第468話殺意の覚悟です!

崩れ落ちるクロトを抱き留めて、深く息を吐く。

良かった、上手くいった。

ちょっと頭に血が上りすぎていたな。

対象がクロトの体じゃなかったら、確実に力加減を間違えてたな。


『主よ、立てるか?』

「なん、とか」


一息ついていると、動けるようになったらしい精霊さん達が人間の皆の介抱をしていた。

どうやら精霊さん達はあんまりダメージは無さそう。

人間より生命力があるんだろうな、やっぱり。

ここに居るのが本体じゃないってのも影響ありそうだ。


ビャビャさんとレイファルナさんは、意識は有るけどまともに喋る事すら出来ない様だ。

アロネスさんは流石というべきか、苦しそうにしているものの自分の足で立っている。

多分だけど、この二人とアロネスさんの戦闘経験の差が理由だと思う。

アロネスさんには耐性が少しだけ有ったから、他の二人よりは動けるんだろう。


『やっぱり何か有ったみたいね』

『もう解決した感じかしらぁ』

『アロネス、大丈夫!?』


アロネスさんの元へ行こうとすると、部屋の入り口から水精霊さんと火精霊さん、あとアロネスさんの様子を見て駆け寄って来る木精霊さんが声をかけてきた。

木精霊さん、声は焦ってるのに表情が変わらないのは何故なんだ。


「異変、感じての、追加人員、か?」


アロネスさんはまだ話すのは少し辛い様で、途切れ途切れになりながら精霊さん達に問い、水精霊さんがそれに対して答える。


『ええ、いきなり遺跡内の魔力が異常な圧縮具合で一点に集中したのを感じてねぇ。人選に関しては人間に行かせるより、私たち精霊の方が何か有っても安心でしょ?

