第481話学校に対する思想ですか?
『まいったね、学校が有るのは知ってたけど、あそこまで力を入れてるとは思わなかったよ』
腕輪のむこうから、関心とも悔しさともとれる声音でブルベが言った。
その理由はリガラットの学校が原因だ。
勿論ウムルの学校だって、質そのものは負けていない。
専門分野の学校だって、いくつも有る。
けど、リガラットはウムルの学校とは根本が違う。
ウムルの学校は自ら学ぶ力の有る物をさらに学ばせる学校。
リガラットはそもそもの学力の最低基準を底上げする物だ。
だが、その底上げっていうものが馬鹿に出来ない。
リガラットがやろうとしているのは、普遍的な人間の強化だ。
誰しもが何でも出来るという、誰か一人が使えなくなっても代わりを作る事の出来る様に、水準を上げているんだ。
「今はゆっくりな変化だろうが、後々はリガラットの方が上を行くかもしんねえな」
今はただ覚えた方が役に立つ事を教えているにすぎないかもしれない。
だがそれが国民の当たり前になれば?
当たり前になった知識は、更に上の知識を詰め込むようになる。
そしてこの国が強みを持つのは、その教育を国民全員が受ける義務という事だ。
誰しもが一定水準の教育を受け、誰しもが一定水準の技術を持つ。
そんな国が台頭して来たならと考えると、今から恐ろしくも有る。
『ウムルは街はまだ良いけど、村まで行くと体制は昔と変わらない所も多々あるからなぁ』
『んー、でもウムルだって学校で学んでる子供達が居るんだし、何も問題無いんじゃないの?』
ブルベの言葉を聞いて、良く解らないと言った感じで話しかけてきたリンにため息が出てしまう。
いや、解ってる。こいつはこういうやつだし、一技術のみで這い上がったやつだからしょうがないとは思う。
「ウムルの学校は、あくまで学ぶ力のある人間用の学校だ。時間や金も含めてな。だがリガラットは違う。子供達が皆教育を受けられるように体制を整えてる」
『うーん、それは凄いと思うけど、それの何が脅威なの?』
「お前に解り易い様に言うと、何十年先、あたしやアロネスみたいなのがあの国では簡単に大量発生する可能性があるってこった」
『怖い!何それ怖い!』
全員が学ぶ場が有るという事は、才能の目が出る場が増えるという事だ。
金が無く、時間が無く、学べずに潰えていく才能という物が減って行くという事だ。
それは国にとって、将来大きな力になる。
多くの国では、知識は上に立つ者の特権であり、下にいる者は上のいう事を聞いていればいい。
そう考えている。
ウムルはその考えを良しとせず、学ぶべきは学べと言う体制を取っているが、学べる人間しか学べないのが現状だ。
ただ国が豊かであり、余裕が有るから学べる人間が多いと言うだけの話だ。
『今から教育機関の体制の変更は、中々きついなぁ』
「こっちはこっちで何とか落ち着いて回ってる様な状態だからな」
学校を作るって発想自体は、学ぶべき場が必要だという事自体はあたし達もギーナと同じだった。
だが、ギーナ達とあたし達ではきっと、見ていた場所が大きく違ったんだろう。
学べる場が有ったからこそ、更なる場が必要と感じたあたし達。
学べる場が無かったからこそ、ただ学ぶ場を全員に与えようとしたギーナ達。
現時点ではどっちが正解かはまだ解らない。
けど、少なくともリガラットが下手な国より育つのだけは間違いない。
この国がやっているのは様々な指導者すらも大量に作り上げる事なのだから。
『そういえば、タロウ君に視察に行かせたってアロネスに聞いたけど』
「ああ、報告書も書かせる」
『また、何で彼に?』
「あいつは元の世界でもっと水準の高い教育を受けている筈だ。何かあたしらじゃ解らない事でも有ればってな」
ただこれはやるだけやってみただけで、実はあんまり期待はしてない。
あいつを行かせたのは、もう一つの理由が有る。
「タロウの気を紛らわす為でも有るけどな」
『ああ、すまないね。ミルカを送るのが遅れてしまって』
「いや、構わねえよ。あいつの未熟も原因だからな」
『彼の心情を考えれば致し方ないと思うけどね。さて、時間を取らせてしまったね。また変わった事が有ったら頼むよ、姉さん』
「ああ、またな」
ブルベからの通信が切れた事を確認して、ごろんとベッドに転がる。
転がりながら、この間のタロウの様子を思い出す。
ここ数日の、余裕のなかったあいつを。
初めて自分にしか出来ないと任された重圧を、あいつは正しく認識してしまっていた。
あたしらにも、ギーナにすらできない事を、あいつがやらなきゃいけないという事実を。
あいつはあたし達を別格視している。
そしてそんな相手に頭を下げて頼まれ、受けたのに一向に出来ない。
自分の居場所という物に執着するあいつにとって、やらなければいけない事が出来ないというのは余計に重圧だっただろう。
あいつはあたしらに失望される事を恐れている。
自分の居場所が無くなることを恐れている。だから、必要以上に焦る。
「心配しなくても、離れてやんねえっての」
添い遂げると誓った。あいつがどんなに情けねえ事をしたとしても、守ってやると誓った。
あたしに折れていいと言ってくれたあいつの居場所であり続けると、誓った。
「今更お前がへましたって、あたしもシガルも離れねえってのが、あいつには分かんねぇんだろうなぁ」
タロウはあたしらの傍にいる事を安心していると同時に、あたしらの心の動きに恐怖している。
きっと仕方ない事なんだろう。あいつは、当たり前に家族が明日も居るわけじゃないって経験をしちまってる。
「ばかたれが。お前が思ってるより、あたしらはお前に惚れちまってんだっての」
あいつは自分があたしらに依存し、寄りかかっていると思っている。
だから理解していない。あたしとシガルがどれだけあいつに寄りかかっているか。
「ま、帰ってきたら労ってやるか」
ベッドからがばっと起き上がり、首を鳴らしながら部屋を出る。
厨房を借りて、今日は腕を振るうとしよう。
「クロトの奴も、なかなか意地っ張りだし、どうした物かね」
似た物親子は本当に心配をさせてくれる。
まったく、変な所まで似ないで良いってのに。
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