第478話イナイに諭されます!
「ん~、やっぱ素の状態で良い時間が長い日は良いなぁ」
イナイが伸びをしながら、今の解放感に満足している様な呟きを漏らす。
彼女は最近ハクに付き合って、アロネスさんと一緒に居たからな。ステル様モードの時間が長かったので、今日は大分肩の力を抜いている。
昨日の予定通り今日はクロトとイナイ、グレットと一緒に過ごしている。
街の外の人気のない木陰で、グレットを背もたれクッションにしながらぼーっとしている。
グレットは欠伸をしながら穏やかに寝転がっていて、こうしていると大きい猫だ。
一応外に来て直ぐは、ある程度遊んであげた。
ただ最近グレットと遊ぶときは、訓練がてらに遊ぶようにしている。
魔術強化は一切無しで、仙術も危ないと判断した時だけでグレットのじゃれつきに付き合う。
一歩間違えたら大怪我するのが目に見えてるけど、俺に必要なのはミルカさんのような身体能力に頼らない技量だ。
グレットの速度は素の状態でも目で追う程度は出来る。
力は比べるべくもないが、目で追える速度なら対応出来る様にならないといけない。
いつまでも強化だよりじゃ駄目だし、切り札の強化もそうそう切る訳にはいかないからな。
そんな感じで最初は遊んでたんだけど、途中でイナイに止められてしまった。
そこからはクロトと交代して、俺はクロトとグレットが遊んでいるのを眺める形になった。
因みにクロト君はグレットと大暴れとか殆どしないです。
なぜかグレットが伏せをするか腹を見せて転がるので、クロトが延々撫でてるだけです。
もしくはいつの間にかクロトが上に乗って、グレットが楽しそうに歩いてるかのどっちかだ。
そんな感じで満足したらしいグレットがこっちに来て丸まったので、俺達が背もたれにしている。
グレットの体って良い感じの筋肉と脂肪と毛皮で、寄りかかるの気持ち良いんだよな。
イナイは先の通りリラックスしているし、俺もぼーっとしている。
クロトはいつもの表情で空を眺めている。
そういえば最近釣りに行った時以外は、こうやって昼間にぼーっとしてる時間無かったな。
「なあ、タロウ」
若干リラックスしすぎて寝そうになっていると、イナイの声が耳に入って頭が覚める。
「ん、どしたのイナイ」
イナイの方を振り向くと、彼女は優しい笑顔でこちらを見つめていた。
「お前が焦ってんのは解るけどさ。焦ったってしょうがないんだぜ?」
俺の頬に手を添えながら、優しい声音で彼女は語りかけて来る。
まるで子供に言い聞かせるような声音で。
彼女には、俺が焦っている事は丸解りらしい。
「それは解ってるけどさ。でも、やっぱ焦るよ。何も成果が無いんだし。どうやったら良いのか、まるで解らない。いや、方法が解ってるのに、一回出来たのに、出来ないんだもん」
あの時、遺跡でやったこと自体は、やった事そのものは解っている。
なのに、その再現が一切出来ない。
ギーナさん達から、アロネスさんからも頭を下げられて、それが出来ない。
しょうが無いって解っていも、やっぱり焦る。
「お前、自分の身内だと思っている相手の期待に応えられないのが、がっかりされるのが怖いんだろ」
「・・・そりゃあ、怖いよ」
俺はあの人達に、イナイに、師匠達に、ギーナさん達に劣る。
色んなものが、彼女達に届かない。
だから、ちょっと手が足りないから力を貸してくれ、っていうなら全然気にしない。
元々彼女達と同じ質なんて、俺には出来ないんだから。やれる限り頑張るけど、ただそれだけだ。
けど、今回は違う。
今回は『俺じゃないと出来ない』事だ。正確にはクロトと俺じゃないとだけど。
それでもあの人達を差し置いて、自分がやるんだ。自分がやらなきゃいけないんだ。
俺を助けてくれて、居場所をくれた人の期待に応えなきゃいけない。
イナイ達の期待に、応えないと、いけない。
「力が入りすぎだよ」
イナイはそう言って、無意識に握り込んでいた俺の手を優しく握る。
いつの間にか俯いていた顔を上げて彼女の顔を見ると、変わらない優しい笑顔でこちらを見つめている。
いや、少し困った子供を見るような雰囲気も、少しだけ感じられた。
