第453話親父さんのお話です!

シガルのご両親に挨拶だけして戻るつもりだったのだけど、親父さんの強い引き留めも有って、結局残りの二日ともスタッドラーズ家で過ごすことになった。

今はもう、二日目の夜である。

今日も親父さんにそこそこ長時間挑まれて相手をしました。


その親父さんは今、クロトと一緒に風呂に入っている。

因みにシガルを誘って、思い切りボディーブロー食らってた。

イナイもほれぼれする綺麗なボディーブローでした。


ニッコリ笑っておいでおいでからのボディーは、俺だけが戦慄を覚えていました。

親父さん、なんでめげないんだろ。


「あの人、上がったみたいですし、タロウさんもどうぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


親父さんが上がったらしい音が俺にも聞こえていたので、シエリナさんの言葉に頷いて、大きめのタオルを手に風呂場に向かう。

当然廊下で二人とすれ違う訳だが、親父さんの顔はでれっでれだ。

本当に孫の様に扱っているのが良く解る。


「ふぅ、いい湯だったな、クロト君」

「・・・うん」

「風呂上がりに冷たい飲み物で―――」


俺が立っている事に傍に来てやっと気が付いた親父さんは、苦虫を噛み潰したような顔を一瞬したかと思うと、クロトに向き直る。


「クロト君。お婆ちゃんに冷たい飲み物を貰って来なさい。私も後で行くから」


笑顔でクロトに告げると、俺の方に向き直る親父さん。

その表情は、いつも俺を密睨み顔とはどこか違う気がする。

クロトは俺と親父さんの顔を交互に見て、こくんと頷いてリビングの方へ歩いて行った。


「風呂か」

「あ、はい」

「小僧、上がった後で構わん。私の部屋に一人で来い」

「・・・はい」


何時もの様に睨まれる事も無く、静かな表情と声音で告げると、親父さんはリビングに向かって行った。


「・・・シガルの事、だよな」


親父さんが真剣な顔で俺に用が有るなんて、それしか考えられない。


「一発殴られるぐらいは、本当に覚悟しとこ」


俺は親父さんにとっちゃ気に食わない存在だって自覚が有る。

まだまだ家族に甘えて良い年の子が、他の男に下に行ったんだ。

そりゃあ気に食わないだろうさ。


「だからって、手放す気は無いけど」


呟きながら風呂に向かう。

この家は家もデカいだけあって、風呂もそこそこデカい。

流石に旅館の様な風呂では無いけども、足を延ばせる大きさは十分大きいだろう。

とっとと服を脱いで、体を洗い、湯船に入る。


「くあ~~~」


やっぱ風呂は良いなぁ。

ウムルって、割とこういう文化が普通の国だから、凄い助かる。

樹海でもほぼ毎日風呂入ってたし。


「ん?」


あれ、何でシガルとイナイ脱衣所に来たんだろう。

何か有ったのかな。

・・・あれ、風呂場に来ない。

風呂と脱衣所を隔てる扉はガラス張りではないので、向こうでなにやってるのかが解らない。


「どうしたんだろ」


首を傾げていると扉が開き、全裸の二人が入って来た。

二人と風呂に入る事は初めてでは無いし、むしろそこそこ有るからそれ自体は良いんだけど・・・親父さん大丈夫だったのかな。


「あ、タロウさん湯船にもう入ってる。体もう洗っちゃったのか。残念」

「残念ってお前、実家の風呂でなにするつもりだよ・・・」


俺が既に湯船で寛いでいる事に残念そうなシガルと、それに突っ込むイナイ。

イナイは隠しはしない物の、相変わらず少し恥ずかしそうにしているのは変わらない。

とはいえ、ただ一緒に風呂に入るという事に関しては割と最初の方からそこまで抵抗ないんだよな、この人。


「勿論全身洗ってあげるよ? この前みたいに」

「洗うだけで済ますつもりないだろその顔」


ニヤッと、妖艶に笑うシガルに、呆れたように言うイナイ。

年齢的な物考えると、普通逆だと思うんだよなぁ。


「よく親父さんが見逃したね」

「お父さん、クロト君に少し構ったら自室に行っちゃったから」


ああ成程、シガルの行動を知る機会が無かったから、何の問題も無く来れた感じか。

だとしても、実家の風呂で男と一緒にって、結構いい度胸してる気がする。


「ま、まあシガルが良いなら良いんだけど」

「別に良いよー? さって、タロウさん洗えなかったしお姉ちゃん洗ってあげる。ほら座って座って」

「え、あ、あたしは良いよ。自分でやるって」

「良いから良いからー」


浴室用の椅子に、イナイを半ば強引に座らせるシガル。

イナイは少し困った顔をしつつも、もういいやとあきらめた顔で好きにさせる様だ。


シガルは鼻歌を歌いながら、イナイの髪を丁寧に洗い、体も若干恥ずかしがるイナイを意に介さず全身洗う。

途中なんか少しだけ艶っぽい声も聞こえた気がするけど、聞こえなかったふりをしておく。


イナイが洗い終わると、仕返しとばかりに今度はシガルがイナイに洗われていた。

こうやってると、シガルのお姉ちゃん呼びも有って本当に姉妹の様だ。


「二人は仲いいよねぇ、ほんと」

「まあ、な」

「そりゃ、ね」


俺の言葉に、二人は目を合わせて応える。

この辺りの二人の同調というか、何かを含んだ返答がどうにも怖い時が有る。

わざと深く考えないようにしてるけど。


二人は体を洗い終わると、湯船に入って並んで俺に寄りかかって来る。

二人とも小柄だから出来る事だなこれ。


「はぁー、きもちー」

「ああ、いい気分だな」


俺に寄りかかりながら目を瞑って恍惚そうな顔を見せるシガルと、顔が見えない角度で寄りかかって静かに答えるイナイ。

俺は俺で二人の体温と風呂の心地よさと両方を感じつつ、若干のぼせそうな気配を感じていた。







結論。のぼせた。


「タロウさん、大丈夫ー?」

「気にせず上がれば良かったのに」


ソファぁぐたっと転がる俺に、薄い板でパタパタと仰ぐシガルと、若干困った顔のイナイ。

イナイはなんで俺がのぼせたのか解っているから、少し罪悪感も有るんだろう。

いやまあ、どっちにしろ俺が二人とくっついてんのが心地よかっただけなんだがね。

シエリナさんはクロトを抱えながらクスクスと笑っている。


「あー、うん、もう大丈夫」

「ほんとに? もうちょっと転がっておいた方が良くない?」

「いや、大丈夫だよ。この後ちょっと親父さんと話が有るし」

「お父さんと?」

「うん、ちょっといってくる」

「変な事言われたら聞かなくて良いからねー」


シガルの言葉に苦笑しながら、親父さんの部屋に向かう。

ドアを軽くノックすると、今まで聞いた事が無いような静かな重い声で、入れと言われた。

少し驚きつつ中に入ると、椅子に座っている親父さんの背中が見えた。

どうやら机で何かを書いている様だ。


「こちらから呼んでおいて悪いが、少し待て」

「は、はい」


さっきの声は親父さんの声だったんだと確認できる、重い声。

今まで親父さんから聞いた事が無い、とても静かな声。

それに少し気圧されつつ、静かに待つ。


「待たせたな。きりの良い所までやっておきたくてな。座ると良い」

「はい、失礼します」


ペンを置き、椅子ごとこちらに向いた親父さんの目は、とても鋭かった。

今まで見てきた親父さんが、偽物かと思う程の鋭さだ。


「こうやって、まともに小僧と話をするのは初めてになるな」

「そうですね」

「私が貴様に突っかかっているからだが、それを謝りはせんぞ」

「勿論です」


俺の言葉に、ふんと気に食わなそうに鼻を鳴らす親父さん。


「シガルは可愛い娘だ。目に入れても痛くない。まだ手元に置いておきたい年の娘だ。それを例え実力が有ろうと、誰かに攫って行かれた父親の気持ちは、理屈じゃ収まらん」

「・・・」


実の娘を持たない自分には、その言葉に安易に頷けなかった。

頷いちゃいけないと思った。


「それでも娘が認めた相手だと、何よりもステル様の認めた相手だと、一応納得はしている。腹立たしい事に、私の行動に一切の怒りもむけんしな。それに今の貴様は以前と違い・・・いや」


