第479話ビャビャさんの意思ですか?
「ビャビャ、あれはどういうつもりですか?」
「別に」
タロウさんが帰って行くのを見届け、彼に対する態度の理由をビャビャに問い詰める。
だが彼女はいつも通りの可愛らしい声で、全く感情の読めない顔を逸らして答えた。
ビャビャはあまり喋らないし、意思表示も薄い。
昔からギーナ様に従う仲間だという信頼は有るけども、彼女の普段の思考はどうにも読めない。
せめて表情の変化が解れば良いのだけど、彼女の内心から体に変化が訪れるのは怒りの感情が出た時だ。
「どう見ても、別に、と言う様な行動ではありませんでしたよ」
顔を逸らした後、これ以上応える気は無いとばかりに先に室内に戻って行くビャビャを追いかけながら、私はまだ彼女を問い詰める。
今回の事は、好きにすれば良いとは言い難い。
ビャビャが行動を起こした相手はウムル王国の人間であり、あのイナイ・ステルの伴侶だ。
彼女がどういう思いで、どういう考えが有って彼に近づく様な行動を取ったのか、はっきりとさせる必要がある。
だが彼女は私の問いに応えず、先程タロウさんに色々と教える為に広げていた資料の類を黙々と片づけ、私の方を見ようとしない。
長年の付き合いだから流石に解るが、どう言われようと答える気は無いという事だろう。
この状態になると、彼女はそれこそギーナ様が脅しても口を開かない。どうしたものか。
「彼は可愛らしい方でしたが、貴女は同族よりも幼い人族の方が好みだったのですか?」
「・・・挑発下手」
感情を逆なでして上手く言葉を引き出せないかと思ったが、呆れたように返されてしまう。
普段言わない様な事を言えば、わざと言葉を作った事はバレてしまうか。
慣れない事はするべきでは無い。
「迷惑は、かけない」
彼女の態度に困っていると、資料を片付け終わった彼女がそう言ったのが聞こえた。
悩んでいた事で一瞬反応が遅れ、彼女が部屋を出ていくのを見送る羽目になってしまった。
迷惑はかけないと言われても、そもそも今の時点で私にとっては迷惑だ。
彼女の言う迷惑とは、おそらく国とギーナ様に迷惑はかけないという意味だろう。
もう少し、近しい私にも気を遣ってくれると嬉しいのだけど。
「はぁ・・・解りました。けど、公式の場では止めて下さい。言い訳がききません」
スタスタと事務仕事に戻ろうと歩を進める彼女の背中に、せめてこれだけは守ってほしいという思いを込めて口にする。
この間の宴会は皆酒が入っていたから良いけど、今回の様な事を皆が居る場でされては困る。
彼女は彼女で、この国の人間としては重鎮の一人なのだから。
「わか、った」
私の思いを理解してくれたのかどうか解らないが、彼女は歩を止めて頷いた。
だがそれ以上言葉を発さずに、通路の角を曲がって私の視界から消える。
「本当に解ってるんでしょうか・・・」
彼女の事を信用していない訳ではないが、やはりあの何を考えているのか解らない所は少し怖い。
ビャビャが他者に影響する様な事をするのがでは無く、彼女が自分から傷を作る事を厭わない性格という事が怖いのだ。
彼女は戦争当時に一度、ギーナ様の邪魔になると自分の体を自ら吹き飛ばした様な人間だ。
あの事を知ってるが故に、どうしても何をするか解らない怖さが胸に残る。
「平気平気~、もうあの子だって分別付く大人だよ~?」
「何時から居たんですか」
気の抜けた声が背後から聞こえ、全く気が付けなかった事に悔しさを覚えながら振り向く。
もこもこ毛皮で温和な笑顔を崩さない男が、何時から居たのかそこに立っていた。
「あれはどういうつもりですか辺りからかなぁ~」
「殆ど最初からじゃないですか」
本当に全く気が付けなかった事に、悔しさを超えて苛立ちを覚える。
だが彼はそんな私の感情など意に介さずに、近づいて私の頭を撫でた。
「ほらほら、そんな難しい顔しないでさ~。君はもうちょっと気楽でいいと思うよ~」
「いい加減子供扱いは止めてくれませんか?」
「そうはいっても、皆子供か孫ぐらいの年だからねぇ~」
「はぁ・・・」
何を言おうが、どういう態度で接しようが笑顔を崩さない彼の態度に力が抜ける。
どうせどうあがいても、彼に勝てない事は身に染みている。
「所で何の用ですか?」
「タロウ君が来てるって聞いたからさ~、仕事の合間に家によって、この間釣った魚の干物作ったからおすそ分けしようと思って~」
「じゃあ、あのタイミングなら追いかけられたでしょう?」
彼が来たのはタロウさんを見送った直後だ。ならまだ追いかければ間に合った筈。
「それはそうなんだけど、君達の雰囲気が何かおかしかったからさぁ~。ほっとけないでしょ~?」
笑顔でまだ私の頭を撫でながら、ニョンは当たり前と言わんばかりに言う。
この人は昔から本当にこうだから困る。
自分で解決できず、感情も整理しきれない未熟な自分が悪いのだが、いつになったらちゃんと大人扱いをしてくれるのか。
「ファルナの気持ちも分かるけど、君と一緒であの子だって成長してるさ~。大丈夫大丈夫~」
歌うようなリズムで喋る彼の言葉に、反論する気が失せて来る。
いや、彼が言うなら本当に大丈夫なのかもしれない。
「とりあえず様子見はします」
「あはは~。まあ仕方ないか~」
とはいえ完全放置するわけにはいかない。
ようやくリガラットは世間に『国』として認められたのだ。
亜人が土地を不法に支配して、所有者が居ない事を良い事に自分の土地だと主張しているという認識ではなく、リガラット共和国として他国に認めさせたのだ。
その為の協力者たるウムルと、それもよりによってイナイ・ステルと問題を起こすわけにはいかない。
「友人としては、彼女が本当に、解り易くそういう想いを抱いているなら、応援したいんですけどね」
「そこは流石に、彼女の意思が見えないとね~」
流石に彼にも、ビャビャが何を考えているのかは解らない様だ。
けど、願わくば、友人にとって良い方向である事を望みたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます