第461話軍勢対軍勢ですか?
馬鹿な、一体何が起こっているのだ。
なんだあの馬鹿げた数の精霊は。こちらの手勢の半分は居るぞ。
こんなふざけた数の精霊を召還して尚、何故奴は当たり前のように全てを維持できるのだ。
我らの生きていた時代とは違うとはいえ、精霊を従える術そのものは同じ筈だ。
特に自我を持つ精霊を従えるならば、召還をするならば、それに比類するだけの魔力を注がねばならん。
あの一瞬でそれだけの魔力を注ぎ、その上この地にいない存在を顕現するだけの魔力も注ぎ込んでいる。
それも一種ではなく、明らかに多種多様な精霊を同時に。
人間が一人で処理できる物ではない。
この明かに異様な光景に、無様にも驚きの声を発してしまった。
だが、これ以上の無様を見せるわけにはいかない。
わたくしは魔人が一体。全てを亡ぼすあの方の配下。
それに驚きはしたが、この程度ならどうとでもなる。
こちらの手勢は奴の倍はあるのだ。
「貴方、一体何者ですか?」
心を落ち着けようと、動揺を誤魔化す様に目の前の存在に問う。
本当に貴様は人間なのかと。
「ただの薬師だ」
男はそう言うと、両手いっぱいに持った石の様な何かを無造作に頬り投げた。
何かの攻撃かと警戒していると、何事もなく地面に落ちていく。
男の不可解な行動に眉間にしわを寄せていると、石が光りながら地面に埋まっていった。
いや、違う。
地面が石を包むように盛り上がって行っている。
その様に驚いている間に、巨大な土塊の人形が大量に出来上がっていく。
「―――――っ」
なんだ、この男は。
なんだこの力は。
似たような事が出来る存在は知っている。
だがそんな芸当が出来た存在は全て、人では無かった。
人間を止めた存在にしか、こんな芸当は出来なかった。
「おい、ぼーっとしてて良いのか。攻撃して来ねーならこっちはどんどん準備を進めさせてもらうぞ」
感情の籠っていない様な、静かな声が耳に届く。
同じように感情の見えない目をこちらに向けながら。
この男、わたくしを見ていない。
先程まではわたくしを見て、わたくしの言葉に怒りを感じていた筈だ。
けど、今この男は、わたくしをその辺の羽虫と同じ様に見ている。
だが今この男にとって、わたくしはただ目の前にいる邪魔な『物』なのだ。
奴のあの目は、あの感情の無い目は、ただゴミの様な物を見る目なのだと気づかされた。
「――――かかりなさい」
手勢に一斉攻撃の命令を下す。
ふざけるな。
そんな感情を他者に向けて良いのはわたくし達だけだ。
わたくし達魔人と、あの方にだけ許された権利だ。
例え自我を持つ精霊が居たところで、これだけの精霊の形をずっと維持し続けられる筈が無い。
半数も減らせばあっという間に魔力枯渇に陥る筈だ。
顕現を成せるだけの魔力量には驚いたが、いつまでも維持出来る筈が無い。
あの土塊共も、たとえ数が多かろうが所詮素材は土塊。
脅威足りえない。
「なっ!」
こちらの手勢と奴の手勢の衝突に、また驚きの声を上げてしまう。
わたくしの軍勢の攻撃は土塊の体に少しひびを与えるだけで、奴の土塊の攻撃はたった一撃で一体を確実に粉砕する。
風の精霊は意思無き精霊こそ粉砕できる物の、嵐の様な風の力でそれ以上の手勢が吹き飛ばされ、切り刻まれる。
だが、それはまだ良い方だ。
土の精霊は配下の精霊の力も強く、よく見ずともこちらの方が押されているのが解る。
急激な地形変化と、その地形との同化や分離をしながら攻撃してくるせいで翻弄されている。
水の精霊は穏やかそうに微笑みながら強烈な水圧の攻撃を放ち、こちらの手勢を切り刻む。
配下の精霊も攻撃範囲こそ狭いものの、同じ様に水圧の刃を放っている。
火の精霊は自身が獄炎となって、他の火精霊と一丸となって手勢を飲み込んでいく。
闇の精霊は自身の周囲を完全な暗闇に包み込み、闇が消えた後には身体のどこかしらが欠損した手勢の姿が見える。奴は玩具を壊す様な、戦う気も倒す気もない様子に見える。
雷の精霊はその存在自体が雷となっているのか、自我無き精霊はともかく自我の有る精霊には触れる事すら叶わない。
木の精霊は何を考えているのか解らない程に無表情で、どこか一点を見つめている。
だというのに死角からの攻撃に一切動じずに木の根を伸ばして捕え、そのまま引き千切っていく。
光の精霊は他の精霊の背後から大笑いしながら無数の光弾を放ち、奴らには一切の被害はない。
この精霊共、戦い慣れている。
明かに、自然現象の力を有しているだけの存在ではない。
お互いがお互いの邪魔にならない様に、協力しつつ戦っている。
そしてなんだ、あの連中は。
他の精霊は解る。さっきの精霊たちは、わたくしでも何の存在なのかは解る。
だが、あれらは何だ。
あそこにいる連中から感じる力は精霊の力だ。
だが、何の精霊なのかが解らない。
本を片手に人間のように、いや、竜の様に魔術を使う精霊。その場その場で最適な魔術をうち放ち、全ての範囲を補助している。
白い大盾と片手剣を持った、全ての攻撃が通じない白装束の女。
頬に傷を持った、人とは思えない速度で大剣を振るう男。
周囲を全て薙ぎ払っていく、筋骨隆々の糸目の槌使い。
豪快に叫びながら槍を振るう、獣人の女。
