第467話アロネスの死の覚悟ですか?

タロウが何かに気が付いたらしい事に返事をした瞬間、得体のしれない激痛と息苦しさに襲われた。

体に力が入らず崩れ落ちたが、何とか倒れずに膝をつく程度で堪える。

くそ、痛みで力が入らねぇ。呼吸もまともに出来ねえ。


やべえ、しくじった。周囲に怪しいのが何も居ないからって完全に気を抜いていた。

どこだ、どこから何をされている。

他の連中は、精霊共はどうなった。


「ぐぅ・・うぐ・・」


今にも倒れそうな痛みと苦しさを抑えつけて、なんとか顔を上げる。

精霊共は立っているが、明らかに様子がおかしい。苦しみながら何かに抵抗している。

あいつらの体は仮初の物で、ただ攻撃を受けただけなら器が削れるだけで苦しむようなことはない筈だ。

なのに苦しんでるって事は、これは普通の攻撃じゃねえ。


ギーナの配下の二人は完全に倒れちまってる。

意識はあるみたいだが、動けるようには見えねぇ。

くそったれ、強化して無理矢理動こうにも魔力が纏まらねぇ。

魔術を使おうとすると全身に激痛が走りやがる上に、使おうとした魔力が抜けていく。


タロウはどうなった。他の連中は正面に居るから視界に入るが、タロウの様子が解らねえ。

痛みを堪えて首を横に回すが、これだけで体中が悲鳴を上げてやがる。

何とかタロウに顔を見ると、タロウは呆然と俺を見下ろしていた。

馬鹿野郎、何呆けてやがる。


・・・いや、違う、こいつ状況が解ってねえ。

多分、今この中でタロウだけ影響を受けてない。でなきゃ立ってられるわけがない。

理由なんざ解らねえが、俺達が苦しむような何かにタロウは耐えられるんだ。

こいつにしたら、俺がいきなり苦しんで膝をついている事に面食らってるだけなんだ。


けど、いつまで耐えられるか解らない。今無事だからって、いつまでも無事とは限らない。

現にクロトですら苦しんでいる。

タロウはまだ気が付いてねえみたいだが、明らかにクロトの様子がおかしい。


なら動けるうちにこいつらだけでも逃がして、この状況をイナイとギーナに報告させるべきだ。

そうすれば俺がここで死んでも、あいつらならきっと何とかしてくれる。


・・・イナイの奴は泣くだろうな。

でもせめて、タロウが助かればあいつを支えてくれる。

タロウは脳天気なようで、本当に見なきゃいけない所は見ている奴だ。きっと大丈夫だ。

逃避に過ぎないかもしれないが、クロトの世話も何も出来ない時間を減らしてくれるだろ。


それにこいつらはウムルでの仕事とはいえ、ウムルに身を捧げた人間じゃない。

軍人でも貴族でも何でもないんだ。

こいつらだけは、逃がさないと。


「―――ロウ、にげ、ろ」

「っ!」


苦しさから掠れた声しか出せなかったが、気力を振り絞って何とか言葉に出来た。

言葉を発するのもこれが限界だ。後は言葉にならない呻きしか出せねぇ。

俺の声で正気に戻ったらしいタロウは、すぐに周囲の確認を始めた。


倒れてる俺達を助けて逃げようとか、頼むから思うなよ。

お前はとにかくクロトだけを連れて早々にここから離れろ。

俺達を助けたわずかな差でお前らが助からないなんて事になったら、イナイが潰れかねねぇ。

お前が自覚してんのかどうか知らねえが、イナイにとってお前はもう支えになってんだ。

とっとと逃げ―――。


「ぐっ、くう・・足りん・・・この程度の命では、足りん・・!」


いつもとまるで違う、張りのあるクロトの声がいやにはっきりと聞こえた。

くっそマジか、そっちかよ。まさか遺跡がクロトに対する何かのスイッチになってるのか?

察するに、俺言葉通りストレートに命を吸い上げられてるんだろうが、その流れが全く見えねぇから防ぎようがねぇ。

目に見えない負荷を体にかけられているのは解るが、それしか解んねぇ。


地中に遺跡を造ってるのは、中に来たクロトに影響を与える仕掛けが有んのかもしれねえな。

タロウと会った時は魔力を完全に吸い上げた事以外、特に問題無かったって聞いてたから完全に予想外だ。

いや、もしかしたらあの遺跡はクロトの復活の為で、他の遺跡はクロトに力を与える為の遺跡なのか?


「・・・ぐ・・止め・・ロ・・俺・・僕はお前じゃ・・・・ない・・・!」


どうやらクロトは完全に変わってしまった訳じゃない様だ。

最近記憶を取り戻したって話を聞いた時には、今のクロトとは似ても似つかない性格だったらしいから、その記憶が今のクロトを塗りつぶしてんのか?