「確かに今回の事は、今はお前にしか頼めない。けど、別に出来なかったからって誰もお前を責めやしねえよ。だって『お前にしか出来ない』んだから、誰もお前を責める権利なんてねえよ」
彼女は子供に諭すように、俺の頬を両手でつかみながら、優しく語る。
誰も出来ず、俺にしか出来ないからこそ頼んだのだ。それで上手く行かなかったからと言って、俺を責めるわけがないと。
当事者の一人である彼女の言葉は、思っていた以上に焦っていた俺の強張った精神状態に深く浸透して行った。
「はぁーーー・・・俺、そんなに危なそうだった?」
自身の状態を理解して、深くため息を吐いて力を抜き、彼女に最近の自分の印象を訪ねる。
彼女がそこまで言う程、自分は危なげだったのかと。
「おう、出来なきゃ身投げでもしなきゃいけないんじゃないかって面してて、最近はシガルも心配してたぜ?」
「あー、そんなに焦ってたか。自分でも焦ってるつもりは有ったけど、周りに心配かける程だとは思って無かった」
多少の焦りは有った。
一度出来たんだからそのうち出来るだろうと思っていた事が、数日たって一切の光も見えず、焦り始めて更に日が過ぎても何も解決策が見つからない。
このままじゃ皆に頭を下げられて頼まれた事が、期待された事が出来ない。
そういうじりじりとした、何とも腹の底が重たくなるような気持で最近過ごしてはいた。
「グレットとの遊びも、遊びになって無かったぞ。ツラが完全に訓練だった。あれは遊びがてらの訓練じゃねーよ。顔がマジすぎる」
「あー」
それで止められたのか。確かに普段は割と気軽にやってるもんな。
通常の訓練だって、心追い詰めてやってるつもりはないし。
そうか、それで彼女は有無を言わさず俺を連れ出したのか。
一旦訓練を止めさせて、自分の状態を自覚させるために。
もう少し、心を軽くさせる為に。
「ありがと」
「おう」
心の底からの感謝を、短く伝える。
沢山の感謝が有るが、それを長々と口にする必要はない。
それよりも今は彼女に寄りかかる事が、何よりもの言葉になるだろう。
「クロトもだぞ?」
イナイの肩を抱いて寄せようとすると、彼女はそれに抵抗せずにくっつきながら、クロトに声をかける。
クロトは少しだけ落ち込んだような顔をしながら、イナイの方に振り向いた。
「・・・でも」
「でもじゃねーよ。お前だって、遺跡に居た時は異常な状態だったんだろ。焦って無茶して、それこそお前が恐れてる、自分じゃない物になったらどうすんだよ」
「・・・それは」
「なあ、クロト。確かに今回の事で遺跡に関して大変な事を知れた。あれは破壊したほうが良いと解った。けど、それをどうにか出来るのがお前達だからって、今すぐどうにかしろなんて誰も思ってねえんだ。長年何が有るか解らないで置いていた遺跡なんだ。処理するのも同じぐらい時間がかかったって問題ねえよ」
イナイは片手を俺の腰にまわして俺の胸に頭を預けながら、反対の手でクロトの頭を撫でる。
そうか、俺だけじゃなくて、クロトも焦ってたのか。
駄目だな、こういう所保護者にちゃんとなれてない。
自分の事で手いっぱいになって、クロトの変化に気が付いて無かった。
「そっか、クロトも焦ってたんだな。ごめんな気が付かなくて」
「・・・ううん、僕も、お父さんの力になれるなら、なりたかっただけだから」
ああ、そうか、クロトも俺と同じような理由で焦っていたのかもしれない。
自分が頼られて、何よりも自分の居場所である人達に頼まれて、結果を残さなきゃいけないと。
「お前ら似た物親子だな。本当に」
「かもしれない」
「・・・だと、良いな」
イナイの優しい笑みの言葉に、苦笑で返す俺と嬉しそうな笑みを見せるクロト。
二人を抱きしめて、もう少し肩の力を抜くことを意識しようと、自分自身に忠告をする様に心に決める。
やらなきゃいけないし出来なきゃいけないけど、そのせいで皆に心配かけてちゃ話にならないし、クロトに気が付けないのも問題だ。
出来る見込みが有るならともかく、今回のは霧の中を歩いている様な、目的地が見えない状態だもんな。
帰ったらシガルにも、心配かけた事を謝ろう。
・・・なんか謝ったらそのままベッド行きになる様な予感がするけど。
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