親父さんはそこで深く、とても深くため息を吐いてから口を開いた。


「小僧、私はお前が嫌いだ。娘を攫って行ったお前が嫌いだ。娘が心の底から好いているお前が嫌いだ。娘がお前を本当に必要としていると解るからこそ、大っ嫌いだ」

「・・・はい」

「だが、だからこそ、娘が愛していると解るからこそ、お前に言っておかねばならん」


親父さんの声音は何かを堪えるように、だんだんと掠れた声になっている。

心を落ち着けるように息を大きく吸っている親父さんの次の言葉を待っていると、彼は椅子から立ち上がり、片膝をついて頭を下げた。

まるで臣下の礼のように。


「娘を、頼みます。愛してやってください。守ってやってください。大事にしてやってください。出来る限り、幸せにしてやってください。・・・お願いします」


途中で涙声になりながら、絞り出すように親父さんは俺に告げた。

その感情が、どれだけの物なのかは解らない。けど、心の底から愛している娘を託してくれたのだけは、それだけはどれだけ愚鈍でも解る。

娘を攫った大嫌いな相手を、許してくれたんだと。


「俺は、あの子を絶対に手放しません。」


膝をつく親父さんの手を取り、目を見て応える。

幸せにする自信が有るかと問われれば、正直な所自信は無い。

でも、俺はあの子を手放さない。手放さない為なら何でもやる。

俺にとって、イナイとシガルは、そう思う相手だ。


「・・・そうか」


親父さんは涙を拭くと、すっと立ち上がり、俺の手を引いて俺も立たせる。

深呼吸をして静かに笑うと、彼は拳に力を込めた。


「だが気に食わんのはやっぱり気に食わん! 一発殴られろ!」

「え」


親父さんは一瞬でいつもの形相に代わり、拳を振るって来た。

俺はその拳が見えていたが、動かずにそのま顔で受ける。


「っ、かふっ」


親父さんの右フックが俺の頬に刺さり、壁にぶつかって崩れ落ちる。

避けれる速度だったし、何かしらの防御も出来るタイミングだったけどあえて食らった。

元々一発ぐらいは貰っても良いと思ってたし。

ああでもすっげー威力。頭グワングワンする。


「・・・ふん、わざと殴られおったな」


親父さんの呟きが聞こえるが、何言ってるのか解らない。

ダメージがデカすぎる。流石に防御も何もしないでまともに食らうとシャレにならない。


「全く、これではまた娘に叱られるではないか。肩を貸してやるから立たんか『タロウ』」

「え、あ」


くらくらしつつ何とか立ち上がり、親父さんの肩を借りて歩く。

視界がいまだチカチカしていて、気持ち悪い。


「・・・まったく、頼りになるのかならんのか」






その後親父さんは、わざわざ思い切り殴られた跡が有る俺をリビングまで連れて行き、それを見たシガルは親父さんに烈火のごとく怒った。

親父さんはいつもの調子で謝り倒していたけど、あれは親父さんなりのけじめなんじゃないだろうか。

だって親父さんは俺の魔術の腕を知っている。暫く休憩してから魔術を使って治療すれば、何の証拠も残らない。

そもそも親父さん自身も魔術を使えるんだから、多少でも治療すればシガルはここまで怒らない。


ちゃんと認めてもらえったって事で良いのかな。

そうだと嬉しいけど。

とりあえず今はシガルを止めよう。このままだと本当に親父さんがヤバイ。

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