斧を振り回して獰猛な笑顔を見せる、盗賊の様な見た目の大きな獣人の男。
ただ歌っているだけにしか見えないのに、周囲に衝撃を与える黒服の男。
あれらは他の精霊と違い単独だが、明らかに意志を持つ人間にしか見えない。
だがそこに内包される力は精霊の物であり、振るわれる力は人間とは思えないほどに強力だ。
完全に押されている。
数が倍あったとしても、明らかに質で負けている。
――――だが、それだけだ。
「認めましょう、確かに貴方は強いのでしょう。これだけの手勢を個人でもてるなど、そうありえない。
だが悲しいかな、その維持には力が足りないようですね」
自我を持つ精霊はともかく、自我無き精霊はその姿を保てなくなりつつある。
存在をこの地に顕現する為の魔力が付きかけている。
そうなれば攻撃を放つような力は無いし、そんな物では私の手勢は止められない。
そして自我を持つ精霊も魔人を倒せるだけの力を籠めた全力戦闘によって、内包する力が段々と落ちている。
例え奴の手勢の方が質が良いとしても、維持するには魔力が足りない。
人間である以上、覆しようがないだろう。
あの土塊共の力も強いことは認めよう。
だがこちらの攻撃に対し無傷ではすんでいない。集団でかかれば潰せる。
事実、既に半分ほどは潰している。
「わたくしの軍勢がこれで全てでしたら、危なかったでしょうがね」
笑みを浮かべ、周囲に手勢を顕現させていく。
先程の人数で全員なら、きっとこの男には勝てなかっただろう。
だが、わたくしにはまだ多くの手勢が居る。千を超える手勢がまだ有るのだ。
「さあ、絶望しなさい。そしてわたくしと、わたくしの主を舐めた事を後悔しなさい」
勝利を確信し、笑みを浮かべながら告げる。
我らを、魔人を舐めた貴様は恐怖に心を塗りつぶされながら死ぬのだと。
「あっそ」
だが奴はわたくしの言葉などどうでもいいと言わんばかりの返事をし、同時にパキンと何かが割れる音が聞こえた。
次の瞬間、奴が精霊を召還した時に感じたような膨大な魔力が周囲を埋め尽くし、精霊共が全て元通りになっていく。
それだけでも驚愕したというのに、奴は先程土塊を作り出した石をまた投げていく。
最初に出した土塊を破壊しきれていないせいで、更に土塊の数が増えた。
「なっ、あ」
ありえない光景に、何度目か解らない驚きの声が漏れる。
無様だという恥の気持ちすらもわいてこない程、驚きが自分を支配している。
「何で自分が出来る事を、相手も出来ると思わねえかな。力に溺れて脳みそが退化してんな」
奴はそう言いながら、周囲に数十体もの球体関節の人形を横たわらせていた。
いつの間に。いや、一体どこから出したのだ。
「おきろ」
男の言葉に応える様に、横たわっていた人形たちは立ち上がり、列を作ってこちらを向く。
「叩き潰せ」
静かな、だが明らかな敵対の言葉と共に、奴の人形は爆ぜる様に移動し、こちらの手勢を粉砕して行く。
そしてその間にも奴の手勢である土塊は数を増やし、精霊は何度も何度も力を取り戻す。
こちらがどれだけの手勢を出して奴の手勢を粉砕しようが、さらにその数を増やし、万全の体勢で立て直してくる。
何よりも先程奴が出した人形共が強すぎる。あの土塊よりも固く、力強く、そして早い。
「なんだ、これは・・・ありえない・・・ありえない!」
わたくしの軍勢は魔人としては弱いとはいえ、すべて魔人の力を有した軍勢だぞ。
それが何故だ、なぜ人間ごときが作り出す存在に打ち勝てない。
何より奴の魔力の量が異常過ぎる。
奴の魔力は無尽蔵なのか!
「まだ手勢が有るなら早く出せよ」
そこで気が付いた。この男、わたくしを攻撃対象にしていない。
わたくしに全てを使わせたうえで、叩き潰そうと。
私など、取るに足らない存在だと。
「な、舐めるなよ、人間がぁーーーーー!」
頭に血が上り、全力で奴の元までかける。
魔人の力を全力で使い、奴の首を切り落とさんと。
「ぐっ!」
だが奴はいつの間に展開していたのか、大量の魔術障壁によってその攻撃を防いだ。
防がれた以上立ち止まっては狙い撃ちをされると判断し、大きく飛びのこうとする。
「え?」
そして飛びのいた空中で、ずるりと、下半身が落ちた。
下半身が無くなった事でまともに着地出来ず、地面にたたきつけられて転がって行く。
切り離された部分から血が溢れる様に流れていくと同時に、力が抜けていく。
軍勢も維持出来ず、その姿を消していく。
何が起こったのか解らず自身の力の減少に慌てていると、静かに歩いて来る奴が視界に入った。
精霊も、土塊も、人形も、奴の道を作るように立っている。
奴の手にはいつの間に握られていたのか、尋常ではない力を感じさせる剣が握られていた。
「だまされましたよ。貴方、剣士だったのですか」
これは一度死ぬなという自覚と共に、流石に最後に無様を晒したくは無いと、目の前の化け物に普段の態度で問う。
だが目の前の化け物は最後まで、わたくしの言葉を肯定はしなかった。
「言っただろうが。俺はただの薬師だ」
その言葉と共に、わたくしの意識は完全に断ち切られた。
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