もっとも、一番大事な時に間に合わなかったみたいだけどねぇ』

「ああ、もう、終わった」

『そっかぁ。でも皆無事でよかったわねぇ』


水精霊さんがニッコリ笑う。

生きてるって意味では無事っちゃ無事だけど、完全に無事とは言い難い様な。


「タロウ、説明、頼む」


アロネスさんが精霊さん達から俺に視線を変え、端的に問う。

さっきの状況と、俺の対処に関してだろう。


自分でも解ってる部分と解って無い部分があるんだけど、どうするかね。

出来るからやっただけで、元々出来た事をやったわけじゃないし。

それに倒れてる二人をちゃんと休ませてあげたいし、皆に説明した方が良いと思う。


「説明はここを出て、動けない二人をちゃんと休ませられる所に移動してからにしましょう。クロトも起きてる時の方が良いと思いますし」

「わか、た」


俺の言葉に、アロネスさんは素直に頷いてくれた。

良かった。クロトも起きて無いと説明しきれないと思うのよね。


「すみません、クロトを外まで運んでもらえませんか?」

『承った』


俺は土精霊さんにクロトを頼み、土精霊さんはそっとクロトを抱き抱える。

俺はまだ、やりたい事が、やらなきゃいけない事が残ってる。

クロトの保護者として、このまま遺跡を去るわけにはいかない。


「アロネスさん、とりあえず何が有るか解らないんで全員外に出て下さい」

「タロウ、何する、つもりだ」

「多分、この遺跡の核になってる物ぶち壊します。こいつのせいでクロトがおかしくなった」

「・・・解った、後で、説明しろ」

「了解です」


アロネスさんはここで問い詰める事をせず、精霊さん達を引き連れて外に向かう。

倒れた二人も精霊さんに抱えられている。

俺は皆が出ていくのを眺めながら、独りごちる。


「俺が無事な理由は、確実にミルカさんのおかげだな」


クロトの下に皆の命が集められている時、俺からも吸い上げようとしているのが見えた。

命を奪われるのを、命を使う技で自分が無意識に防いでいたのが見えた。

いや、最初は感じただけだ。そういう風に感じただけ。


あいつの言ってた不完全な状態ってのは、多分俺が初めてクロトに会った時の事だろう。

おそらくクロトが起きる時、本当はあの遺跡に居た存在の命を全部吸い上げる筈だったんだ。

俺の命を吸い上げる筈だったんだろう。


けど、俺はそれを無意識に防いだ。

吸い上げられた事に気がつかない程度に、気功仙術でほんの少しだけの消費で抑え込んだ。

自分の状態だけ意識してれば違ったんだろうけど、あの時は緊急事態でビビってたからな。

消耗してる事にも気が付けなかったって所か。

ただ今回は自分だけじゃなく、複数人の力の流れを感じたおかげで余計に気が付けた。

まあ、気が付けたのはそれだけが理由じゃないけど。


真面目にミルカさんには感謝だ。

ミルカさん的にはやりたいようにやった所も大きいんだろうけど、あの人の教えにはずいぶん助けられてるな、ほんと。


「さて、そろそろ良いかな」


皆が遺跡を出たのを探知で確認する。魔力が少しずつ周囲に戻っているので確認は取りやすい。

一旦心を落ち着け、集中して気功を拳に集める。

ただし、普段のようには使わない。


「まだ、慣れないな」


クロトを助ける為に使った技を、もう一度使う。

ついさっき使えるようになったばかりで、まだうまく使えない。

これが使えなかったらクロトを助けられなかったかもしれないな。

今の俺の手には、普段の俺の生命力じゃ放つのが不可能な程の気功が溜っている。

これならここに残ってる物を消し飛ばすには十分だろう。


「ミルカさん、これ知ってるのかな」


仙術に頼らない戦い方する人だし、もしかしたら知らないかもしれない。

これは使えると、対人戦ではかなりの強みになる。

ミルカさん以外の相手には、確実に通用するだろう。


「その代わり、周囲が大変な事になるけど」


遺跡がビキビキと音を立てながらひび割れていく。

壁が、床が、天井が、段々と存在を保てなくなっていき、パラパラと崩れて砂になっていく箇所も出てきた。


「お前は多分クロトなんだろうな。けど、もうクロトは居るんだよ」


遺跡が崩れる様子を見ながら、俺は誰かに語りかける様に口を開く。


「・・・誤魔化しはしない。俺はお前を殺す。クロトの為に、家族の為に、お前を殺す」


自分の意志で、完全な殺意を持って、自分の為に殺す。

俺は狩りもやってるし、命を食ってる自覚はある。

だから、クロトを乗っ取ろうとした存在を排するのに何かの感情を持つ意味があるのかと、どこかで思ってはいる。


けど、こいつはこいつできっと生きようとしていた。

クロトを乗っ取ろうとした時、こいつは意思が在って言葉を発することが出来た。

俺はそういった意思疎通を言葉で出来る相手を殺そうとしている。

なら、これは人殺しだ。


クロトが元に戻って、アロネスさんも再度命を吸われていない以上、もうこの遺跡はまともに機能しないとは思う。

多分俺が肝心の何かを壊したんだ。

けど、大本が残っている以上完全に安全とは思えない。

だから、俺は自分の為に確実を取る。


「せめてお前がクロトと同じ様に自分だけで存在できるなら、まだ良かったんだけどな」


クロトを乗っ取ったって事は、多分ここに居る存在はどれだけ命を吸い上げてもクロトには成れない。クロトがここに来て、初めてクロトになれる。

クロトが元のクロトなら何の問題も無かったんだろうな。全力抵抗されるのも意味が解らなかったに違いない。

こいつにとっちゃ、きっと一つに戻るだけだったんだろう。


「それでも、人の命をあたり前に奪うなら、戦うしか無かったろうけど」


深く腰を落として拳を構える。

遺跡はもはや全体的に崩れ始め、何度か天井の石も床に降って来ている。

あと数分も有れば、完全に崩れるだろう。


「だからせめて、全力で吹き飛ばしてやる。遺跡を持ってけ」


この遺跡と一緒に消えていけ。

何年ここに眠ってたのか知らないが、ずっと一緒に居たこいつと一緒に逝け。

それが俺が出来る手向けだ。


「―――――あああああああ!!」


気合を入れて叫びながら、纏めた気功を完全開放してその存在を狙う。

石棺の下、遺跡の床の更に地中に見える、その存在の欠片に向けて全力で放つ。

その衝撃に崩れかけていた遺跡は耐えられず、その姿をただ砂へと変えていった。

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