第470話クロトと認識のすり合わせをします!

「あれ、ここは・・・ああ、ギーナさんの家か」


どうやらグレットの背に身を預けた後、許容量を遥かに超えた仙術を使った疲労のせいか、いつの間にか意識を失ってしまったみたいだ。

意識が起き上がると共に、体中を駆け巡る様な痛みも自覚していく。

ヤバイ、めっちゃ痛い。


「意識失う前より痛いな。下手に動かせるから余計に辛い」


動かずに目だけで周囲を確認すると、俺の両側でイナイとシガルが寝息をたてていた。

あと、足元に白い塊が見える。多分ハクが俺の足元で丸まってる。

クロトが居ないな。どこに行ったんだろう。

ちょっと心配だから探しに行きたいんだけど・・・まず起き上がれるかな。


「ふっ、んぎっ・・・かっ・・・」


あ、ダメだこれ、痛すぎてまともに動けねぇ。

体を起こすにもうつ伏せにならないと起き上がれない上に、そのうつ伏せになる為に転がるのが辛い。


「・・・ん、ああ、起きたのか。ふあ~」


路上で乾いて瀕死になってるミミズの様に蠢いているせいで、イナイを起こしてしまった。

可愛い欠伸をしながらのっそりと彼女は体を起こす。


「体の調子はどうだ、動けるか?」

「ごめん、この間寝込んだ時みたいに全く動けないわけじゃ無いんだけど、痛みはこの間の比じゃない」

「そうか。まあ無理せず寝てろ。腹は減ってないか?」

「んー、少し」


俺の返事にイナイは短く「待ってろ」と言って部屋から出ていった。

それを見届けて、動くのを諦めて体から完全に力を抜く。


「・・・お父さん、起きた?」


そこで入れ替わるように、クロトがトテトテと部屋に入って来た。

その顔はどこか申し訳なさそうに見える。

よかった、ちゃんと無事だったか。


「おはようクロト。クロトは体大丈夫?」

「・・・うん、お父さんが振り払ってくれたから。大丈夫だよ」


『振り払った』か。クロトは遺跡での出来事をちゃんと認識してるらしい。

多分、俺とこの子の間であの出来事の認識にそこまで差異は無さそうだ。

でも一応確認はしておいた方が良いか。解らない事も聞いておきたいし。


「なあ、クロト、俺にはまだ解って無い事があるんだけど、教えてくれないか?」

「・・・うん、僕が解ってる事なら」


クロトは何故か更に申し訳なさそうな顔をしている。

まだ遺跡での出来事を気にしてるんだろうか。


「クロト、遺跡での事なら気にしなくて良いんだぞ。不可抗力みたいなものだし」


クロトが自ら遺跡に入ろうとしたわけじゃないし、あんな仕掛けがあるなんて判る筈が無い。

別にクロトは何も悪くは無い。


「・・・ううん、違う。もっと前の、お父さんと会った時に、なんでお父さんをお父さんと思ったのかが解ったから、だから・・・」


クロトはそこで言葉を切って、少し俯く。

俺をお父さんって呼んだ理由か。


「それは、俺の命の一部を使って生まれたからって事かな」

「・・・うん。僕はあの時、あそこにいたお父さんの全てを吸い上げて形になるはずだった。

けど、実際は出来なかったから半端な形で顕現した。多分それが僕の中途半端な記憶の原因」


クロトは俺の言葉に少し戸惑う様子を見せながら頷き、初めて会った時の事を語った。

気が付いて無いと思ってたのか、それとも怒られるとでも思ったのか。


「やっぱ、そうか」


遺跡でみんなが倒れた時、クロトと初めて会った時に同じ様な事があったっていう予測は正しかったみたいだ。

クロトとあの遺跡に居た物は何かが違って、クロトはそれでも形になれたんだろうっていうのも間違って無かったらしい。


「・・・そうして顕現した僕は、自分が初めて生まれた時の存在意義も覚えてない、お父さんの魂の欠片から出来た、お父さんの写し身みたいな物として新しく生まれた様なものになった。