いや、そもそも今のクロトは誰かを連れてこの遺跡に入る為の疑似人格だったのかもしれねぇ。

力を取り戻して用が無くなったら、本来の存在に戻るように。


「―――てめえ、クロトに何してやがる。俺とクロトに触れるな」


あの馬鹿、逃げるどころかブチギレてやがる。

そんな場合じゃ・・・いやまて、今あいつ何て言った。『俺とクロトに触れるな』つったな。

まさかタロウのやつ、今俺達を襲っている何かが見えてんのか?


「貴様、グゥ、貴様か・・・・貴様のせいか、この不完全な体は・・・!」

「黙れ」


敵意をむき出しにしているクロトに、タロウは一切の躊躇なく拳をクロトの体に叩き込んだ。

クロトは吹き飛ぶ様子は無いが、その場で苦しげな表情で睨みつけている。

次の瞬間、全身の痛みはまだ感じるものの、異常な負荷は消え去った。


「くっ・・ぐぅっつう・・・!」


負荷が消えてすぐに体の状態を確認しようと動かすが、ここまでのダメージがなかなか深く、動けることは動けるがやはり全身に激痛が走って呻きが漏れる。

けど、これならまだ我慢できる。


とりあえず緊急事態だとイナイに連絡を取ろうとして、腕輪を操作する。

クロトはタロウが対処出来るようだから、あいつに任せてとりあえずは報告が先だ。


「な、に?」


繋がらない。連絡が取れない。

そこではっと気が付く。腕輪に魔力を流す事が出来てやっと気が付けた。

周囲に魔力が一切ない。さっきまで魔力感知すら使う余裕が無かったから解らなかった。

いや、正確には一点に集まってる。クロトの周囲だけに異常に濃い魔力が集まってる。

周囲の魔力をすべて集めたのか。そんな事が出来るのか。


「魔力を集めたって無駄だ」


もう一度、タロウの拳がクロトの腹に叩き込まれる。

今度も体が吹き飛ぶようなことはないが、驚愕の表情でクロトは目を見開いている。


「ぐっ・・・これ、は・・この力は・・・!」


さっきからタロウの動きは明らかに遅いし、威力も有るようには見えない。

どう見ても強化も何も使わずに、素の状態で殴っている。

けど、明らかに効いている。集めていたらしい魔力は少しずつ霧散している。


「・・・おとう、さん・・・もう、いっぱつ・・・」


クロトは元に戻ったのか、いつもの表情でもう一撃殴れと取れる言葉を発した。

それに応える様に、タロウは掌打をクロトの胸に叩き込もうとする。

だが掌打がクロトの体に触れる瞬間、いつの間に仕込んでいたのかクロトの黒い力がタロウの頭上から襲い掛かかるのが見えた。


あの黒は探知が効かない。

完全に死角に入ってる上に音もなく、タロウの脳天を打ち付けようと迫っている。

あのままじゃタロウが死ぬ。


「かわ、せ、タロ、ウ・・・!」


くそ、声が出ねぇ。頼む、気が付け。

強化してその場から避けろ。お前なら間に合う!






―――――だが俺の願いはむなしく、黒はタロウの頭に叩きつけられた。





その光景を、俺は驚きの表情で見ていただろう。

間違いなく、黒はタロウの頭に直撃した。

けどタロウは何の問題もなく、相変わらず目を見開いた完全にブチギレた表情で立っている。


「クロトの真似して油断させたつもりか。ふざけんなよ」

「くっ、せめて全力で使えれば・・・まがい物に負ける事なんざ・・・!」


クロトはまた張りのある喋り方に戻り、今度は黒を解り易くタロウに打ち放つ。

だがタロウはその黒を片手に纏った『黒』で弾き、再度クロトに掌打を叩きこむ。

すると今までと違い、クロトは明らかによろめきながら後ずさった。


「・・・おと、さん・・ごめ、なさい・・・・・・・・たす、けて」

「クロト、すぐ助けるから。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれな」


泣きながら助けを求めるクロトに、タロウは優しく微笑んだ。

どうやらタロウには、本当のクロトと演技の区別がついてるらしい。


いや、それよりもあいつ、さっき間違いなく手に黒を纏ってたよな。

例えクロトの使う物と違ったとしても、魔力感知に一切引っかからない何かを使っていた。

その疑問が氷解するよりも先にタロウが優しくクロトに触れ、一瞬クロトの体が震える。


「・・・あり、がと・・・やっぱり、おとう、さんは・・・強いや」


そしてクロトは安心した表情で気を失った。

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