第480話リガラットの学校に行きます!
「色んな子が居ますね」
どうしたものかなと現状に困惑しつつ、視界いっぱいに居る子供達を眺めての素直な感想を口にする。
そこには本当に多種多様な子供達が、楽しそうに遊んでいた。
だた、俺の困惑はこの子たちが理由じゃない。隣にいる女性が原因だ。
「種族、厭わず、学んでる、から」
今俺の隣には、ビャビャさんが座っている。
その表情は変わらず読めないが、前と違いやけに近づいてくる事も無く、視線は常に子供達に向いている。
この間の事は俺の考え過ぎだったのかな?
「自由時間、結構長いんですね」
「頭で理解も、必要、だけど、対話も大事」
「ああ、成程。他種族同士の理解を、遊びで学べって事ですか」
「う、ん」
彼女が俺の隣にいる一番の理由。それは目の前にある光景を作る為に一番力を入れたのが彼女だからだ。
目の前に広がるグラウンドで遊んでいる子供たちは、この街の学校に通う子供達だ。
事の始まりは、イナイにこの国にも学校が在ると聞かされた事だ。
専門分野的な物は少ないが、生きて行く上で覚えておいた方が良い事を皆に教える為の学校が、つまり日本の小学校の様な物が有ると。
その時のイナイは、少し悔しそうな表情だった。
何故ならこの国の学校は、まさしく日本の小学校と同じだからだ。
つまるところこの国には『義務教育』が、浸透しきれていないという前提は有るものの存在している。
この大陸の殆どで通用する言語と文字と軽い算数なんかの、生きて行く上で当たり前に役に立つであろう事を学習する為の機関。
ビャビャさんは戦争が終わった後、何よりもそういった学ぶ場所を作るべきだと主張したらしい。
この話はギーナさんに聞いたもので、その時はあまり喋らない彼女が真剣に迫って来たから驚いたと笑っていた。
その流れのまま、学校を案内する人間もビャビャさんになってしまった。
一応ニョンさんが良いかなーとか言ってみたんだけど、彼は教育機関系の物には一切関与していないので意味が無いと言われた。
結果、一番この手の事に力を注いでる上に半休養である彼女が付けられたという訳だ。
その時レイファルナさんに視線を向けたら、彼女は少し困った顔をしていた。
ギーナさんは良く解って無かったみたいだから、多分言って無いんだろう。
俺がニョンさんの名前を出したときも、不思議そうな顔で否定して来たし。
そもそもニョンさんって、何の仕事がメインなんだろ。
「退、屈?」
「あ、いえ、そんな事無いですよ」
俺が喋らずに悩んでいたせいか、彼女は俺の様子を伺う様に顔を覗いてきた。
と言っても変わらず距離は保ったまま、そういう動きをしただけだが。
それに慌てて否定を口にしたが、実際それは嘘じゃない。
遊んでいる子供たちは本当に多種多様な子供達で、こちらもあんな種族が居るのかという事を知る事が出来る。
まあ、ビャビャさん程強烈なインパクトのある種族って少ないけど。
少ないだけでいるけどね。人族の常識だと子供じゃない大きさの子供とか、巨大な亀みたいな子とか。魚っぽい子も居るんだけど、陸上で平気なのか真面目に心配になった。
因みにイナイさんは一緒に居ないです。
なんか俺も学校見てみたいなってちょっと口にしたら、いきなりアロネスさんと連絡取って行って来いって言われました。
そしてなんかレポート提出するようにって言われました。
おかしいな、俺こういう仕事する身だっけ?
「ビャビャお姉ちゃん、今日は遊ばないの?」
「う、ん。今日は、別の仕事、だから」
レポートって何書きゃ良いんだよとか悩んでいると、彼女が学校の子供に声を掛けられていた。
これも一度や二度では無く、彼女は学校の子供達に何度か遊ぼうと声をかけられている。
どうやら子供達にとって彼女は近しい存在の様だ。
彼女は残念そうにしている子供の頭を、触手の手で撫でている。
その表情は相変わらず見えないが、とても優しげな雰囲気であるように感じた。
子供好きなのかなぁ。
「タロウさん、には、どう、見える?」
「え、あの、どうとは」
少し名残惜しそうに手を振りながら去って行く子供に手を振り返しながら、彼女は俺に問う。
ただその問いが漠然としすぎていて、何に対してなのかが解らなかった。
「私は、ギーナ様の、共存の意志に、賛同してる。ここは、その為の、物」
可愛らしい声は変わらないが、その声音はとても真剣に感じた。
彼女のギーナさんに対する忠誠のを形にするための物が、この学校だったって事だろうか。
「人は、理解、出来ない物が、怖い。だから、理解する、必要がある。何よりも、学ぶ事が多い、子供の頃に」
「・・・つまり、この遊びの時間も、その為の時間ですか」
「そ、う。私達は、人族とは、違う。だから、自分の常識は、他者の常識じゃ、ない。学ばなきゃ、いけない」
そう言って、彼女はまた視線を子供達に向ける。
その視線が何処に定まっているのかは解らないが、もしかすると彼女は子供たち全員の様子を見ようとしているのかもしれない。
自分の、ギーナさんの理想に足りえる環境が作れているのか、どうか。
人族とは違う、か。
これは彼らと人族が違うという意味じゃなく、彼ら自体の多くが違う生態を持っているって意味だろう。
人族は生活の仕方こそ違えど、体の機関は同じ様な物だ。
「この学校は、ただ生きる術を学ぶ所じゃなく、多種多様な生き方を学ぶ場所って事ですか」
「う、ん。それに、子供達は、これからを、生きる身。戦争時や、奴隷の頃の、負の感情を、持つ必要は、無い」
奴隷の頃の感情。つまりは、子供たちの親御さんの事だろう。
きっと、彼らの親は今でも人族を憎んでいるか、恐怖している人も居るんだろう。
いくらギーナさんが共存と言っても、皆が皆賛同する筈はない。
けど、これからを生きる子供たちは違う。
あの子たちは、少なくとも今ここで無邪気に遊んでいる子供達には関係のない話だ。
歴史としては学んでも、怒りや恐怖に捕らわれて生きる事の幅を狭める必要はない。
「それと、同じで、今の、人族の子供も、罪は、無い」
彼女の可愛らしい声が、とても心地よく聞こえた。
その声音が優しさを含んだ声だと感じたからかもしれないが、やけに良く染み渡った。
「いつかは、子供達が、あの子達が、国を背負う。その時、人族と、変な禍根は、無い方が、良い」
「そうなると、良いですね」
「う、ん」
彼女が言っている事は、一種の理想論だ。
実際に全ての禍根を消すなんてのは、それこそ何十年、下手をすれば何百年たたないと無理な事だと思う。
ここにいる子供達は、実際に奴隷だったり、人族に害された経験のある親を持つ子供達の筈だ。
なら、親からきっと教えられているだろう。
自分達がどんな目にあったのか。人族がどんな事をしたのか。
子供が一番最初に触れる『常識』は親だ。その親が言っている事を聞いて、一切の負の感情を持たずに人族を見る事はきっと出来ない。出来たとしても、少数だろう。
彼女はきっと、それを理解している。
俺の返しに、『出来ると良いですね』という言葉にただ頷いたのがその証拠だろう。
今だそんな環境に無いと理解しているんだ。そこまで皆が皆、ただ有る物を学ぶという程の環境では無いと解っているんだ。
それでもせめて、かつて亜人と一括りにされた他部族同士の繋がりを、他部族の常識を学ぶ事での輪を作ろうとしているんだと思う。
部族がただ集まった烏合の衆では無く、リガラットという国の民として。
彼らがどの種族でも、どんな生態でも、同じ国に生きる『同族』として見られるように。
他国に対して『リガラット国民』として生きていく様に。
そしてその中には、この国で生きる人族も含まれている。子供達の中には、人族も居る。
子供達にとって、会った事が無い憎むべき人族よりも、身近にいる一緒に遊ぶ人族の友達の方が理解できる存在だ。
後はその人族の子が、他種族の親の意志による悪意に晒されないかが問題だとは思う。彼女の言う通り、子供達には罪は無いのだから。
「もう、そろそろ、座学の、時間」
「あ、はい。じゃあ行きましょうか」
ビャビャさんが声をかけてきたところで一旦思考を打ち切り、彼女の案内で校舎に入って行く。
座学は子供達の出来に合わせた集団を作って教えて、出来る様になった子はまた別の集団に、という形の様だ。
この辺は変に画一化するより、このやり方の方が良いのかな。
リガラットは特に色んな種族が居るわけだし、あんまり画一化しすぎても彼女の理想と離れてしまうのかもしれない。
他者を認める柔軟性を、人を学ぶという事を必要としてこの機関を作ったっぽいし。
その証拠にというか、座学には種族の生態の授業なんかも有った。種族差による誤解なんかを防ぐ為の物らしい。
この手の授業は皆合同だった。
俺は元の世界で生物の授業でも受けてる気分で、子供達と一緒になって授業を聞いていた。
結構楽しかったが、何故かその時授業をしていた先生に頭を撫でられた。
「熱心に聞いていましたね。関心です」
と言われたのですが、私子供達に混ざる程幼く見えますか?
そう思って周囲を見たら、俺よりデカい子が座っていた。
うん、もう俺子供で良いや。
ビャビャさんから小さくクスッと笑った声が聞こえた様な気がしたけど、気のせいかしら。
しかし彼女、最初の印象やギーナさんが言ってた事と違って、良く喋るな。
自分の進めてる事だからかな?
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