。

そして、決定的な言葉を、僕に投げる。


『お前はただ、ギーナが怖いから行きたくないだけだ。自身の意識よりも本能に屈して。ギーナが、リンが怖いお前は、怖さから逃げているお前は、何も出来やしないぞ』

「・・・っ、うるさい!」


黒を思い切り凝縮して、怒りに任せてハクめがけて飛ばす。

ハクはそれを右手で撃ち落とす様に粉砕し、僕の下へゆっくりと歩いて来る。


『なめるなよ。立ち止まってるお前と違って、私は何時だって前に進んでいるんだ』


無傷とは言えない右手を治癒魔術で治しながら、ハクは距離を詰めて来る。

僕も力が上がっている筈なのに、前より通用しなくなっている。

驚きに固まっていると、ハクはもう、手の届く距離まで来ていた。


『いい加減にしろよ。お前は何だ。魔物か、人間か、魔王か、魔人か』

「・・・ぼ、僕、は」


僕は、何者なんだろう。

今の僕は昔存在した魔王じゃない。でも、だからって人間でもない。

魔人たちと同じかと言われれば、それも違う。あれは僕とは違う物だ。

じゃあ、僕は、魔物なんだろうか。


『ふんっ』


答えを返せない僕をつまらなそうに睥睨し、ハクは踵を返して僕から離れていく。

態度で、何となく解ってしまった。

こいつにとって、今の僕は遊びで暴れる相手にすら、する気が起きないつまらない物だと思われている。

僕は悔しくて、ハクの去る姿すら見れずに、ただ地面を見つめて俯いていた。


『私は』


だがハクは、途中で足を止めて、何かを話し出す。


『私は竜だ。それも人族には真竜と呼ばれる、本物の竜だ。だがそれは私であって私じゃない』


ハクの言葉に何かを訴えるような雰囲気を感じて、顔を上げる。

あいつの目は、僕の何かを探るように、まっすぐにこちらを見つめていた。


『私は、竜である前に私だ。そして私には竜である事よりも私であると言える名がある。今では誇りをもって名乗れる、ハクという名がある』


そう言い切るハクの目は、とても力強い。

自分という存在に、一切の迷いが無い目。


『私は、ハクだ。タロウ達の、シガルの友であるハクという存在だ。竜の本能も有り方も全てが関係ない。私はハクという生き物だ』


自身が何者であろうと、それこそ何者でも無かろうと、自分の存在は揺らがない。

なによりも自分自身が、全力で自分を肯定すると言っている。

誰が何を言おうと、自分は自分だと。


腹が立つ。

なんでこいつはこんなに的確に、僕のいやな所を突いて来るのか。

ああ、答えてやる。答えてやるさ!


「・・・僕は、クロト、だ」


ああそうだ、僕はまだ怖い。僕という物が、怖い。

僕が僕じゃなくなっていく感覚を味わったからこそ、僕っていう存在の不安定さが怖かった。

だから、未だに僕の元になった存在を脅かすものが怖い。

僕自身の心が、以前の僕に負けているから。


ああそうだ。焦っている理由もそれが理由だ。

あの時の感覚を呼び起こすっていう事は、また自分が自分じゃなくなる恐怖も味わう可能性がある。

だから怖かった。怖かったからこそ、無意識にその思考を避けていた。


「・・・これで、満足か!」

『ふん、知らないな。満足かどうかは、お前が決める事だろう』


ハクはそれだけ言うと、もう僕には興味が無いと街の方へ飛んで行った。


「・・・ああ負けるもんか。絶対負けてやらない。お前にだけは、ハクにだけは負けてやるもんか」


だから、ハクに負けない自分だから、自分にも負けない。

あんな自信満々に自分を自分だと言い張れるやつに、僕は何度も勝っているんだ。

それなのに僕が僕に負けてどうする。


「・・・ふぅ、ああそうだ。僕は、僕だ。だから、恐れるな」


自分が自分じゃなくなる様な、今まで使った力じゃない様な不安な感覚を覚えながら力を使う。

それでも、僕は僕を見失わない。

あいつが居る限り、僕は僕だ。

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