でもそのおかげなのか、僕の思考は元の意識よりお父さん寄りになっていってる」

「えーと、つまり?」

「・・・今の僕は、昔の僕の力と記憶と魂の一部を持った別の物みたい」

「ああ、そうなのか。そっか、それは良かった」


つまりそれは、クロトの悩みが一つ完全に減る事になる。

クロトはクロトだっていう、大昔の魔王じゃないって事になる。

その事実に、少し笑みが漏れる。

うん、良かった。


「そうだ、もしあの時全部奪われてたらどうなってたとか、解る?」

「・・・多分、だけど、お父さんの魂を使って世界に繋げて、昔の自分を顕現したと思う。

今の僕は何とか顕現出来る程度に回復した存在に、少し魂を混ぜた事で生き物になった感じ」


細かい理屈は解らないけど、クロト自身もクロトだけじゃ出てこれなかったって事なのかな。

俺の命が少し混ざったから、生き物として生まれる事が出来たと。

なるほど、お父さんだわ。マジで息子だったわ。


「・・・でも、それだけじゃ無いんだ。お父さんは・・・あの時に僕の力の欠片が混ざってる。多分お父さんは死んだら人間じゃなくなる。もしかしたら魔人になるかもしれない」

「は?」


クロトはとても申し訳なさそうに、とんでもない事を言った。

流石にそれは予想外過ぎる。

え、何、俺死んだら人間じゃなくなるの?

ていうか、力の欠片埋め込まれてるってどういう事なの。


「・・・僕がもう一度この世界に生まれる為に、僕という魂が形になる為の場に居た事で、防ぎきれずに減った分の魂に僕の力が混ざってしまってる」

「えっと、つまり、俺は死ねなくなったって事、かな?」

「・・・ううん、お父さんは死んじゃう。ただその後お父さんじゃない物になるかもしれない」


俺は魔人になる要素が今あって、死んだら魔人になるけどそれは俺がそのまま魔人になるわけじゃないって事かな。

え、何それ怖い。俺が俺以外の物になるの?


「・・・魂に僕が混ざってるから、個として世界に顕現してる僕と、力と記憶だけになってるあいつとの差が解ったんだと思う。お父さん、綺麗に僕だけを避けて攻撃してたでしょ?」

「あーうん」


クロトの言う通り、俺はあの時クロトとクロトを覆う物が別で見えた。

クロトの中に、クロトじゃないクロトと似た物が混ざろうとしてるのが見えていた。

それと同時にクロトに流れ込もうとしている皆から奪った生命力の流れも見えたので、まずそれをぶった切るつもりで仙術を放った。


その一撃で力の制御を失った事で、クロトに流れ込めなかった命の力は半端に霧散していった。

なので俺は見えてるその力を、皆の命の霧を自分の方に引き寄せた。

命が吸われていた時の流れを真似する様に、そのまま消えていきそうな力を俺の手元に留めて利用させて貰った。


今度はクロトを覆っている物を吹き飛ばす為に仙術を打ちこむと、それが揺らいだのが解った。

流石に一発じゃ足りなかったらしく、もう一発打ちこんでやっとクロトから少し剥がれた。


ただあの時コントロールが上手く出来なくて、一発一発ゆっくりになってしまったんだよな。

自分以外の命の力を纏めて使おうとしたせいなのか、上手く力に変えられなかった。

それでも今クロトを救うには仙術に頼るしか無いと、何故かそう思ってどうにか制御した。


そして何とか制御出来た一発でクロトを覆っていた物をほぼ吹き飛ばして、最後に一片の欠片も残らないようにクロトの体に綺麗に気功を流し込んだ。

クロト以外の全てをクロトの中から吹き飛ばす様に。


仕上げの遺跡を破壊した攻撃も、やった事自体は同じだ。

見えているあいつを、クロトじゃない何かを吹き飛ばすために、周囲から無理矢理生命力を集めて一点に制御してぶっ放した。

遺跡自体から、周囲の存在から命を奪う事で力に変えた。


問題は制御が難しかったせいで、無駄に力が広がってしまった事か。

狙った一点を打ち抜くことは出来なかった。


今思うと、あの時は疑問に思わず『仙術での攻撃』に拘った理由も解らないな。

けど、あの時は仙術が正解だと思った。

仙術でしか、俺は目の前の相手に有効打を与えられないと思ったんだ。


「俺はクロトを助けるには仙術しか無いと思ってたけど、それに関しても何故か解るかな?」

「・・・僕はお父さんの欠片を、お父さんは僕の欠片を持ってる。そのせいで僕とお父さんは魂が少し繋がってるから、一時的に記憶を共有したんだと思う。

過去に僕を倒そうとした人達の事が、お父さんに流れ込んでたんだと思う。お父さんの使う力は、上手く使えば僕の力に対抗できるから」


成程、仙術自体がクロトに有効なのか。

衝撃を与える使い方じゃ効果が薄く、生命力に直接ダメージを与える方に思いっ切り傾けると有効打になるって所かな。

ミルカさんが黒を吹き飛ばしたのはそれが理由なのかな。

ただ問題は、普段の俺にあんな威力の攻撃は放てないって事だけど。


今回は皆の命を再利用させてもらったし、多分精霊さん達の力も入ってた。

そのおかげでふざけた威力の攻撃を放てただけで、俺本来の生命力じゃ足りなかっただろう。

生命力への攻撃に傾けた筈なのに、傾けきれなかった分の物理的な被害で山が崩れる威力だからな。

まあ、あれは遺跡自体が存在保てなくなって崩れたせいもあるけど。


「・・・あの力は普通とは少し違うから、厄介だった事を思い出した。あの弱々しい人の事を強いと思う筈だ」

「えーっと、ミルカさんの事、だよな」

「・・・うん、あの人、元々は物凄く弱い筈。戦える様な力を持って無い筈なのに戦える。あの力を使う事で、戦える体を無理矢理作り上げてる」


あの力っていうのは、他の存在からの生命力の利用の事かな。

てことはミルカさんは使えるのか。

教えられなかったのは、今回みたいに制御出来ずに倒れると思われてたとかかな。

むやみに使うと危ないしな。明らかに他者に与える影響が酷い事になる。


それに今クロトが言った意味を考えると、他の生命力を自分の中に流し込んでるって事になる。

俺は今回、命の力を手元に留めて外に放つことしか出来なかった。

自分の中に混ぜられる気がしなかったんだけど、やってみれば出来るんだろうか。

元気になったら今度試してみよう。


「しかしクロト、大分記憶戻ってる?」


さっきから、以前のクロトじゃ知らないであろう事をかなり喋ってると思う。

特にクロト自身の事に関してとか。


「・・・ううん、相変わらず断片的。お父さんに助けてほしくて、僕の中に微かに有る記憶を引っ張り出したんだと思う。お父さんならきっとこれで助けてくれると思って」


信頼が重い。助けられたから良いけど、仙術使えなかったらどうなってたのか解らないぞ。


「・・・後はお父さんが僕の黒を感じられたのも、黒を纏ったのも、僕がやった。少しでもあいつの邪魔しようと思って、お父さんの中にある微かな僕の力を使った」

「ああ、成程、あれそういう仕掛けか。やってる最中は違和感感じなかったけど、後からなんでなのか解らなくて疑問に思ってたんだ。頭への攻撃も髪に紛れる様に黒で守ってくれてたよな」


上から黒が降って来てるのは解ってた。けど、それでも特に問題ないのも解ってた。


「・・・僕と繋がってたせいで、疑問に感じなかったんだと思う」

「あー、意識が混ざってた感じなのかな。何かそれはちょっと怖いな」


自分の思考が正常なのか異常なのかの判断が出来ないのは怖い。

とはいえそのおかげでクロトを守れたんだから、良いのか悪いのか悩むところだ。


「あ、そうだ、ちょっとまって、もしかして今回の事でアロネスさん達も魔人になるって事じゃ無いのか」


命を吸われた際になるって事は、皆も俺と同じ事になってる筈。


「・・・ううん、違うよ。あの人達が奪われたのは生きる力。お父さんが失っている物は魂そのものだから、あの人達は平気」

「あ、そ、そうなんだ」


その違いが良く解らないけど、とりあえずアロネスさん達は無事なのか。良かった。

てなると、後は俺自身の体をどうするかだよなぁ。


「とりあえず俺は生きている間は大丈夫なんだよな?」

「・・・多分、大丈夫」


多分って。多分って怖いんですけど。


「・・・大丈夫。僕が頑張る。今は無理だけど、何とかする」


俺が微妙な顔をしていたせいか、クロトは両手をぐっと握ってそんな事を言った。

まあ、現状何とかできるのはクロトだけだよな。

体の中にクロトの欠片が混ざってるって言われても、俺にはそれが見えないし。

今まで誰も俺にそんな事言ってきた人も居ないし。


「まあ、気長に待ってるよ」


とりあえず今はみんな無事だから、それで良いや。

俺自身も、死ななきゃ良いだけなんだし。

・・・アッサリ死んでやる気は一切ないしな。

死にたくないからこそ、樹海に居た頃は生きていく為の教えに全て従っていたんだから。


そこでイナイが食事を持って来てくれたので、クロトとの話は一旦終わりにした。

イナイに介護されながら食事を食べ終わると、急に眠気が襲って来た。

さっき起きたばかりなのに、また眠い。思ったより疲れが有るのかもしれない。

とりあえず素直に寝て、明日皆に説明しよう・・・。

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